先月、広島県のとある美術館で、“昭和特撮美術の重鎮”成田亨氏が手がけた円谷怪獣特撮のデザイン原画が展示されるという話題を書きましたが、盆休みの昨日、ドライブがてら家族を連れて、呉市下蒲刈町にある蘭島閣美術館に行ってきました。

 

 広島市内から車で約1時間、下蒲刈町は島なので、途中安芸灘大橋を渡っていきます。ここの通行料が普通車で790円とかなりの高額なのですが、下蒲刈町内の店舗も心得たもので、1000円程度の買い物をすれば、復路の通行回数券がサービスに付く、という特典がありました。「少しでもこの島へのリピーターを増やしたい」との苦肉の策でしょうか?

 

 さて、下蒲刈島に上陸したのは2度目ですが、それは娘たたいが生まれる前、しかも渡ってすぐにUターンしたので、実際に島の中に深く入っていくのは初めてでした。橋を渡って、そこからホントにこぢんまりとした石畳風の細い道をしばらく走ると、件の蘭島閣美術館が見えてきました。古い豪邸の様な黒い瓦屋根の立派な建物で、広島市内のモダンな美術館と比べたら実に個性的です。雰囲気は以前行った山口県の萩博物館を彷彿させる作りです。

 

 

 中に入ると、今回の企画「特別展 青森の芸術家たち」が、1・2階併せての4つのスペースに展示されていました。生憎作品の写真撮影はNGとのことだったので、それではできるだけ自分の目に焼き付けようと、同じ所を何度も何度もまじまじと見つめました。

 

 

 お目当てだった成田亨氏の「ウルトラ」原画は、一番最初に向かう1階のスペースに展示してありました。順番に「ウルトラマン」「ガラモン決定稿」「カネゴン決定稿」「ビートル2号試作」「科学特捜隊基地セット」「バルタン星人決定稿」「ジラース」「ぺスター」「ダダ」「ウルトラセブン決定稿B案」「ミクラス」「メトロン星人」と計12枚の直筆原画が並んでいました(それぞれの名称は但し書きの通り)。制作年は「Q」デザイン(「ガラモン」「カネゴン」)が1965年、「マン」デザイン(「ウルトラマン」「ビートル」「基地」「バルタン」「ジラース」「ペスター」「ダダ」)が1966年、「セブン」デザイン(「セブン」「ミクラス」「メトロン」)が1967年と、まさに放映時期と重なります。如何に当時の制作現場が“自転車操業”的に逼迫していたかがうかがえます。成田氏は「全ヒーロー・怪獣・メカニックのデザインを一人でする」という条件で、「ウルトラQ」中盤よりデザインに参加したそうです。それにしてもデザイン画の全てが実際の造形(着ぐるみ・模型)と雰囲気を異にした、あたかも芸術作品のような気品を湛えていました。サイズにしてB4程度のキャンバスに緻密に描かれたそれら原画を見つめていると、氏の筆遣いすら見えてくるようで、特に「ウルトラマン」の色彩豊かな原画を見るにつけ、「嗚呼、我が人生に多大の影響を与えてくれた円谷特撮は、この一枚の原画から始まったのか!」って思いがこみ上げて、この歳にしてその原画を目の当たりにしているという現実に、感無量になってしまいました。

  また、数々の原画の中で特に興味深かったのは「ウルトラセブン決定稿B案」で、このデザインでは実際の「セブン」と赤と銀の配色が逆で、「ウルトラマン」に近いものになっていました。もしこちらの方が採用されていたならば、配色から「ウルトラ兄弟」という設定がより納得いくものになったでしょうが、今となっては、現行の赤メインの配色の「セブン」の方がしっくりきます😅

 そうそう、この「ウルトラセブン決定稿B案」の説明の箇所に「ウルトラマンセブン」という、一般には間違いやすいが往年の特撮ファンなら絶対に許せないムキー記述があったので、館内のアンケート用紙を使って指摘と訂正依頼をしておきました。まあ学芸員からみたら“小姑”みたいに思われるかもしれませんが……えー

 

 美術館の売店で販売されていたグッズは実に充実していて、「だから撮影禁止なのか」と訝しく思ってしまいました が、ついいろいろと"大人買い"してしまいました(上記の写真はその時購入したポストカードです)てへぺろ

 

 こちらの購入クリアファイルには、今回展示された12枚の原画のうち、「科学特捜隊基地セット」「バルタン星人決定稿」「ジラース」「ダダ」「ミクラス」以外のものが掲載されていました💦

