【ソード☆ビート本編】Chapter16-act5 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

★act5 国境の町へ★

”お前たちの仕事がどういうものか、そしてそれがどのような意味を持つのか、それはわかった”

やわらかな風が吹き抜ける応接間。
それは、飛び散った血がまき散らす生臭さをそっと洗い流している。

レギィスは先ほど、フィロン、トリマ、カディルナが何を企んでここに集まったかを知った。
彼女たちはそれぞれの分野に働きかけ、ツァストラが求める魔力アイテムを、骨董品として自分たちで保有するために手を打とうとしていた。

そこに、世界を守るためなどという大義名分はない。
だが損得が前面に出ているからこそ、貴族もギャングもグルティスのボスたちも、仕事としてそれに取りかかることができるようになる。

その広がりが急速であるだろうというのは、経済などにうといレギィスにもよくわかった。

”私も、自分の仕事をまっとうするとしよう。ぼちぼち戻らなければ、子どもたちも不安になるだろうしな”

「そうかい…まあ、レインたちはともかく、バルディルスにはよろしく伝えとくれ。いずれ、何らかの形で礼はするってね」

”ふふっ”

フィロンの言葉に、レギィスは笑った。

”ヤツはお前たちの礼など受け取らんよ”

「どうしてさ。ぽァっとしてるようだけど、まさか礼っていうのをわからないわけでもないだろう?」

”ヤツもそれくらいは知っている。だが、形ある礼などヤツにとっては無意味なものなのだ…お前たちが知っている、どんなものでもすぐその場で出すことができるからな”

「だけど、このまま何もナシってんじゃ、あたしの気がすまないんだけどねェ」

”それなら”

レギィスは、それまで自分が置かれていたフィロンのひざから宙に浮く。

”お前が抱いている、デスティカへの想いを話してやってくれ。ヤツはユームの心に興味がある…それが一番の礼になるだろう”

「そんなことでいいのかい。それならいくらでも話してやるけどねェ」

フィロンは小さく苦笑しながらそう答えた。
その後で、真剣な表情になる。

「レインたちのこと、よろしく頼むよ」

”わかっている。形は違うが、私たちもあの子たちを利用してきた…そのお返しくらいはさせてもらわないとな”

「めんどくさい物言いはいいんだよ。あたしが頼むよって言ったら、ああって答えてくれりゃそれでいいのさ」

”…そうだな”

ツァストラに奪われたレギィスの力。
それを戻すために、バルディルスはレインの通り道にレギィスを置いた。

そして彼の目論見通りにレギィスは力を取り戻した。
それをレギィス自身は「利用」と語ったが、フィロンの言葉はそんな罪の意識など気にするなと言っている。

彼?は、さりげなく彼女がそう言ったことが嬉しいと思えた。
だから彼もそのことを流し、自らの仕事へ戻ることにする。

”いずれ、ヤツの気が向けば、お前の前に姿を現すこともあるだろう。その時に話してやってくれ…ヤツはいつもの笑顔で喜ぶだろうからな”

「ああ、わかったよ」

光に包まれていくレギィスの体。
彼?は、フィロンがうなずくのを確認してから、その場から消えた。

おおげさな別れの言葉などない。
だが、それでいいのだと思えた。

そして一瞬後、レギィスの体は箱馬車へと戻る。

「あ、帰ってきた」

自分の腰が少し重くなることで、帰ってきたことを感じたのだろう。
レインがその帰りを迎えた。

「お帰り、レギィス。どこ行ってたの?」

”む…? バルディルスから聞いていないのか?”

