【ワード・サマナー本編】stage31-act1:特徴 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・act1 特徴・

飛び地にある住宅街。
そこには7台の監視カメラが仕掛けられており、それと同時に迷宮のような罠もあるのだという。

雅哉たちは情報を得るために30分ほどこの場所を歩き回っていたのだが、その間に街の風景が全く変わらないことを感じた。
それが、下水道に続く「迷宮のような罠」を感じさせたようだ。

飛び地の上空には、雅哉たちがいた地域にはなかった紫色の雲がある。
それが、この場所が異常な場所であることを全員に感じさせており、そのために罠がどこにあってもおかしくないという認識を共有することができたのだ。

「1台目の近くには、ポストがありますね」

「ポストね…みんな憶えててよ。曲がらずに真っ直ぐ進んでね」

麻里は監視カメラへと「接続」し、この街のコントロールセンター及び7台のカメラへ神経をつないでいる。
その景色のどれもが見たことのあるような光景だったため、彼女は他のメンバーにある提案をしていた。

「2台目の近くには、コンビニがある」

「コンビニ…と」

適当に歩いてもここを抜けられないことを逆に利用して、7台の監視カメラ付近にある特徴的なものを雅哉たちに記憶して欲しいと提案していた。
人気が全くないため、この場所を調べるしかないという事情もある。

それに、監視カメラを探している間に住宅街を抜けられれば、それはそれで先に進めるということでもあった。
とにかく動き回らなければ活路が開けないわけで、そのための行動であるとも言えた。

「3台目の近くには…」

「喫茶店だな。ずいぶん前につぶれたようではあるが」

「…喫茶店ね」

4人全員で歩き回り、監視カメラの視界に入るとそれを麻里が教える。
そして残り3人がその周囲にある特徴的なものを見つけて記憶する。

そういう役割分担が自然に出来ていた。
麻里は7つの監視カメラを同時に見ているため、監視以外のことまでには手が回らなかった。

そのために前方を見ることさえできなくなり、彼女の歩行をヒトミが補助している。
その前を雅哉と篤が歩き、前衛を務めるとともに特徴的なものを探すという役割を担っていた。

「4台目の近くには、動物病院ですね」

こうして歩いている間にも、普通なら人のひとりも歩いているようなものである。
だが雅哉たちは、自分たち以外の人間を見ることはなかった。

「5台目付近には、工事中の家がある…2軒続いているな」

「…別の特徴はないの?」

「この辺りには家しかない。2軒続いて工事中というのも珍しいんじゃないのか?」

「…まあ、いいわ。でも次も同じような場所だったら、ちゃんと別の特徴を探しといてよ」

「わかった」

この作戦のリーダーは麻里が担当している。
篤は下水道を抜けるまで杉浦が体を操っていたということもあり、まだ事情がよくわかっていないため、彼女の指示に黙って従っていた。

「6台目の近くには、交差点がありますね…1、2、3、4…どうやら六叉路みたいです」

「ろくさろ?」

「交差点は交差点なんですが、6方向に伸びてるんです。こんな交差点は初めて見ました…」

「ああ…三叉路の倍、で六叉路ってことね。なかなか特徴的で憶えやすいと思うわ」

一時的に盲目となっている麻里は、若干うつむきがちになったまま笑う。
雅哉たちが歩き出すと、最後尾をヒトミに手を引かれる形で歩き出す。

彼女は静かに、全員に向かってこう言った。

「やっぱり変よね…雅哉くんたち、これまで1回も曲がってないでしょ?」

「え? ええ…そういえばそうですね。宮崎さんの指示通り、全然曲がってません」

麻里に喋りかけていたので後ろを向いていたが、そう言った後でまた前を向く。
と、彼はいきなり「あ」と声を出した。

彼女は、それを不思議がって尋ねる。

「どうかした?」

「あ、いえ…」

「何よ、気になるじゃない」

麻里にそう言われ、雅哉はまた後ろを振り返る。
少し考えてから、彼女にこう返した。

「あの、もしかしたら宮崎さんの狙いってこれだったのかな、とか思って…ははは」

「あ、気付いてくれたの?」

雅哉の言葉に、麻里は嬉しそうに笑った。
彼女は続けて全員に向けて言う。

「もしかしたらと思ってたんだけど、あたしたちは全然曲がらないでほぼ全ての監視カメラを見つけることができてるわ…きっと、いつの間にかルートを変えられてしまってると思うのよ」

