今晩、プロ野球観戦(テレビで(^^ゞ)の合間にチャンネルを変えると、何と日本映画専門チャンネルで思いがけず『トラック野郎』シリーズ第一弾の『御意見無用』を放映していた。そうなるともう止まらない。野球観戦そっちのけで、思わず最後まで観(魅)入ってしまったよ(^^ゞ 家内から再三「まだ部屋(自室)に戻らないの?」ってイヤミ言われながら……(T^T)
私の『トラック野郎』好きは、かつて当ブログで何度も言及してきた。とにかく“B級エンターテインメントの神様”こと鈴木則文監督による、映画のありとあらゆる“ゴラク”(カーアクション・バイオレンス・ロマンス・エロス・人情劇・ギャグ・スピード・、それと監督得意の“反権力”“スカトロ”も!)を猥雑に詰め込んだ演出の妙は、神がかり的だ。そこへ、直前まで『仁義なき戦い』で強面の広能昌三を演じていた菅原文太が、それまでのキャリアが嘘のように、文字通り“身体を張って”お馬鹿キャラを熱演している。面白くならないわけがない! 当初は単発の企画で1作限りの予定だったそうだが、当時“鳴り物入り”で公開されたオールスター大作『新幹線大爆破』の倍以上の興行成績を挙げたことから、以後5年間全10作に至る人気シリーズとなった。
今回鑑賞した『トラック野郎 御意見無用』は、シリーズ化も制作当時は予定されず、まだ試行錯誤の中で制作された作品であることがうかがえる。後に同じ盆正月興行としてしのぎを削る松竹の『男はつらいよ』と同じフォーマットで制作されるものの、この時のヒロインは、70年代東映プログラムピクチャー(東映セントラル?)の徒花である東映俳優センターの中島ゆたかが演じていたのは象徴的だ。シリーズ化が決まって後は、『男はつらいよ』同様、様々なジャンルからマドンナを招聘するようになったので、この作品だけは、まさに東映プログラムピクチャーとして身内でこぢんまりと創られた、って印象が強い。サブタイトルの『御意見無用』もシリーズ化を意識してのものではないだろう。それにしても、上記の“東映プログラムピクチャーの徒花”で終わりそうだった中島ゆたかが、『スーパー戦闘 純烈ジャー』で華麗なる復活を遂げてくれたことは本当に嬉しかったよ(^^) そういえば『スーパー戦闘 純烈ジャー』って、企画段階で『トラック野郎』や『不良番長』の線を狙ってたらしいね(^^ゞ
処女作らしく、その後シリーズを通して一番泣かせる「マドンナのため犠牲的な危険な走行を続ける一番星(文太兄ィ)を助けるため、全国のトラッカーたちが追走する警察車両の走路を妨害する」シーン等はまだ登場しない。クライマックスの激走シーンも今観ると実にこぢんまりとしている(^^ゞ だが、思えばハードな展開が多かった実録路線と比べて、『不良番長』や『極道』シリーズのようなギャグ路線の再来と下ネタに満ち満ちた展開が、当時の男たちのハートを鷲掴みしたことは容易に想像できる。もっとも、その人気の層が広がったことで、若年層や女性層に配慮して、一番星の「心の故郷」であったトルコ風呂(現ソープランド)のシーンが徐々になくなっていったことは、実に残念だ。映画なんだから遠慮せず残して欲しかった。何故なら、いつもは粗暴で見栄っ張りな一番星が、一番自分の本性をさらけ出せる、観ていてホロッとするシーンだったからだ。
近年では、2021年に哀川翔主演の『新デコドラのシュウ 鷲』が名曲「一番星ブルース」をひっさげて劇場公開された。なかなか頑張ってはいたが、やはり『トラック野郎』の“クソパワー”にはとても叶わなかった。綺麗すぎるのだ。鈴木則文御大が鬼籍に入って久しい今、あの“昭和”の猥雑なエネルギーに満ち溢れたエンターティンメントを再現できる監督は皆無だろう。ここでも「昭和は遠くなりにけり」である。
ちなみに、記念すべき『トラック野郎』シリーズの第一作『トラック野郎御意見無用』が封切られたのは1975年の8月30日(土)で、この日私は、旧広島市民球場の内野席で、広島vs阪神戦を観戦していた。広島東洋カープ初優勝の年だ。それ故当時のチケットは今も大切に保管しているが、奇しくもこのチケットに記された日付は、栄えある『トラック野郎』スタートの記念すべき日付でもあったのだ……
プロ野球の観戦チケットの刻まれた(1975年)8月30日(土)こそ『トラック野郎』シリーズスタートの日付だったとは!(゚Д゚)
そんなわけで、ブログ書き出しの「今晩、プロ野球観戦(テレビで(^^ゞ)の合間に~」に話題は繋がっていくのである(^^ゞ(^^ゞ
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