そう言ってレギィスはバルディルスに意識を向けるが、彼はただにこにこと微笑みながらこちらを見ているだけである。

”そうか、聞いていないのか”

「バルディルスは、レギィスはちょっと用事があるから出てった…としか言わなかったけど」

目を丸くして尋ねてくるレイン。
そんな彼女に、事の内容を言おうかどうか、少しだけ迷った。

”…”

しかし、今がいい時だと思う部分もある。
まだ国境付近の町には着かないこの現状には、彼女たちが考える時間がいくらでもあったのだから。

”…フィロンのところへ行っていた”

「おばさんのトコ? なにかあったの?」

”そこにデスティカと、ツァストラがいたのだ。バルディルスは、それを撃退するために私をそこへ送った”

「え…!」

「ツァストラだと!」

レインだけでなく、ライトたちも驚く。
まさかすべての黒幕であるツァストラが、そのような場所に現れるとは予想できなかったのだ。

「ちょ、ちょっと待って、レギィス」

レインが青い顔で尋ねる。

「レギィスが助けに行ったってことは…もしかしておばさんの大切な記憶を使っちゃったってことなの?」

”いや、違う。確かに記憶は喰ったが、それはフィロンのものではない”

「じゃあ、ツォイルおじさん?」

”待て。まずは順に説明していこう”

フィロンたちを心配して気がはやるレインを制し、レギィスは順を追って説明していく。

”ツァストラはユームの女を妻にしたが、フィロンの前に現れたのはそれとは関係ない。恐らくシシリッカの新たな体を得るために、あの場所に行ったのだろう”

「う、うん…それで?」

”なぜかそこにデスティカもいた。ヤツはどうやら、父であるツァストラの人形であることから、抜け出そうとしていたようだ”

「抜け出そうとしていた?」

ヴォルトはけげんな表情をする。

「どうしてそう思ったのかしら…」

”お前たちがシシリッカと戦っている間、フィロンはデスティカと戦っていたらしい。その時に『与えすぎる力』をその身に受けて倒れたが…ヤツはもともと力を吸収する素地がある。倒れたとはいえ、その力を吸収したのだろう”

「それが、デスティカの心に何らかの影響を与えたということか」

”そうだ。そしてヤツはピナークに出会う”

「え」

こちらの世界の鹿に似た動物、ピナーク。
レインたちもその姿や名前は知っているが、なぜ唐突にこの話に出てくるのかがわからない。

「ピナーク、って…動物の、だよね?」

”そうだ。ヤツは自分たちの食料を得るために、親のピナークを狩った。だが子どもがヤツに戦いを仕掛けた。親のカタキというところだろうな”

「ああ…そっか、そうだよね」

レインの表情が少し曇る。
直接殺しているわけではないとはいえ、自分たちもピナークの肉を食べたことがあるというのを、少しばかり気に病んだようだ。

レギィスはそれに言葉をはさまずに続ける。

”ヤツはその出来事で、自分の心の中に『誰かのために怒る』という感情がないことに気付き、それを知りたがるようになった。それで、自分の目の前でそれを実行したことのある、ウィドナやフィロンのもとへ向かったのだろうな”

「ウィドナさん??」

レインは驚く。
彼女も、この箱馬車の中でウィドナのことをぼんやり考えていたのだ。

「ウィドナさんって、病院の?」

”そうだ。ガリオンの体がある病院…そこで働くウィドナのことだ”

「まさかデスティカがウィドナさんに興味を持つなんて思わなかったわ」

ここでヴォルトが口をはさんできた。
ガリオンの体が入院していることで、レインよりもヴォルトたちの方がウィドナとの付き合いは長い。

「で、フィロンさんのトコに行った時に、ツァストラと鉢合わせになったのね」

”そうだ。そしてデスティカは、私の力を使ってフィロンを守り切った。残念ながら、その体は消えてなくなってしまったがな”

「ど、どうして…!」

”バルディルス”

レインの問いには答えず、レギィスはバルディルスへ問いかける。

”お前は知っていたか? あの部屋には、合計7人のツァストラがいたのだ”

「!」

バルディルスの顔が、一瞬だけ真剣なものになる。
だがすぐにそれは消え、また穏やかなものになった。

「なるほど~、ツァストラは~リエラの禁忌を犯したというわけですね~?」

”そうだ。それも、何のためらいもなく犯している。お前から存在を隠すためのローブも作り上げていたようだ…ヤツの覚悟も、半端なものではない”

「あ、あの、レギィス…7人いたってどういうことなの?」

レインたちには、「自分が7人いる」などという状態が理解できない。
冷静さを取り戻したはずのライトでさえ、驚きを隠せなかった。

「デスティカたちのように、自分の記憶を別のものに移植したというわけか? だがそれなら、同じ姿というのは…」

”形としてはそうなる。しかし、自分の姿でなければ何かと不都合だと考えたのだろう。ヤツの背格好は全て同じものだった”