「勝手に道順が変わる迷宮、ってわけ?」

今度は隣にいるヒトミが答えた。
麻里はしっかりとうなずいてみせる。

「下水道を妙な道にした能力と同じ、あたしたちを迷わせるための能力だと思う。そしてもし、この能力があのおばあさんの力だったとしたら、7台目のカメラを見つけた時にまた姿を現す気がするのよね」

「…また暗号を渡してくるってこと? だけどそれじゃ、まるで暗号を解かせるためにあたしたちを迷わせてるみたいじゃない」

「多分、暗号を解いて欲しいと思うのよ…その理由まではわかんないけど、多分これは間違ってないと思う。ここまで全然曲がってないのにここを出られないだけじゃなくて、ほぼ全部の監視カメラを見つけられてるっていうのが、最大の証拠だとあたしは思ってるの」

「まあ、確かに…ここまでずっと歩いてるのに、見た目が変わり映えしないっていうのは異常よね」

ヒトミはそう言ってうなずいた。
彼女たち4人は、これまで1時間程度この場所を歩いている。

最初の30分は道順を全く気にせずに歩いていたが、後半の30分はただ真っ直ぐ歩いているだけだった。
だというのに住宅街を抜けるどころか、他の監視カメラを見つける始末なのである。

そのことから麻里は、この罠を仕掛けた者は自分たちに関わりたいのではないかと予測した。
ここを抜けるためにはそれに乗るのが得策と考え、これまで6台の監視カメラを見つけてきたのである。

「多分、あたしたちはここを1周するように仕向けられてるんだと思う。7台目を見つけて、もう1回1台目を見つけられるはずだってあたしはにらんでるの」

「そっか、それもあって特徴的なものを見つけておく必要があるって言ったわけね」

「うん。はっきりするまでは言い出せなかったけど、もう間違いないって思ってみんなに話したのよ。ただ、雅哉くんはあたしが話すより、ちょっとだけ前に気付いちゃったみたいだけどね」

「い、いえ、そんな…あはは」

雅哉は照れ臭そうに笑って、頭をかいた。
だがその直後、沈黙するとともに彼は神妙な表情になる。

(僕は2回呼んだ…でも、怒られなかった)

歩き出すためにまた前を向きながら、彼は考えている。
一度目は思わず呼んでしまったというだけだったが、二度目はわざとそういう呼び方をした。

(こっちに来る前…宮崎さんがあの空き地から飛び出して、僕が探しに行ったんだ。その時、僕はこう言われた…名前で呼んでくれって)

雅哉はその時、麻里のわがままを聞くような形でそれを了承した。
しかしやはり慣れないのか、できるだけ彼女の名前を呼ばないようにしてきていた。

だが先ほどは、思わず麻里を名字で呼んでしまったのである。
それに気付き、麻里が何も言ってこないことに気付き、彼はもう一度彼女を名字で呼びつつこう言った。


『あの、もしかしたら宮崎さんの狙いってこれだったのかな、とか思って…ははは』


(宮崎さんは『気付いてくれたの?』って言ってくれたけど、宮崎さん自身は気付いてなかった…僕がわざと名字で呼んだのに、今もそれを言ってこない)

背後に意識を向けるが、麻里は自分たち歩くのに合わせて、ヒトミに補助されながら歩いているだけである。
特に何かを言い出すような様子も、雅哉にだけ何か含みのある言い方をする様子もなかった。

(名字で呼ぶとか名前で呼ぶとか、もう気にしなくなったとか? いいや違う…すぐに気にならなくなるんなら、あの時僕に約束なんてさせないはずだ)

麻里に約束させられた時のことを思い出し、彼女がどれほどそのことにこだわっていたかも思い出す。
そう簡単に「もうどっちでもいいよ」と彼女が言い出すはずがないと、雅哉には思えたのだ。

