【ソード☆ビート本編】Chapter16-act4 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

★act4 フィロンの仕事★

「なんで…こんなことになっちまったんだい…」

デスティカが消えた場所。
そこにうずくまるフィロンは、誰ともなしにつぶやく。

足元に敷かれたじゅうたんに、涙がしみを作る。
そこから少し離れた場所に、彼女の声を聞く者がいた。

”力があれば、それを使おうとする者が出てくる…ツァストラもまた、家族を殺されて憎悪に狂い、それを手にしようとした”

レギィスは、じゅうたんの上に横たわったまま静かに語る。

”全ては、ユームを間引きするためのルールが生み出した悲劇だ。それさえなければ、ヤツもこのような行動には出なかっただろう”

「そんなことを言ってるんじゃないよ、あたしは…!」

両手で、いなくなったデスティカを抱きしめるフィロン。
だが彼女がうずくまるほどに、両手はそこに何もないことを感じてしまう。

やがてその体勢は、彼女自身を抱きしめる格好となってしまった。
体がなければ、いくら両手を交差させたところで抱きしめることなどできない。

「あの子は、本当に何も…何も知らなかったんじゃないか…! なのに、どうしてこんなことになったんだい…」

”…”

フィロンの中には、デスティカがレギィスに喰わせた記憶が流入している。
それは、ヴォルトがレインたちを救った時と同じだった。

レギィスに喰わせた記憶は、力が作用した者へと流れ込み…脳内にその映像を見せる。
結果的に、どれだけ大切な記憶が失われたのかを、助けられた者だけが知ることになる。

彼女はそれを、直感的に理解していたのだ。

「あたしが見たのは…ピナークと、病院にいた女の人、そしてあたし…それだけだった」

”…ああ”

「1日もなかったんだよ、その間…! あの子は、やっとこれからいろんなことを知っていくって時に…!」

右手をじゅうたんに置く。
模様がゆがむのも構わず、毛足が少し長いそれを握りしめる。

”…”

レギィスはその姿を感じながら、またゆっくりとしゃべり始めた。

”バルディルスも、少し前からここにデスティカがいるのは知っていた。最初はツァストラの手先として現れたかと思っていたようだが、どうやらそうでないのに気付いたのだろう。すぐに私をよこすことはしなかった”

「…」

”いくらヤツとはいえ、あの状況がはっきりと見えたわけではない…まさかここにツァストラまで来ていたとは、予測できなかったのだ。だが、デスティカの行動によってそれが判明した”

そのために、レギィスはあのタイミングでしかやってくることができなかった。
バルディルスは一手遅れてしまっていたのだ。

”許せフィロン。ヤツも私も、『完全』ではない…そのために遅れてしまったのだ”

もしデスティカが、ツァストラに反抗しないままここに現れていたなら、事態はもっと単純だっただろう。
だが、彼はここに来た時点でもうすでに父に反抗していたのだ。

そうでなければ、命令もないのにここに現れるはずがないのだから。

”…”