 

 ところで今回は飽く迄成田亨氏の「ウルトラ」原画観賞が目的でしたが、他にも寺山修司氏の「1967シルクスクリーン天井桟敷定期会員募集ポスター」(横尾忠則画)、 「書を捨てよ!町へ出よう!公演ポスター」(及川正通画)や、棟方志功氏のパワフルな版画(そして氏と熊野筆との意外な縁)、そして誰もが必ず見たことのある馬場のぼる氏の一連の猫漫画イラストなど、興味深いものがいっぱいあり、つい円谷グッズのみならず、今回の作品が所蔵されている青森県立美術館の目録のような本まで購入してしまいました😁

 

 まあ、こんなことでもないと中々美術館に足を運んだりしませんが、映像に関わる者としては動画ばかりではなく、このような美術品(静止画)にも心を馳せなければならないことを改めて実感させられました。

 

 

 

 

 

あなたが健康を願う人はだれ?

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 今年で「戦後80年」だが、その「戦後」がスタートしたのがまさに80年前の今日、1945年8月15日だ。諸説はあるが、一応この日の正午を以て、先の大東亜(太平洋)戦争は終結した。戦時下の“非常事態”の名の下に極限状態を敵国(連合国)からも自国政府(軍部)からも強いられてた当時の日本国内の庶民にとっては、勝ち負けはどうであれ、まずは「戦争が終わった」安堵感と共に、そしていかばかりかの“見栄”も手伝って、この日を「終戦の日」と謳うことに微塵も疑問を抱かなかったのだろう。そしてそれは今も連綿と続いている。

 

 しかし、この時日本(大日本帝国)は、ポツダム宣言を受諾して、連合国側に対して事実上“無条件降伏”した訳だから、本来は「敗戦の日」。別に戦争を「終わってやった」わけではない。まああの時点で降伏を拒否して「本土決戦」を本気で行おうとしたならば、アメリカに原爆投下の格好の大義名分を与え、おびただしい数の原子爆弾が投下され、まさに日本は壊滅していたことだろう。だからこのポツダム宣言受諾は、やや遅きに失した感もあるが、とりあえず賢明な判断だったといえる。そのおかげで私もこの世に生を受けることが出来たし、アメリカへの服従と庇護の下とはいえ、20世紀末には戦後僅か数十年で廃墟から世界有数の経済大国にまで(当時は)成長できた。広島・長崎を筆頭に日本各地に存在した焼け野原が、今や近代的な都市に変貌を遂げている現実を見るにつけ、「終戦」だろうが「敗戦」だろうが、とにかく戦争状態にないことはこの上ない幸福である(「降伏」したから「幸福」が舞い込んだ?)。

 

 それならば、別に「敗戦」を「終戦」って言おうがいいじゃないか、少しは見栄を張ってもいいじゃないか、って論法が成り立つかも知れない。しかし戦後80年も経過して、被爆者を初めとする先の大戦の“生き証人”がいずれ世の中から姿を消す日が迫っている中、この「“終”戦」という言葉が“一人歩き”してしまうことに危惧を覚えるのである。現政権与党によって、「不都合な真実」の記録文書が次々と処分され、且つ歴史の改竄が不安視される中、今では当たり前に捉えられている日本の“無条件降伏”による戦争終結が、「実は日本“無条件降伏”したわけではなく『国体の護持』を秘密裏に維持するために、敢えて敗北者のフリをした。よって日本の“神軍”は決して敗れていない」なんて“陰謀論”めいた戯れ言を吹聴する輩が登場したり、それを大勢が無自覚に鵜呑みにする、なんて非常識な事態がまかり通るかも知れない。実際先の選挙では、既存与党の衰退にかこつけるかのように、あたかも第一次世界大戦後のドイツに於ける「ナチス」の台頭を彷彿させる、極右政党の「デマゴーグ」達が台頭してきた。彼らは、民衆の社会に対する鬱憤を耳障りのいい「デマ」でミスリードし、浅はかな者達の支持を受けて、多くの議席を獲得する、という事態が生じている。中には関東大震災における朝鮮人虐殺を誘発した「デマ」を彷彿させる言動をする輩もいる。そしてそれを真に受けている者もいる。だから前述のような「終戦であって『敗戦』ではない。よって日本は負けていない」なんて“陰謀論”が“オフィシャルな歴史”にすり替えられる危険性がある。

 

 「終戦」という言葉が、いつの間にか先の戦争を美化する「道具」になってしまわないように、祈念してやまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和と幸せを祈ろう!

