【ワード・サマナー本編】stage30-act1:怨嗟 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・act1 怨嗟・

「なあ、篤…」

真っ白な空間で、翔太は小さな篤を見下ろしている。
篤が小さいのは、当然ながら縮んだわけではない。

「俺みたいなヤツを知ってると、人生でいかに運が大切かわかるだろ? わかるだろォォォ?」

巨大モニターから出てきた翔太が、あまりにも大きかった。
彼はひざをつき、四つんばいになって篤の表情を見ようとしてくる。

「く…!」

「なあ、篤。わかるって言ってくれよ…なぁぁぁぁ!」

翔太の巨大な顔、そして目が篤の姿を捉える。
親友でもあり、篤が能力に目覚めたきっかけとなった翔太は、邪悪ににやけながら彼に話しかけ続けた。

巨大な壁のような体の大きさは、この場所が篤の精神世界ということもあり、彼にとって大きな「心の障害」となって彼自身の前に立ちふさがってきたのだ。

「俺は誰かに運を奪い取られた! だから、たった1回転んだだけで夢を諦めなきゃならなかったんだ…俺の運は俺だけのものなのに、勝手に奪い取りやがったヤツがいるんだよ!」

「翔太…!」

「お前ならわかってくれるだろ? がんばればがんばるほど、俺が泥沼の中に沈んでいくのを…間近で見ていたお前なら!」

「言うな、翔太…!」

篤は翔太を直視できず、彼の目の前でうずくまっている。
その体は震え、瞼は固く閉じられている。

誰にでもある、触れたくない心の部分。
篤にとってはそれが翔太との思い出だった。

それを突きつけられた今、彼の冷徹さなど塵となって吹き飛ばされてしまっている。
このことが一体何を意味するかなど考えることすらできず、篤はただうずくまるばかりだった。