「リエラの魔力は、俺たちよりも段違いに強いと聞く…ツァストラが7人いるということは、それだけで魔人に匹敵するんじゃないのか?」

”いや、複製を作れば作るほど、本体の力はだんだんと薄まっていくのだ。寿命を引き換えにするのだから、もちろん寿命も縮まる。私の予想では、あと3人…全部で10人はいるだろうが”

「じゅ、10人…!」

”その寿命は10年ともつまい”

レギィスは断言する。
レインたちユームよりも長命であるはずのリエラだが、コピーを作ることによってその寿命をはるか短くしてしまっていると。

”力というのは、リエラにおいては魔力を意味する。ヤツはそれもわかっていたらしい…神剣マキョウなどという剣まで造り、減少する魔力に影響されないように策を練っていたようだ”

「神剣、マキョウ…」

”刃を受けた感で言えば、全てのものを切り裂く剣というところか。レインと私の『斬れない力』によって以前デスティカを倒したが、その報告からツァストラが造り上げたようだ。恐らく『斬れない力』の逆を追求したのだろう”

「なーるほどね。確かに、体があるんなら鍛えれば筋力は増えるもんね」

ニングは軽い口調でそう言った。
その後でレギィスに問いかける。

「ちょっと話戻したいんだけど、いいかな?」

”なんだ?”

「さっきの話だと、合計7人もいたツァストラを、デスティカの記憶を使った力で倒したってことになるよね?」

”ああ。だが全員を倒さなければ、ヤツを止めることはできん”

「そうじゃなくてさ、デスティカの記憶の中に…ツァストラの居場所に関する記憶はなかったの?」

デスティカにとっては、ツァストラは父である。
造られた存在だからこそ、造った者のことは大事だとニングは考えたのだろう。

だがレギィスは、彼の考えを一蹴しなければならなかった。

”残念だが、それはない。私の力は、記憶に対する執着の心が大きいほど強くなるものだ…もしデスティカがツァストラに関する記憶を使っていたなら、ヤツもフィロンも助からなかっただろう”

「つまり…デスティカは、ツァストラのことをもうそんなに大事には思ってなかったってことだよね?」

”そうだろうな。消して都合の良くなる記憶など、私にとっては何の力にもならないからな”

「じゃあ、僕の中にあるアイツへの印象を変えなきゃならないってわけだ」

レギィスの言葉にニングは笑う。
そこにはどこか、楽しげな雰囲気があった。

「もともと僕は、造られたっていうアイツに少しばかり興味があった。リエラに造られたって聞いて、さらに興味がわいた…でも僕たちと同じ心を持ったっていうんなら、その興味は捨てないといけない」

「うん」

レインはうなずく。
彼が何を言いたいのかがわかったのだ。

「ボクも今まで、怖い存在だとしか思ってなかったけど、悩んで悩んで、おばさんを助けてくれて…それってボクたちと一緒ってことだよ。造られたかどうかなんて、もう関係ない」

「…そうだな」

「あたしもそう思う。それに、もともと縁もゆかりもなかった人を守るために、自分を造った相手にたてつくって…並大抵のことじゃないと思う」

”まあ、がんばったって思ってやってもいいよな”

ニング、そしてレインの言葉を皮切りに、ライトたちもデスティカの思いを理解しようとしていることを言葉に出した。
それは「仲間」という感覚とは少し違うが、それに限りなく近いもの。

”…バルディルス、お前…今、嬉しいだろう?”