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 現在、年に一度の「盆休み」真っ只中! 今年は9~11日の三連休に13~17日の五連休と、あたかも“ゴールデンウィーク”の如き大形連休になっているが、もう残り3日しかない(T^T)  この連休を利用して、今後の上映会に向けて『AKI AgentAngel』の予告編とDVD(ブルーレイ)を完成させたり、懸案だった部屋の片付けをしようなんて思っていたが、悲しいことに休みの分だけ“ダラダラと休んで”しまう。また家族の手前そんなに自由な時間もなく、外出も多い。

 昨日は父母の墓参りに行ってきた。広島では「安芸門徒」の独特な灯籠が有名で、通常のカラフルなタイプと初盆の白いタイプがあるが、また盆の最初だったんで、殆ど見掛けなかった。

 

 そういえば、昔『アイアンキング』をもじって『アキモンキング』なるヒーローパロディーものを冗談で企画したことがあったが、そのフェイスはこの盆灯籠型にしようと考えていた。敵の組織も、国家転覆を謀る“平家の末裔”「平一族」や、戦前日本の復活を目論む過激派「広島建国党」、そして元々は地球人との友好を目的に舞い降りたが、その地が広島で「地球人類が核兵器で殺戮を図る野蛮且つ危険な生物」と知ってしまったがために人類皆殺しを図る「SD(スペルブラッド)星人」なんてのを考えていた。当時はまだ30代だったが、冗談とはいえ何ともバカバカしくきな臭いことを考えていたものだ(^^ゞ  勿論企画だけで脚本すら書いていない。ちなみにこの着想は、当時「悪の異次元人の暗躍を察知した安芸国・宮島の正義の戦士が、異次元人と闘うべく一路東京へ向かう」という企画ともっともらしいナレーションをただの風景(旅情)映像に被せただけ、という自主(バカ)映画『紀行戦士ミヤジマン』(旗手稔監督)の影響ではないかと思う(^_^;

 

 他にも横川駅に展示してある「かのこバス」に魅せられた男の顛末を描いた『バス人間㐧一号』って“冗談”企画もあったよ(^_^; 共に、”思えばまだ8ミリフィルムで映画を撮ってた時代だ。件の『ミヤジマン』も8ミリ映画だったようだし.。

 

  てなことをくどくど考えながら過ごす夏の夜長……嗚呼、盆休みが溶けていく……
 

 

 

 

 

何泳ぎが得意?

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 今年2025年は、1925年12月より始まり、64年も続いた「昭和」100年である。「嗚呼、昔は西暦に5を足せば容易に年号が今何年か推測出来てたんだよなぁ」なんて郷愁に浸ってしまう“昭和の少年”だが、思えばこの西暦末尾の「5」の年には、個人的にも一般にも、とても印象深いことが多く、今年は「〇〇の〇〇周年」ってのが多いような気がする。

 

 個人的には何といっても、「『スケバン刑事』40周年」! ついこの間のように思っていたが、初代の放映開始が1985年だったんで、確かに40周年だ。まさに隔世の感! この番組なくして現在まで続く映画制作、とりわけヒロイン活劇なんて撮ることもなかったろうから、本当に重大な出来事だった(^-^;  そんな節目の年に、斉藤由貴・南野陽子・浅香唯の「スケバン刑事揃い踏み」が実現したのは嬉しかったなぁ(^-^;(^-^;

 

 全てとは言わないが、広島人、とりわけ昭和世代の広島東洋カープファンにとって忘れられないのが1975年。球団創設以来‟万年最下位”のイメージが付きまとった(まあAクラスの年も1回だけあったが(;'∀')広島カープが、奇跡のセントラルリーグ初優勝を遂げた年だ。当時はまだ小学生だったが、あの日の興奮は今も忘れられない。後楽園球場で優勝のウイニングボール(レフトフライ)をキャッチした水谷実雄氏が先日鬼籍に入られた。もうすぐ(10月15日に)「50周年」を迎えるその直前の今月に亡くなられたことは何とも残念だ。

 

 ただ、幸せな出来事だけでなく、1945年に広島と長崎に原爆が投下された1945年から、今年で「80周年」迎える。同様に「東京大空襲」「沖縄戦」からも「80周年」。これを踏まえて、‟敗戦「80周年」”の今年は、不戦の決意を新たにしなければならない。参政党に踊らされるな! いい歳こいた“昭和の少年”たちよ!

