【ワード・サマナー本編】stage4-act4:謀略 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・act4 謀略・

「ちょっと遊んでやるくらいのつもりだったが…」

夢の中の世界。
キサラギは両手を戦車砲に変え、怒りの表情で涼を見ている。

「お前の精神を殺してやる! 完璧にだ…お前の体は、ただの抜け殻になるッ!」

「やかましい! くっちゃべってねーで、さっさと撃ちやがれ!」

コトノハの文字を「火」から「炎」に変えた涼は、戦車砲の目の前にいる。
銃口との距離は、1メートルもない。

「言われなくても撃ってやるよ。砕け散りやがれェェェ!!」

キサラギは、戦車砲の奥から巨大な光を発射する。
銃口の直径は2メートルほどあり、距離も近い。

狙いを外すことなどあり得ない。
夢の中の攻撃が精神を殺すというのなら、キサラギの言う通り涼の精神は消し飛ばされてしまうだろう。

だが、涼はそこから動くことをしない。
迫り来る光を前に、身じろぎひとつしない。

「おおおおおおおおおおッ!!」

怒りの形相で叫び、両手を前に突き出す。
その時、コトノハの文字が真紅の光を放つ!


『炎』


戦車砲から発射された光が、涼に激突する。
現実世界で同じことが起これば、間違いなく彼の体は形も残らず吹き飛んでいただろう。

しかしここは夢の中。
キサラギの能力の中だった。

「ぬぅぅぅぅぅ…!」

「おい…おいおい…」

涼の姿に、キサラギは呆れ顔になる。
突き出された両手で、戦車砲の弾を受け止めているのだ。

さらに涼は、突き出した両手でその光を抱きしめるようにする。
すると光は一瞬にして、はじけるようにその場から消え去ってしまった。

直後、涼は自分を見ているキサラギにこう言い放つ。

「次は俺の番だぜ」

「!」

彼の声に、キサラギは一瞬にして戦車砲を自分の手に戻す。
それとほぼ同時に、涼の文字がまた光を放った。


『炎』


「ちィッ!」

涼から放たれる炎の球体。
それは、キサラギが撃った戦車砲の弾とほぼ同じ大きさだった。

「お返しってヤツか! ナメたマネしやがってよォ!」

キサラギはその場から逃げるということはせず、片手でそれをなぎ払う。
巨大な火の玉は廊下の壁に当たり、穴を開けて外に飛んでいった。

「…なるほどな。お前の力はかなり強ェ、それは認めてやるぜ」

落ち着いた口調で、キサラギは涼に言う。

「文字を変えられるヤツが、アイツの他にいるなんて思わなかったな…『実験』の効果は上々ってわけだ」

「何を…」

涼は左手を後ろに引く。
そして、力いっぱい突き出すとともに叫んだ。

「わけわかんねーこと言ってやがるッ!」


『炎』


涼の左手から、帯状の炎が撃ち出される。
それはキサラギに真っ直ぐ向かい、その体に巻きついた。

「まあまあ、落ち着けよ」

炎に巻きつかれたというのに、キサラギは余裕の表情を浮かべる。
両腕を広げ、自分を締め付ける炎を打ち破った。

「さっきの戦車砲が、今の俺の目一杯だ…あんなに軽々防がれたんじゃ、俺にはもう打つ手がねぇ」

「そうかい。そりゃよかったな」

涼はキサラギの言葉に答えながら、左手を一度開く。
そして、それを力強く握り締めた。

それと同時に、キサラギが打ち破った炎の破片が、空中でまた燃え上がる。
まるで映像を巻き戻すかのように、それはまた帯へと変化し、キサラギの体に巻きついた。

「…!」

「この夢は、お前の能力…そうだよな、キサラギ」

涼は、周囲に炎をまき散らしながら低い声で言う。

「ここで死ねば、精神が死ぬんだろ? だったら、お前がここで焼け死ねよ…そしたら、ちょっとはこの街も平和になると思うぜ」

「…あのな…」

余裕の表情が消え、うんざりしたものへと変わる。
体に巻きついた炎をまた打ち破るべく、両手に力を込めた。

「ここは俺の能力の中なんだぜ。俺がルールなんだ…ぼちぼち終わりにしてぇんだよ、俺は」

そして先ほどのように両腕を広げようとする。

「…な?」

しかしキサラギの腕は動かない。
巻きついた炎を破ることができない。