「俺は他人とうまく折り合うってことができなかった…だから部活の先輩たちとは仲が悪かった。その頃の俺は、それをどうでもいいと感じられるほど強くなかった」

「そうさ、篤。だから俺が声をかけてやったんだよ。人付き合いが『器用だと思わせられる』俺が、お前と他の仲間たちとを結びつけてやったんだ」

篤と翔太は、互いに思いを語る。
それは、心の壁に対抗しているというよりは言い訳に近い。

篤は、翔太に対して強気に出ることなどできなかったのだ。

「お前のおかげで、俺は人付き合いに悩まされずに練習に集中できるようになった…お前のことを心底いいヤツだと俺は思ってた」

「そりゃそうさ、俺がそういうふうに演じたんだからな…お前と俺には共通したものがあるって俺は感じてた。だから仲良くなりたかったんだよ」

「だが、俺が練習に集中できるようになればなるほど、お前との記録が開き始めたんだ…気付いてはいたが、手を抜くなんてことは俺にもできない。全力でやるしかなかった」

「おかげで俺は100メートルのレギュラーから外されたけど…それは別にいいさ。お前が全力を尽くした結果だったんだから。逆に手を抜かれる方がイヤだったしさ」

篤と翔太は語り合い続ける。
だが、ここが篤の精神世界である以上…そして翔太がもうこの世にいない以上、これは篤の独り言ということになる。

しかし篤には、それに気付く余裕などない。
ただ声を震わせながら、翔太の言葉に自分の思いを重ねていくばかりだった。

「お前は俺のいいところを見つけてくれた。そして伸ばそうとしてくれた。おかげで俺は、自分に少しばかり自信も持てたし、変わることができたんだ」

「だが、根本的な部分はお互い変わってなかったよな? 俺たちはそこが共通してた…俺たちはふたりして、ずっと親に押さえつけられていたんだ」

「俺は親に命令され続け、お前は期待されすぎてた。他人からしてみれば大した話じゃないし、もう親離れしてもいい歳だったが…俺たちの中には恐怖があったんだ」

「それを俺が感じ、お前も感じた。俺たちは、親に押さえつけられていることに苦しみながら、それでもその『圧迫感』がなきゃ自分が消えてしまうような気がしていたんだ」

「だが翔太のおかげで俺は変われた…卒業したら親元を離れて、仕事をしようなんていう気持ちになることができた。そしてお前も」

「ああ。俺だけのものを手に入れたいって思って、大学でまたイチからがんばろうって思ってたんだぜ。それが…くくくっ」

翔太は笑う。
それは自分に対する嘲笑だったが、やけに明るい笑いだった。

「倒れるまで練習して、そのまんま倒れたら走れなくなりました、だとさ! 走ることでしか何かを見つけられそうになかったのに、それは簡単にどこかへ飛んでいってしまったんだ」

「…」

篤の言葉は止まる。
この時の翔太の思いを考えると、彼は何も言えなくなった。

彼が沈黙することがわかっていたのか、翔太は続けて言う。

「走れなくても、またいい目標が見つかるとかさ…そういうことも言われたさ。だけど考えてみなよ? 走ることだけを考えてきたのに、急にそれを取り上げられて『はいそーですか』なんて納得できるわけないじゃないか!」

「…」

「それに、篤…お前がそんな悲しそうにしているのは、お前もわかっているからなんだろ?」

翔太は、うずくまり続けている篤に向かって言う。
彼の体はぴくりと震えたが、何かを言うことはない。

それを見て翔太は笑い、彼の代わりに自身が求める答えを口にした。

「俺は高校の時、お前を助けたよな? だが俺が大学に入ってお前は仕事を始めて…お互い散りぢりになってさ。俺がこんなことになったのに、お前は何もしてくれなかった」

「…!」

「何も言ってくれなかったよなあ? 篤…フフフフフ」

「…」

翔太の言葉に、篤は何も言えない。
ただ瞼を今まで以上に固く閉じ、歯を食い縛ることしかできなかった。

だが、その耳はふさがれていない。
だからこそ、翔太の言葉が流れ込み続ける。

「今なら納得もできるさ。お互い別の生活をしてたんだし、お前も俺がいきなりこんなことになってびっくりしたんだろうってな。だがお前は、それからも何も言ってくれなかったじゃないか」