レギィスは、バルディルスにだけ届く声で言う。

”相手が造られた者であったとしても、その思いを感じればまるで自分の仲間のことのように考える…そのユームの不思議さを、今目の当たりにしているのだからな”

「…」

バルディルスは答えない。
だが、彼の穏やかな笑顔は少しだけ、美しさを増したように見えた。


箱馬車の中はしばらくその話で持ちきりになった。
何度かの休憩をはさみ、やがて国境に最も近い町が見えてきた頃…やっと話題は変わることになる。

”…どうやら、見えてきたようだぜ”

「あれが、ディルゾーレとの国境の町…カズルマね」

テンガイとヴォルトの言葉に、全員が外を見る。
そこには町というよりも村といった雰囲気の光景が見えていた。

レインたちがいたグラシーアに比べると、建物は低く、どこか粗末な感がある。
だが人の多さは、広さの割にはかなり多いと言えた。にぎやかだった。

「結構、人が多いんだね」

「普通は国境に近い場所は人が少ないはずだが…何かあったのか?」

ライトは不思議そうな顔をする。
彼の様子に、レインたちも不思議そうな表情になった。

やがて馬車は止まり、扉が開かれる。

「レインお嬢、到着ッス」

御者であるフィグローネ構成員の女が、そう声をかけてくる。
レインは苦笑しながらも、ただ「ありがとう」と言って馬車を降りた。

(そう呼ばれるの、全然慣れないけど…フィロンおばさんの知り合いってことでそう呼んでくれてるんだろうし、いちいち断るのも申し訳ないもんね)

実は何度か休憩した時にも、毎回同じ呼び方で呼ばれていたのだが、レインは最初からその呼び方を断ることはしなかった。
小さなことではあるが、彼女は「気にしすぎない」ということを覚えたようである。

「お迎えの人が来てるはずなんッスけどね…」

構成員はそう言いながら周囲を見回す。
だが、馬車止めの近くには人が多いだけでそれらしき人物はいない。

「多分、宿にいらっしゃるんでしょう。こっちッス」

「あ、はい」

彼女に先導され、レインたちは宿へと向かう。
その途中、集まった人々の話し声が聞こえてきた。

「まさかこんな田舎によ…」

「あたし、一度お会いしてみたかったのよ! どんなふうに暮らしてらっしゃるのかしら?」

「そりゃアンタ、あたしたちなんかにゃ想像もできない暮らしでしょうよ!」

「俺、やとってもらえねーかなぁ…」

「無理ムリ! お前じゃ顔で面接落とされらァ!」

”…なんか、誰か来てるみてーだな”

「そうみたいだね。有名な人なのかなぁ?」

デスティカの行動が心をあたためたのか、レインたちは不思議がってはいるがどこか楽しそうでもある。
そんな彼女たちに、ライトが声をかけてきた。

「どうやら、皆同じ方向を見ているようだぞ」

言われて見てみると、確かにライトの言う通りだった。
町の者たちの羨望の眼差しは、ある一点に集中している。

「この方向って…え?」

「レインお嬢、ついたッス。ここッス」

町の者たちの眼差しの先。そしてレインたちの行き着く先。
そこは、構成員が案内する宿だった。

「ここに、誰か来てるのかな…?」

「ともかく今は中に入ろう。そうすれば全てはっきりする」

「それもそうだね」

ライトにそう言われ、レインは宿屋の中に入ろうとした。

「ん?」

彼女たちが入ろうとすると、構成員がそこから離れようとするのが見える。
不思議に思ったレインが声をかけた。

「あれ? 中に入らないの?」

「馬どもにメシやらないといけないんで。お迎えの方、お待ちかねなんで早く行ってくださいッス」

「あ、うん…」

構成員に促され、レインたちは中へ入ろうとする。
するとその背中にまた声をかけられた。

「あ、そうそう。ボスの話では、多分お嬢は驚くらしいッス」

「え?」

「それじゃ、またあとでッスー!」

レインは振り返ったが、その時にはもうすでに構成員はいなかった。
とてつもなく俊足というわけではなく、人ごみにまぎれて見えなくなってしまっていた。

(ボクが驚く人が、この中にいる…? どういうことだろ?)

まだその人物に会っていないレインには、意味がわからない。
ただ、悪いことではないだろうというのは、構成員の様子からもわかった。

”とにかく、まずは入ってみようぜ”

「…そうだね」

テンガイに促され、彼女は宿屋の扉を開ける。
そして最初に出会った人物を見た時、彼女は驚きの声をあげることになるのだった。

>Chapter17-act1へ続く

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