それだけではなく、キサラギが着ているトレンチコートに火がつき始めている。

「勝手に終わりにすんなよ…なあ? おい」

涼は、その様子を毒のある笑顔で見ている。
右手の人差し指でキサラギを指差した。

「ここはお前の能力の中だが、同時に俺の夢でもあるんだ。俺が強い気持ちで決定したことが起こる…夢ってのは、そういうもんだろ?」

「お、おい…マジかよ。このコート、お気に入りなんだぜ」

自分の思い通りにならないことに、キサラギは慌て始める。
コートには一気に火が回り、焦げくさい臭いが周囲に立ち込める。

「コートのこと心配してる場合かよ。ハハハハッ!」

涼はキサラギの姿を見て笑い、今度は右手を後ろに引いた。
そして突き出すとともに、自らの意志で文字を輝かせる。


『炎』


「黒コゲになっちまえよ、キサラギぃぃぃぃッ!」

突き出された涼の右手。
その先から、先ほどと同じように帯状の炎が現れる。

形状も同じなら、その動きも同じだった。
炎の帯は、動けないキサラギに巻きつく。

「ちょ、おま…! 熱いだろーが、やめろッ!」

「なに言ってんだバカ野郎。今までさんざんわけわかんねーことしやがって…殺し合えだと? コトダマを持ってこいだと? そんな馬鹿げたことは、これでもう終わるんだよ!」

涼は叫び、両手を頭上に掲げる。
手と手の間に、巨大な火の玉が姿を現す。

「おいおい…」

キサラギはそれを見て、顔を青くする。

「ここまでやっといて、さらにそれもぶつける気か? そりゃいくらなんでもやりすぎ…」

「抜け殻になるのは、てめぇの方だぜェェェッ!」

一度両手を後ろに引き、前に振り下ろす。
巨大な火の玉は、キサラギに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

「う…!」

動けないキサラギには、それを避ける術はない。
巻きついた炎は、彼の足までしっかりと拘束してしまっていた。

「うおおおおおおおおっ!?」

火の玉が炸裂し、全身を炎に包まれるキサラギ。
その場で暴れ回るが、炎の帯は彼に自由な動きを許さない。

「この俺が…この俺がァァァァァ!」

キサラギはその場に転び、全身をのた打ち回らせる。
それはまるで、火に包まれた芋虫のようでもあった。

「…」

涼はしばらくその光景を見ていたが、もうキサラギが逃げられないのを確認したのか、ふと廊下に空いた穴を見た。
それは、彼が放った火の玉を、キサラギが弾き飛ばしたためにできた穴。

穴の先には、黒い空間が見えている。
それは、この場所が夢の中であるという一番の証拠でもあった。

(夢の中ってのは、どうやら間違いねぇよーだ…しかし、ヒトミといいコイツといい、わけわかんねぇ力を使いやがるぜ…)

涼はそう思った後で、キサラギの方を見た。
もう動くことはなく、声もあげていない。

動かなくなった体を、火はまだ焼き続けていた。
しかし、人肉を焼く異臭を涼が感じることはなかった。

(そりゃそーだ、人を焼いた臭いなんてあんましなじみがねぇからな…親父とお袋は火葬だったが、もう臭いなんて憶えてねぇ…思い出したくもねぇ)

夢の中だからこそ、臭いは再生されない。
涼がそれを感じたくないと思えば、それを彼が感じることはなかった。

火はなおも燃え続け、キサラギの体を消し炭に変える。
それを涼が確認した時に、彼が放った炎はやっと消えた。

「…」

涼は左手で空を払い、「炎」の文字を消す。
それはさながら、時代劇で刀をしまう時の動作のようだった。

その後でコトノハを見る。

(まさか、『火』から『炎』に変わるなんてな…無我夢中だったが、そんなことが俺にできるんだな)

キサラギとの戦いの中で、涼は我を失うことなく「火」の力を操り、さらには「炎」の力すらも操ることができた。
それは間違いなく、彼がワード・サマナーとして成長を遂げている証である。

もちろん涼自身もそれを感じていた。
ただ彼は、それよりも違うことを考えていた。

(キサラギのヤツ…さっき、文字を変えられるヤツが俺以外にもいる、みたいなこと言ってたな…もしかして、そいつが真犯人なのか?)