レギィスは、次の言葉を言いかけて止める。
それを今のフィロンに言うには、あまりに残酷だと思ったのだろう。

彼はこう感じていた。
もしデスティカが何かに目覚めて彼女を守ろうとしなければ、彼が消えることはなく、彼女もまた悲しみに沈むことはなかっただろうと。

何か…それをレギィスは知っていたが…それに目覚めたせいで、こうなってしまった。
皮肉といえば、あまりに皮肉な話である。

そしてそれをフィロンに言うには、闇の魔剣はあまりに情緒が豊かでありすぎた。
ただ黙って、泣き続ける彼女を見つめている。

「フィロン!」

突然、応接間のドアが開く。
誰かが入ってくるが、7人のツァストラが倒れているのに驚き、足を止める。

「…これは…」

「一体、何が…」

入ってきたのはふたり。
両方とも女性だが、年齢は大きく離れている。

ひとりは、ツァストラが来るまでフィロンが相手をしていた客。
そしてもうひとりは、彼女の友人だった。

「ボス…」

開かれたドアの向こうには、構成員たちが心配そうに中をのぞき込んでいる。
フィロンの命令がなければ中には入れないのだろう。

一方、女性ふたりは応接間の片隅で泣いているフィロンに近づいていった。

「お前…何があったんだい」

「うう…ううう…」

フィロンは振り返れない。
かといって、泣き顔を両手で隠すこともできない。

彼女の友人…トリマが肩にその手をかけても、フィロンはただ泣き続けていた。

「…」

トリマは、彼女の肩にかけていた手を下ろす。
小さく微笑み、背中を軽く叩いた。

「お前がそこまで泣くようなことがあったのかい…よっぽどのことだったんだろうねェ」

そう言った後、ドアの向こうにいる構成員たちに声をかけた。

「お前たち、悪いがそこにぶっ倒れてる連中を連れ出しとくれ。あと…このことは他言無用だよ」

「は、はい!」

トリマの声に、構成員たちは素早く反応する。
すぐに7人のツァストラの体を運び出し、応接間のドアを閉めた。

「少し、窓を開けるかねェ」

トリマは窓際に行き、窓を開ける。
おびただしい血によって生まれた生臭い臭いが、風に吹かれて外へ出ていく。

「…仕事が押したおかげで、少し遅れちまったが…」

窓を開けた後、トリマはまたフィロンのそばに近づいた。
しゃがみ込み、横からそっと抱きしめる。

「お前が無事で、アタシは何よりだよ」

「…」

フィロンは、涙をふかないままでトリマを見る。
彼女の瞳に映る老婆は、ゆっくりと首を横に振っていた。

部分的にではあるが、彼女はフィロンの悲しみがどれほどのものであるか理解している。
その上で、首を横に振ってみせているのだ。

「悲しいだろうが、まだ仕事は終わっちゃいない…そうだろ? フィロン」

「…」

トリマの言葉に、唇をかみ締めるフィロン。
涙は抑え切れなかったが、彼女はうなずいてみせた。

その行動に、トリマは微笑む。

「レインたちを助けるために、わざわざ貴族のご婦人にまでおいでいただいたんだ…しっかりしなきゃいけない。そうだろ?」

「…」

フィロンは、彼女の言葉にうなずく。
涙をふき、その場から立ち上がった。

じゅうたんの上に転がったレギィスを拾い上げ、ソファへと戻る。
片側は彼女とデスティカの血に濡れていたが、反対側はまだ無事だった。

そこにトリマと並んで座る。
フィロンが中央、レギィスはそのひざの上だった。

”まさか…”

トリマはフィロンの右側に座る。
そして左側には…

”ここにきて、また会えるとは思わなかった”

さしものレギィスも驚いている。
フィロンの左側には、誰あろう、カディルナ・リグーアスタが座っていた。

「あなたがレギィス…闇の魔剣ですわね」

カディルナは微笑む。
そこには、かつてレインに無理難題を押し付けたとげとげしさなど、欠片もなかった。

「話は聞いていますわ。まさかあなたがレインさんとともに、我が邸へ来られていたとは…知っていれば、それなりのおもてなしをしましたのに」

”あの頃は私も『ジェッカという状態』だったから気にすることはない。だが…フィロン、お前はこのふたりを呼んで一体何を…?”

「それはねェ」

涙をふいたフィロン。
目は赤いが、声の震えは消え始めている。

「世界にある魔力アイテム…これを、あたしたちが独占しちまおうって魂胆なのさ」

”なんだと?”

発展し続ける魔法文化。
そのために、疲弊する精霊たち。

その精霊たちに魔力を返すために、今や世界中で魔力アイテムが集められている。
それをフィロンたちが独占しようとしているらしい。

”しかし…世界中の魔力アイテムとなると、お前たちの財力ではとても買い占められんぞ”

「そんなことは、あたしたちが一番よくわかってるさ。だがね、考えてごらん、レギィス」

フィロンははれた目で笑ってみせる。

「魔力アイテムは、ただ魔力を持ってるってだけじゃない…骨董品としても、かなりの値打ちがあるんだよ」

”確かに、それはそうだが…”

「だからね、カディルナに頼んで、貴族も巻き込んで買い占めに走ろうって話をしてたのさ」

「私も今までは、精霊たちに魔力を返すことが世界のためになると思っていました。ですが、それが何者かの謀略ということになれば、黙っているわけにはいきません」

カディルナはそう答え、直後に微笑む。

「それに、貴族というものはお金が余っていますからね。有効活用しなくてはもったいないでしょう?」

精霊に魔力を返し、世界を維持させる。
しかしそれはツァストラの謀略であり、実は自分のために魔力を集めるための手段だった。

それはライトがトリマに報告していた、ひとつの可能性である。
彼女はそれをフィロンに伝え、そして事態がその通りであることをはっきりと悟った。

そのために、レインと仕事でつながりのあったカディルナに連絡をとり、ツァストラが集めようとしている魔力を、自分たちで食い止めようとしているのである。

”なるほど…まさかそのような方法を考えるとはな…!”