「それは…」

「もう一度言う、今なら納得できるんだ」

翔太は一度、優しげな表情を見せた。
しかしそれはまた、すぐに沈む。

「でもあの時の俺に、そんな余裕はなかったんだよ。篤」

翔太は不意に、自分が出てきた巨大モニターを見る。
そこには震える彼自身の姿が映り、その後で病室で暴れ回る姿へと変化した。

「高校の時、俺はお前の中に踏み込んだ。だけどお前はそれをしてくれなかった。他の仲間とは違う言葉や行動を、俺は待っていたんだぜ…なのにお前は何もしてくれなかった」

「く…!」

「それでお前もわかったはずだぜ。他人の中に踏み込むことが、どれほど大変なことなのかをな。特に、お前みたいな性格のヤツだと余計にそうだろうさ」

「…」

「だが、あの時こそ俺のために、お前は俺の中に踏み込んでくるべきだったんだよ!」

ここで翔太は、強く叫んだ。
一撃で篤を潰せそうな拳で、白い空間の地面を殴る。

「!」

途端に地震が起こり、篤の体を揺らした。
しかしすぐに揺れは収まり、翔太も落ち着きを取り戻す。

「まあ、その罪滅ぼしのつもりなのか、お前はちょくちょく見舞いには来てくれた…だけど結局何も言ってくれなかったな」

「…」

「だからだぜ…俺が壊れてしまったのは」

「!」

翔太の言葉に、篤はハッと顔を上げる。
そこには、ニヤつく親友の顔があった。

「何度も会う機会があった…つまり、俺の中に何度も踏み込むチャンスがあったのに、お前はそれをしなかった」

「う…」

「俺の話し相手になってくれたのはありがたかったさ。だがお前も気付いてたはずだ。俺が何を求めてたのか…だがお前はそれを知りつつ何もしなかった」

「…」

「だから俺は壊れたんだぜ。自殺の衝動を、自分で抑えられなくなってきたんだ。お前に止めてもらわなきゃならなくなった…お前にぶつけるしか、俺には方法がなかった」

「ああ…わかってるさ、翔太。だから俺は受け止め続けたんだ」

篤はまた地面に視線を落としながら言う。
自分の前でだけ自殺衝動を繰り返す、という特異な行動を見せる翔太を、篤は受け止め続けた。

それが自分にできる精一杯だと、篤は自分自身に言い聞かせていた。
何もしてやれないことの償いだと、彼はわかっていた。

「思えばお前も、運がないよなぁ」

翔太は、篤に向かって手を伸ばしてくる。
下を向いている彼の顔を、指で無理に上げさせた。

「うぐ…」

「俺みたいな面倒くさいヤツが友だちで、お前も本当に運がない…かわいそうだと思うよ」

「そういうことを言うな、翔太…」

「だってそうだろ? 父さんの前じゃケロッとしてるのに、お前の前じゃ死ぬ死ぬ言うヤツだったんだぜ? 俺は」

「…」

「それにお前だって、退院してからは全然連絡よこさなかったじゃないか。一昨日会うまで、7年…ずっと俺たちは会わなかったんだ」

そう言った後、翔太は篤の頭から指を離した。
また篤の表情を覗き込み、ニヤリと笑う。

「お前も俺を迷惑がっていたんだろ、篤…俺にはわかる。そうなんだよな?」

「翔太…」

「無理もない、また会えば死ぬ死ぬ言うかもしれないヤツになんて、会いたいわけがないんだ。だけど、俺には会わなきゃいけない理由があった。それは何だと思う?」

「…」

篤はまた下を向いてしまう。
答えられないのだ。

それは、答えを知らないという意味ではない。

「…自分の口からじゃ言えないか? だったら教えてやるよ」

それを察した翔太は、そう言った後で一度深呼吸をする。
直後、途端に怒りの形相へと変わった。

「俺から運をむしり取って行ったのは、他でもないお前だったんだからな、篤ィ!」

巨大な右手が伸び、篤の体を乱暴に握る。
翔太はそのまま、四つんばいの体勢から立ち上がった。

「ぐ、うう…!」

「苦しいか? 苦しいかよ、篤ィ!」

握った篤へ顔を近づけながら翔太は笑う。
狂気じみた笑顔を浮かべながら、彼はこう言った。

「考えてみれば、お前に声をかけたあの日から何かがおかしくなっていったんだ! お前と友だちになろうとしなきゃ、俺は100メートルのレギュラーから外されることもなかった!」

「うぐっ…!」

「それがどんなにつらかったか、お前ならわかってるはずだぜ! どうにかごまかそうとして、もっと明るく振舞ってたらやっと付き合えた女にもフラれるし、いいことなんて何も起こらなかった!」

「しょ、翔太…!」

「挙句の果てには、死ぬ気で努力したら人生を棒に振っちまったんだぞ…心も壊れて、結局はお前に殺されて! 一体俺の人生は何だったんだ!」

「…っ」

翔太の言葉に、篤は歯を食い縛る。
体を握られて苦しいせいでもあるが、それだけではない。

巨大な翔太に心をえぐられ、そのことで彼は苦しんでいた。
もはやこの記憶を誰が見ているかなどということは、彼は忘れてしまっている。

「…うう…!」

ただ悲しげに、うめき声をあげるばかりだった。
翔太はそんな彼を見て、体を握る力を強める。

「うぐぅ!?」

「篤…お前に殺されたことは、この際もういい。さっきも言ったけど、俺のくそったれな人生を終わらせてくれたことには感謝してる。だが…」

翔太の顔から笑顔が消える。
狂気の表情だけが、篤に向けられた。

「どうして俺を蘇らせたんだ? 何で死なせといてくれなかった? 起こして欲しくなんかなかったのに、何でお前は俺をこんな姿で起こしたんだよ!」

「うう…」

「俺に対して悪いと思ってるからか? いいや違う! お前は俺に感謝こそしても、悪いだなんて思うわけがない! 悪いことをやった側は、何をしたかなんて忘れるものだからな!」