彼も麻里たちの話から、街を変えたのはキサラギではなく、その背後にいる者だということを知っている。
自分以外に文字を変えられる者がいるとすれば、その人物だと考えたのだ。

(文字が変わった時はアイツも俺も驚いたが、俺はそれどころじゃなかった。ワード・サマナーの力を使いこなせるはずのキサラギが驚いたってことは、文字を変えられるってのは特別なことなんじゃないのか?)

麻里や上田のように、文字の意味から様々な力を使うことは、涼にはできない。
だがその代わり、自分は文字を変えることでパワーアップができるタイプなのではないか。

彼はそう考えた。
そしてまた、消し炭になったキサラギを見た。

(俺がワード・サマナーになったのは今日だぜ。まだ1日もたってねぇ。だってのに、力を使いこなせてるはずのキサラギを倒すことができた…今頃、こいつの本体は抜け殻になっちまってるはずだ)

立ちのぼる煙も、だんだんと細くなっている。
それを見ながら、彼は右手を握り締めた。

(今までは、どっかビビってる部分があった…美咲を助けようにも、俺の力が弱いんじゃ返り討ちに遭っちまうって思ってた。だが、今の俺の力なら)

拳はさらに固くなる。
自然と笑顔がこぼれた。

(真犯人ってヤツにも勝てるんじゃねーのかよ…! どんな力を持ってるかは知らねーが、黒コゲにしちまえばおんなじだ。美咲を取り返して、こんな馬鹿げたことも終わらせる! それが俺にはできる!)

自分の中に感じた可能性。
涼にとって、それは大きな力となり、自信となった。

確かに、真犯人がどれほどの力を持っているかはわからない。
だが、キサラギさえも自分の力の前に倒れたではないか。

彼の中には、そういう思いがあった。
あらん限りの握力で両手を握り締め、それを実感していた。

(いける、いけるぜ…! この夢から覚めたら、さっさと基地局を復旧させて美咲の助けに行く! それで全てを終わらせるんだ!)

よし、と自分で自分にうなずき、彼は拳から力を抜いた。
その後で、右手を顔のそばにもってくる。

(さて、後はこの夢から脱出しねぇとな。古い手段だが、多分これが一番確実だろう)

彼はそう考え、右手で頬をひねった。
それは痛みを彼自身に伝えてくる。

「…ん?」

しかし、まだ状況は変わっていない。
ふと穴を見ると、まだそこには黒い空間が広がっている。

(これじゃダメか…んじゃ、これならどうだ?)

右手に続いて、左手も使って左右の頬をひねる。
だが、痛みがあるばかりで元には戻らない。

「…?」

不思議に思った涼は、小さく首をかしげる。
場所は消防署の廊下ではあるが、上田と寺井親子がいないという時点で、ここはまだ夢の中なのだ。

まだ涼は、夢から覚めることができていない。
頬をひねる程度では、ここから出ることはできないようだ。

(なんでだ…? 痛みはあるんだぜ。そしたら普通は起きるもんだろ…現実の俺は、頬をひねることさえできねぇほど、眠りこけてやがんのか?)

不思議そうな表情を浮かべ、少しその場を歩き回る。

(上田かおっさんたちに起こしてもらうのを、待つしかねぇのかな…だがそれだと、おいてけぼりにされそうな気もするんだが…)

そんなことを考える涼の足が、少しだけ早くなる。
だが、それが不意にぴたりと止まった。

(待て…ちょっと待て!)

何かに気付いたのか、彼は素早くキサラギが倒れた場所を見た。
もう煙は上がっておらず、ただ黒い塊がそこにあるだけである。

(コイツは俺が黒コゲにした…だが、夢はまだ終わらない。これは俺の夢だが、アイツの能力でもある…それが終わってねぇってことは!)

彼がそう思ったと同時に、黒い塊となったキサラギの体が完全に砕け散る。
それは砂のようになり、廊下に吸い込まれるように消えた。

”…楽しんだかよ?”

そして聞こえる声。
涼にとって、それは聞き間違えることなどあり得ない声。

「き…!」

”なかなか派手にやってくれたようだな。いい時間稼ぎになったぜ…おかげで、こっちの準備は完了した”

涼が名前を呼ぶのを遮るように、そう言ったのはキサラギだった。
夢の中での戦いに負けたはずなのに、彼の声はいきいきとしている。

”力を分割してたとはいえ、この俺相手に勝つとはな。その力に免じて、ちょっと種明かししてやる”