そして彼は気付く。
麻里の心の中が、それほど混迷していることに。

(…杉浦さんが死んでしまって、僕もそれなりにショックを受けた…でも、宮崎さんや御手洗さんが受けたショックはそんなものじゃないと思う…それに)

ちらりと隣を歩く篤を見る。
彼に気付かれないように、すぐにまた前方を見た。

(ふたりは恋人同士だった…少なくともそれに近い感じだったって、昨日宮崎さんは話してた。ケンカして飛び出してそのままみたいだけど、こんな状況で探しに来てくれたら普通は嬉しいと思う…でも、宮崎さんはとてもドライな反応しかしなかった)

篤と雅哉が歩く速度は、ぴたりと合っている。
それは杖を使って歩く篤に雅哉が合わせているのではなく、雅哉が歩く速度が元々それほど速くないためだった。

(僕は、大人の女の人だからクールでいられるんだろうなってちょっと思っていたけど…それとはちょっと違うのかもしれない)

雅哉が麻里のことを考えているのは、彼女に興味を持っているからというよりは、彼女を心配してのことだった。
特に今回の作戦については、彼女の予想が当たっているように思えるだけに、心配は少しばかり不安に変わりつつある。

(今回のことは、宮崎さんの言う通りに進んでる…勘が鋭いってことなのかもしれないけど、僕には…何かを引き換えにして手に入れた鋭さのような気がしてならない。心が壊れていなければ…いいんだけど…)

杉浦の死という衝撃は、仲間だった篤や麻里にとってそう簡単に乗り越えられるものではない。
雅哉にとってもそれはショックだったが、その何倍も彼女たちは悲しかっただろう。

それが麻里の心を少しばかり壊してしまい、その引き換えに勘が鋭くなったのではないかと雅哉は考えている。
悲しむ心が消えた分、野性的な生き残るための本能が、彼女の中で活性化しているのではないかと思ったらしい。

麻里は麻里で、これから先へ進むのに支障が出ないように、杉浦の死を受け流そうと努力はしていた。
だがその努力をもってしても、彼女が気付かないところで若干壊れてしまった心を、雅哉は感じ取ったのかもしれない。

そのことについては、雅哉はもちろん麻里に言いださなかったし、麻里は自身で決めた作業に集中していた。
そのために、それがはっきりすることはなかった。

「…みんな、ストップ」

そして、7台目の監視カメラに4人の姿が映り込む。
麻里は、全員に止まるように指示した。

「7台目のカメラの視界に入ったわ。何か目ぼしいものはないか、探してちょうだい」

「はい」

「わかった」

雅哉と篤は、電柱の上にある監視カメラをまず発見し、それから周囲を見回す。
しかし、目ぼしいものは見つからなかった。

ただ2箇所を除いては。

「…あれしかないな…」

篤の視線の先には、工事中の家がある。
それも、5台目の監視カメラ付近と同じように、2軒続いて工事中だった。

「あれってなに? 篤」

「工事中の家がある。2軒続けて工事中だ」

「…それってさっきもなかった?」

「5台目の近くだな。同じく周りには何もない…が、どうにか別の特徴を探そう。そういう約束だったしな」

「よろしくね。こういう時にダブりなんて絶対マズいと思うし」

「わかっている」

そう言って、篤は工事中の家に接近する。
雅哉も後をついていこうとしたが、それを彼に止められた。

「君はふたりのそばにいてくれ。俺ひとりで充分だ」

「あ…はい」

篤にそう言われ、雅哉は素直に指示に従う。
防音シートがかけられた家に近付き、篤はその隙間から中を覗いた。

「…」

つくりは2軒ともよく似ており、1階はほぼガレージで埋まってしまっている。
主な生活スペースは2階と3階であり、あまり広くない土地に建てられた3階建ての家だった。

まだ完成していないので、ガレージには当然車は入っていない。
盗まれるとは思っていないのか、細長いレールのような建材が無造作に置かれていた。

「…5台目の時も、こうして中を見ておけばよかったな…」

篤はふとつぶやく。
5台目の監視カメラ付近にある家は、こうして中を確認していないので建材が散らばっているかどうかがわからない。

もしその違いだけで見分けられれば、こうしてシートの隙間を見るだけでいいのだが、5台目の時に確認していなかったため、明確な特徴とはならなかった。
向こうにも同じような建材が、同じように置かれていれば比較できなくなってしまうためである。