それまで右手だけで篤の体を握っていたのが、今度は左手も加わる。
さらなる握力が加えられ、小さな体はきしみ始めた。

「うぐ、ぐ…!」

「苦しいか? 苦しいか篤! お前は気付いてさえもいないんだぜ…俺から運を奪い取ったのが自分だなんてお前は気付きもしない! だから俺に、悪いなんて思うことは絶対になかった!」

「しょ…うた…!」

「だったらせめて、残りカスは掃除していけよ…! 俺という『運の残りカス』をきっちり殺せ! できないっていうんなら、このままお前を殺してやる!」

「う、うう…おぐゥッ!」

さらに握力が加わり、巨大な手に握り込められた篤は血を吐く。
その衝撃のせいか、言われた言葉に傷ついてか、一度彼の視界は白と黒が反転する。

「ははっ、いいザマだよ篤! クールなお前が台無しだ…ハハハハハハハハッ!」

そんな彼を苦しめながら、巨大な翔太は笑い続ける。
篤は、自身の精神世界で「死の危険」にさらされていた。

精神世界で死ぬということは、当然ながら精神が死ぬということである。
篤の精神が死ねば、まだ息のある篤の体が一体誰のものとなるのか。

その答えはひとつだった。

「ぷぷぷぷぷぷ」

巨大な翔太の左肩。
そこに、小さな蜘蛛が姿を現す。

「汚物の除去に時間がかかっている…が、おかげで面白いものが見えちょりそ。『思い』が本体の精神を殺す…なるほど、興味深い」

喋る蜘蛛は、篤を宿主とする魔人だった。
彼の体を操ろうとするも、ヒトミの靴飛ばしによって下水道内の汚物を付着させられ、その除去をすべく篤の体内に逃げ帰っていた。

それが思念体として、ここに姿を現している。
つまり、宿主である篤を殺して自らが体を操る者になるべく、魔人はここに現れたのだ。

「そしてこの『思い』、面白いことを言った。自分の運を他者が奪い取ったと…成る程、出会いとは互いの運を干渉させ合うということかもしれぬ。ぬぐぷりん」

ところどころに意味不明な言葉を付け加えながら、魔人は左肩から篤が苦しむ様子を見ている。
蜘蛛の背中部分から飛び出した顔には口しかないが、歪んだ口元から笑っているのがわかる。

「互いの運を干渉させ合い、反応を起こし…どちらかに運が渡るというようなことも起こるのだろう。そしてそれが頻繁に起これば、運命共同体へと変わっていく…ふむむん」

魔人はそうつぶやきながら、翔太の背中側へと移動する。
そこから首を伝い、頭部へ昇った。

彼の髪の中を押し分けて入り込み、前髪部分にまで降りてくる。
そこからは出ないようにして、篤が苦しむ姿を眺めた。

「運についての考察はともかく…あの状態ではもはや精神は死あるのみ。完全に殺すことができれば、あの者の体は全て我が同体として作り変えてくれよう。時間はかかるが、それで我は完全に復活できる…クククク!」