「なに…?」

涼には、キサラギがなぜ平気なのかがわからない。
自然と耳を澄ませ、彼の話を聞く態勢になる。

そしてキサラギは、涼に「種明かし」をしていくのだった。

”お前らがいるのはM市消防署。だが、俺は『この場所』にずっといる。そっちまでわざわざ行くほど、俺もお人よしじゃねぇんでな”

「な…!」

キサラギの言葉に涼は驚愕する。
それがもし本当なら、キサラギは消防署に来ていないことになる。

「そんなバカなことがあるか! 力を使うなら、ここまで来ねぇとできねーはずだろうが!」

”そんなルールをくっちゃべった覚えは、俺にはねぇな”

キサラギは嘲笑する。
そして涼にこう告げた。

”遠隔操作ってヤツだ…だから俺の力をどうしようと、俺には傷ひとつつかねぇ。もちろん、俺の精神は今も健在だ”

「ウソだろ…」

”ま、その分力は弱くなるからよ、てめぇみてーなヤツにやられるなんてことも起こるわけさ。しかしお前、俺のことよりこれからのことを考えた方がいいぜ”

「なに?」

涼は異変を感じ、周囲を見回す。
それまでははっきりと消防署の廊下が見えていたのだが、それに白いもやがかかり始めていた。

”さっき、俺の分身が言ってなかったか? 『俺の力は洗脳も得意だ』ってよ”

「そ、それがどうした」

もやに包まれていくことに、少しばかり焦りを覚える涼。
そんな彼に、楽しそうなキサラギの声が聞こえてくる。

”そっかそっか、ちゃんと言ってたか。それならよかったぜ…これできっちりと、てめぇに恐怖ってもんを刷り込めるな”

「何を言ってる…?」

”いずれわかるさ。夢が覚めたら、その先は悪夢…クククッ”

涼の視界が、完全にもやの中へ落ちる。
現実に戻る瞬間、キサラギはこう言い残した。

”俺はラジオで言ったぜ。『殺し合え』ってな…ハハハハハハハハッ!”

耳障りな笑い声。
それが聞こえると同時に、涼は夢から現実へと戻ってきた。

「…な…?」

その瞬間に見たもの。
彼の顔は、それを見た瞬間に真っ青になる。

もう、彼は廊下に空いた穴を見る必要はなかった。
今が夢か現実かを、確認する必要などなかった。

「なに…やってんだ、お前…」

そこには、上田と寺井親子がいる。
涼は青い顔で、彼らに向かってこう叫ぶのだった。

「なにやってんだ、てめぇぇぇぇ!?」


「真島くん、真島くんっ!」

一方、麻里は涼に向かって声をかけ続けている。
彼がキサラギの術中に落ちている間ずっと、彼女はそうしていた。

「…!」

そして、涼が現実に戻ってきたことを感じる。
彼が叫ぶ声も、もちろん感じていた。

「なに…? 何が起こってるの?」

「麻里、みんな無事なのか!?」

杉浦が心配げに尋ねてくる。
だが麻里は、驚いた顔のままで「わからない」と答えた。

「何がなんだかわからないのよ…叫んでるみたいなんだけど…」

「ま、まさか、キサラギに精神をやられたのか?」

「そうじゃないわ。現実に戻ってきた瞬間は叫んでなかったの…ちょっと待ってて」

麻里はそう言って、瞼を閉じた。
涼の声からではなく、彼の視覚から状況を判断しようと考えたのだろう。


『接』


彼女の文字が光り、さらに涼と深くつながる。
涼本人に気付かせないように、自らの視覚を彼とつなげた。

「…!」

そして、流れ込んでくる映像。
麻里はそれを見て絶句する。

(なに…? なんなのよ、これ…!)

彼女の目にも、屋上へと向かう階段前の光景が見えている。
その廊下は本来白かったはずだが、壁付近に黒い液体がたまっている。

(ウソでしょ、どうして…)

壁には寺井の息子が寄りかかっている。
その体からは赤黒いものが流れ、それが溜まって黒くなっている。

さらに息子のそばには寺井が倒れており、同じ色の液体を流している。
息子がいる方向に手を伸ばそうとしている。

(なんでこんなことに…!)

そしてその前には、誰かが立ちはだかっている。
麻里は、その人物の左手が赤黒く染まっているのを見た。

(上田くん…! どうしてあなたが…!?)

「なにやってんだ、てめぇぇぇぇ!?」

あまりのことに、涼はもう一度同じ言葉を叫ぶ。
その絶叫は、左手を鮮血で濡らした上田に向けられていた。

>act5へ続く

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