ツァストラを倒すということしか考えていなかったレギィスは舌を巻く。
確かにこの方法が成功すれば、ツァストラはもう新たに魔人を造ることはできないだろう。

「もう、あの子みたいな悲しい子をつくっちゃいけない…今回のことで、あたしは強くそう思えたよ」

フィロンは笑顔で語る。
ともすればまた涙に濡れそうな、頼りない笑顔ではあった。

しかしそれでも、彼女は前を見ようとしている。
悲しみに負けること、そして自分で決めた仕事を投げ出すことを良しとはしていない。

「だからこれは、何としても成功させなきゃいけないことなんだ」

声の震えは、今や完全に消えた。

「カディルナは貴族側、トリマはグルティス側、そしてあたしはギャング側…それぞれが買い占めを始めれば、アイツにつながってる連中に魔力アイテムが渡るのを、少しは防げるはずだからね」

”それが、お前の仕事か。フィロン”

「そうさ。レインたちだけに、カッコつけさせるわけにゃいかないんだよ」

ソファの前にあるテーブル。
血しぶきが飛んだ書類を見る。

それをトリマが手に取り、内容を読んだ。

「なるほどねェ…アタシたちだけなら別に口約束でもいいが、他の連中に言うこと聞かせるためにゃ、確かに書面が必要だ。お前、ギャングのクセに考えたじゃないか」

「あたしたちを、そこらのバカと一緒にしないでほしいねェ。考える時は考えるのさ」

彼女たちが署名した書面。
それはやがて、それぞれの分野に広がっていくだろう。

事情を知らない者たちは、ただ骨董品を集めるということしかわからないだろうが、それでも価値あるものを手にすることは、金を持っている者にとっては魅力的な話だ。

フィロンが用意した書面には、その場所情報などを共有しようという内容が書かれている。
それを利用して、魔力アイテムを集めようとしているのだ。

「別にあたしたちだけが持ってる必要はない…ヤツに渡らなきゃいいんだ。それなら、この方法が手っ取り早いってわけさ」

”そうか…! 確かに、世界を救うためなどという建前よりも、こちらの方が説得力があるな”

書面の内容は損得を前面に出した内容であり、金を持つ成功者たちにしてみれば、ツァストラが用意した「世界を救うため」という大看板よりも、はるかに納得しやすいものだったのだ。

「この方法で場所情報…どっかに魔力アイテムがあるらしいって情報を、みんなが知ることができれば、近くにいるヤツが取りにいけばいい。今まではそれができなかったが、これからはそれができるようになるんだ」

「そして、情報提供者には謝礼が支払われる。みんなが得をするというわけですわね」

「誰かが手に入れた魔力アイテムが、もし骨董品として欲しいってんなら、お互いが合意して売り買いすればいい。結局、誰も損はしないんだよ」

”なるほどな…確かに、経済などにはうとい私たちには思いつかない発想だ。見事だという他ないな”

それは誰かが思いつくことではあっただろう。
だが、一番最初に思いついたのはフィロンだったのだ。

彼女はその発想を実用化できるまでに練り上げ、あとは手始めに自分たちが署名するというところにまでこぎつけたのである。

(そうさ、あたしたちはバカじゃない。あたしも、あたしの家族も、みんなそうだ)

フィロン、トリマ、カディルナ。
3人の署名が入った書面を、フィロンは見つめながら言う。

(泣いてるばっかじゃないってことさ…あたしはね、カッコいい女ってのがウリなんだ。お前のママになっても、それは変わらないよ)

心に宿るデスティカへの想い。
それを強く意識しながらも、今は涙を流さない。

(今はゴタゴタしてるが…落ち着いたら、あたしがお前に名前をつけてやるよ。デスティカなんておっかない名前じゃない。お前がのびのび成長していけるような名前をね)

ふたりの血にまみれた白いシャツ。
その下に息づく、鮮やかな青いタトゥー。

デスティカが自分の体に残したものを感じながら、フィロンは自分の仕事を遂行する。
自分の中にいる子どもにどんな名前をつけようかという、心おどらせる悩みを抱きながら。

(また『仕事』が増えちまったが…まあいい。今は仕事に集中するさ。お前に笑われないようにねェ)

フィロンは優しく微笑む。
その表情はまさに、美しい母の笑顔だった。

>act5へ続く

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