髪の中で魔人は嬉しそうに笑う。
巨大な翔太は魔人が動いても触覚で感じることはないらしく、手の中の篤を握ることに集中していた。

「逃げ場なし、助けなし…そして猶予もなし。さあ、我が宿主よ、死する顔を我に見せるがいい…精神が死ぬ瞬間の顔をな!」

魔人は楽しげに言い、両前足をたかだかを振り上げる。
その瞬間、何かが魔人の目の前を通り過ぎた。

「…ぽ?」

光の筋のような何か。
直線的なそれは、魔人の左から右へ通り過ぎた。

「…?」

そちらを見ると、まるで密林のような翔太の髪が揺れている。
風もないのにふわりと揺れていた。

そしてその場所には誰かがいる。
魔人がそれに気付いた直後だった。

「…!」

元気よく振り上げた両前足が、音もなく落ちる。
傷口から鮮血が吹き出した。

「な…何事なるか!?」

「お忘れなんじゃねーの、魔人さんよォ」

巨大化した翔太の、密林のような髪の向こう。
そこに、ニヤリと笑う誰かがいる。

「ヤツの過去を暴いて、そいつに精神を殺させる…それはなかなかいいアイディアだと思うぜ。だが、俺がくっついてる精神を狙ってるってのは気に入らねーな」

「な、汝…!?」

魔人は両前足をくっつけながら、声がした方をあらためて見る。
そしてそこに、誰が立っているのかを見た。

「キサラギ…『夢』のワード・サマナーか!」

「ご名答だぜ魔人さんよォ。アイツの精神には俺が先にとりついてんだ、悪いがお前にゃ眠ってもらわなきゃなんねぇ」

「戯言を…! やっと目覚めたというのに、我が再度眠る道理なし!」

「道理なんていらねーんだよ。俺がそう決めたんだからな」

そう言って、キサラギはトレンチコートの内ポケットからピストルを取り出した。
片手で魔人に向けて構える。

だが魔人は、それを見て笑った。

「汝、我にそのようなものが効くと思うか? 現実ならいざ知らず、ここは精神世界…汝が操る銃は『夢』の能力であろう! ワード・サマナーの能力は、我には効かぬ!」

「ああ、そうだろうな」

キサラギはそう言って笑った。
そしてなぜか銃を下ろす。

「わかってるぜ、お前にこの銃が効かねぇことなんてよ…だが、俺らは今一体誰の上に立ってるかってのが問題なんだぜ」

「…!」

キサラギの言葉に、魔人は顔を青くする。
そして、慌てて彼に向かって言った。

「な、汝まさかその銃は…!」

「そのまさかだよ」

ニヤリと笑うキサラギ。
そして彼は、迷うことなく引き金を引いた。


ドンッ!


銃は、妙に鈍い音を立てて弾丸を発射させる。
方向はキサラギの真下。

つまり、彼らが立っている「もの」に向かって、である。

「う…?」

巨大化した翔太の動きが止まる。
篤を握り締める動作が止まる。

不思議そうな顔で頭をかいた。
その指は、キサラギによって撃たれた箇所をかく。

「…汝…!」

それを見た魔人は、強く歯噛みした。
対するキサラギは笑いながら、相手に向かって説明する。

「この銃は俺の能力。こうやって撃てば、このバカでかいヤツは傷を負う…どんなに小さくても、傷は傷なんだぜ」

「く…!」

翔太の指は、キサラギのすぐそばを引っかいている。
だがそれがキサラギに当たることはなかった。

もちろん彼とて、このような傷で翔太を倒せるとは思っていない。
要するにこれは、デモンストレーションなのだ。

「こんな小さなピストルじゃ、傷も小さいが…」

キサラギはピストルを内ポケットにしまい、左手を振り下ろす。
それと同時に、コトノハに漆黒の文字が浮かび上がる!


『夢』


「これならどうだ?」

文字が光ったと同時に、振り下ろされていた左手が変化する。
それは、大口径のバズーカ砲だった。

砲門は真下に向いている。
その状態のまま、キサラギはいきなりそれを撃った。

「!」

当然、キサラギもその爆風に巻き込まれるが…彼は無事だった。
ゼロ距離砲撃だったため、翔太の頭皮にうっすら血がにじんでくる。

「い、痛ぇ…!」

「おっと」

翔太が、今度は指ではなく手そのものを頭皮に当てることを感じたキサラギは、その場所から避難する。
靴型のロケットが、素早い移動を可能にしていた。

「ちょっとした威力だろ、魔人さんよ」

避難した後で、キサラギはへらっと笑って言う。
対する魔人は、悔しげに歯を食い縛っている。

「汝…! 我に攻撃せず、この巨大なるものに攻撃するとは…!」

「しょーがねぇじゃねーか、お前にゃ俺の力が効かねぇんだからよ。せっかくの力だ、有効活用しねーともったいねぇだろ?」

キサラギはおどけた口調で言いつつ、バズーカ砲を手に戻す。
そのすぐ後に、両手を握り合わせた。

「基本的に人助けってのはやらねぇ方針なんだが…お前に好き勝手されると目的を邪魔されそうなんでな、アイツに協力させてもらうってわけさ」

「なに…!」

「これがアイツにとって最大のトラウマなら、ぶっ殺してやりゃスッキリできるだろ。なァ?」

キサラギはニヤリと笑い、再度能力を発動させる。
漆黒の文字が一際輝き、握り合わされた両手が光に包まれる!