そしてそれは、先に見つけた家とこの家とで、工事の進捗にそれほどの差がないということでもあった。
両方とも、そして4件とも3階部分までは出来上がっており、それが見分けにくさに拍車をかけてしまっていた。

「仕方がない」

篤はそう言って、ガレージへと入る。
そしてなぜか左手のコトノハに緑光を入れた。

「不法侵入になるのかも知れんが、それにまだ完成していないのに勝手なことをして悪いが…こうしておけば、明確な印にはなるだろう」

どこか言い訳のように言いながら、篤は苦笑する。
そしてコトノハの上に文字を出現させた!


『氷』


「ふんッ!」

左手を造成途中のガレージにかざし、その先から氷を噴出させる。
氷は無造作に転がっていた建材を挟んで、ぴたりと中央に寄せていく。

さらに小さな氷を出し、建材のそばに置いた。
篤の能力によって、それはガレージの中央に重ねられることとなった。

「これだけ氷で重ねておけば、ちょっと覗いただけでわかるだろう…少しばかり片付いたしな」

満足げに言って、篤は家を包むシートから出てきた。
雅哉たちがいるであろう方向を見る。

「…?」

だが、その方向には誰もいない。
無駄に動くはずもないのだが、雅哉たちは姿を消していた。

「…」

篤は慌てずに、ぐるりと周囲を見てみる。
だがやはり、雅哉たちの姿はない。

その代わり、こんな声が聞こえてきた。

「ひっひっひっ…お前さん、7つめの特徴を作ったね…?」

「…!」

声がした方向を向く。
そこには、下水道の時と同じように老婆が立っていた。

だが、篤の精神は前回表に出てきていなかったため、老婆の姿を見たのあこれが最初である。
しかしそれでも、慌てずにこう言ってのけた。

「作ったから、どうしたというんだ…? まさかお前、俺と戦うつもりじゃあるまい?」

「ひっひっひっ…あたしゃあんたと戦うつもりはないねぇ。その代わり、これをやるよ」

老婆は懐から紙を取り出し、すぐにつまんでいる手を放す。
ひらひらと地面に落ちた紙を、篤は拾い上げた。

そしてその文面を読む。
すると、篤の顔は一気に青くなった。

「お、お前、これは…!」

「同じようなものがあるっていうのは、引っかけるための準備だよ…ひっひっひっ」

老婆は嫌らしく笑う。
篤が持っている紙を指差した。

「2番目の試練は、最初の試練よりは難しいもんさ…そうだろう?」

「キサマ、何が目的だ…!」

「あたしゃ暗号を解いてもらいたいのさ。7つめの特徴を作ったお前さんじゃなく、なんにも知らないあの子たちにねぇ…!」

「なんだと!」

篤はそう言うが早いか、左手を老婆に向かって突き出す。
瞬時にコトノハは緑光を放ち、まだ消えていない文字も漆黒に輝いた!


『氷』


「ひっひっひっ…当たらん当たらん」

左手から噴出した氷が当たる前に、老婆の姿は消える。
すぐに周囲を見回したが、篤の目には見つけられない。

「く…見失ったぞ…!」

「あたしゃ今から、それと全く同じものをあの子たちにあげてくるよ。しばらく待っとくんだねぇ」

「…くっ」

声がする方を見ても、老婆の姿はない。
そしてやはり、雅哉たちの姿も見えないままだった。

「同じものをあげてくるだと…? つまり、この暗号をアイツらに解かせるということか! しかし…」

手にした紙へ視線を戻す。
彼が青い顔で見るそれには、こんな暗号が書かれていた。

『創造主の休暇。

そこから氷を持つ火、もしくは木へと向かい、緞帳を開け。

ただし、目にもの見せれば氷は移動する。

見つけられねば、氷は赤く解けるだろう。チャンスは3回』


>act2へ続く

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