『夢』


「な…!」

魔人の顔がさらに青くなった。
握り合わされたキサラギの両手は、目の前でロケットランチャーへと姿を変えたのだ。

「何驚いてんだよ? 最初のエリアでも使ってみせただろーが」

「あ…!」

キサラギの軽い口調に、魔人は我に返る。
その様子を見て、キサラギは大笑いした。

「あまりにびっくりしちまって、忘れてたってか? ハハハハハッ!」

「く、汝…!」

「さあ、景気良くいこうじゃねーか! 派手にぶち割ってやるぜェ!」

そう言って、キサラギはその場で横に回る。
するとコートの中から、小さな黒い箱のようなものが散らばった。

それは丸みを帯びた頭皮の上を転がり、髪に引っかかって動きを止める。
キサラギはそれを確認した後で、ロケットランチャーを真下に向けた。

「ついでだから地雷もプレゼントしてやるよ! 俺っていいヤツだろ?」

「な、なんだと!」

「さあ、祭りの始まりだぜェェェェ!」

キサラギは楽しげに叫び、ロケットランチャーを作動させる。
真下に発射された勢いで、キサラギ本人は宙に浮き上がった。

着弾したロケットは爆発し、巨大な翔太の頭を傷つける。
散らばった地雷も誘爆させられ、太い髪が焼け焦げる。

「ハハハハハッ!」

宙に浮いたキサラギは、能力を使ってかもう一発ロケットを装填していた。
呆然と自分を見上げる魔人に向けて、それを発射する。

「本当に俺の能力が効かねぇか、試してやるよ魔人サマ!」

「く…汝ィィィィィィ!」

魔人は怒りの声をあげるが、特に何か攻撃を仕掛けることはなかった。
ただキサラギが発射したロケットに当たるのはまずいと考えたのか、その場から移動する。

すると当然、ロケットは翔太の頭へ再度着弾することとなる。

「うぐっ!? な、なんなんださっきから!」

突然自分の頭に痛みが走る意味がわからず、翔太はそちらへ両手を持っていく。
となると当然、握っていた篤の体を落とすことになる。

「あっ!」

「…ぐ、ううぅ…!」

力なく落下していく篤の体。
だが、彼はまだ意識を失ってはいなかった。

「…く!」

左手のコトノハに緑光を入れる。
漆黒の文字が、その上に浮かび上がった!


『氷』


篤の左手から、白い空間の地面へ向かって氷が射出される。
それは瞬く間に塊となり、さらには柱へと変化した。

「ぐ!」

そこへ篤が落下する形になる。
少しばかり衝撃は受けたが、落ちたことで怪我をすることはなかった。

と、そこへキサラギが下りてくる。

「よォ、まだ生きてるみてーだな」

「…キサマ…!」

篤はキサラギに、怒りの目を向ける。
だが彼はそれを笑って流した。

「見られたくねぇ記憶だってんだろ? だが俺だって見たくて見たわけじゃねぇ…それにそこらへんの『会議』は、これが終わってからでも遅くねーだろ」

「…くっ」

氷の柱を縮め、地面へと降りていく篤。
怒りは消えなかったが、それをキサラギにぶつけるわけにはいかなくなったことを、彼自身も感じていた。

「そうだな…まずはアイツを、どうにかしてやらないと…!」

地面に降り立ち、巨大な姿となった親友を見上げる。
コトノハを光らせながら、篤は静かに覚悟を決めていくのだった。

>act2へ続く

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