 

 また、当時は未曽有の大惨事だった阪神淡路大震災が発生した1995年からも、今年で「30周年」を迎える。あの衝撃は、後に「東日本大震災」を経た今でも克明に記憶している。実際遠い広島でもかなりの揺れを感じたし。その記憶を風化させてはいけないが、それでも神戸の街は復興を続けている。mixi繋がりの川本じゅんき氏プロデュースの『れいこいるか』でもその様子が、市民の心の傷と共に描かれていた。

 

 

 そして先日記事に書いた、飛行機事故としては空前の大惨事となった「日航ジャンボ123便墜落事故」が発生したのが1985年で、今年で「40周年」となる。今思えば、大学のあった地域では当時フジテレビのネット局がなかったため、夏休みで帰省した広島で富田靖子の『一休さん』を観た時にあの緊急速報(字幕テロップ)を見たんだった。翌日は墓参りで、親戚を車に乗せて墓所に向かったが、その時「坂本九」の死を悼んでいた同乗の叔母も、鬼籍に入って久しい。長い年月を感じる。まあ、その分長く生きてきたってことだろうが……

 

 

 この2025年はいろんな意味で節目の年だ。これから10年後、再び末尾が「5」の2035年を迎えるわけだが、それまで健在でいられるだろうか? まさに未来は「あるやなしや」である。

 

 

夢で故人と逢ったことある?

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 1985年公開の大林宣彦監督作品『さびしんぼう』。本作をたまたま当たって行った試写会で観賞しなければ、その後今日に至るまで41年(「40周年」ってことか!)続く映画制作活動はなかったかもしれない。そんな貴重な映画だ。だから当然。主演を務めた富田靖子は我が心のミューズといっていい。

 

 それもあって、『さびしんぼう』観賞がきっかけで、後にテレビ放映された『アイコ十六歳』も『ときめき海岸物語』もビデオ録画して、特に『アイコ十六歳』の方は何度も何度も再生・観賞したし、『姉妹坂』も劇場まで観に行った。そんな中、件の『さびしんぼう』を初見してから半年後、富田靖子が「一休さん」を演じるということで、その番組であるフジテレビ「月曜ドラマランド」の『一休さん』を勇んでテレビ観賞した。その日が1985年8月12日。丁度今日で40周年を迎える。まあ何という隔世の感だろうか。あの頃はまだ「昭和」だったし。

 

 ネットで見つけた画像。『さびしんぼう』を敬愛する者としては、そのラストシーンと思うと何とも言えないこのシチュエーションだ。

 

 その観賞中、いきなりテレビ画面に字幕テロップが流れ出した。臨時ニュースというやつである。それによると、羽田空港を出発した日航ジャンボ123便が行方不明とのこと。この手の報道が流れるときにはかなりの確率で墜落事故に繋がる故、「これは空前の一大事だ」と身構えたものだった。

 

 その日は深夜に至るまで報道は続き、翌日御巣鷹山でジャンボ機の墜落が発見された。それからの惨状は御存じの通りだ。思えばまだ「阪神淡路大震災」も「東日本大震災」も起こる前だっただけに、この衝撃は半端なかったなぁ。それこそ「ホテルニュージャパン大火災」と「羽田沖日航機墜落」が二日連続で起こった時を彷彿させた(被害においてはこの二日間の比ではなかったが……)

 

 ちなみに字幕テロップが流れたのは番組の後半で、確か、丸坊主の面を被った富田靖子が一休さんの衣装のままで、前月にリリースされた「スゥイート」を熱唱する場面だったと記憶している。毎年この日になると、何故か富田靖子と「一休さん」と「スゥイート」を思い出してしまう。

 

 40年前の今日、非業に死を遂げた520名の御霊に合掌………

 

 

 

大自然の中で暮らしたいと思ったことある?

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 先日『女殺し屋 牝犬』を引き合いに、アサシン(ダークヒロイン)の葛藤について書いた。

 

 では果たして、「人の命を奪う」という人間社会において究極の犯罪である「殺人」が目的のアサシンの物語に「正義」「勧善懲悪」は成立するのか? そんな矛盾を見事に処理・昇華したのが、往年の人気時代劇「必殺」シリーズといっていい。

 

 件のシリーズに登場する「仕掛人」「仕置人」「仕留人」「仕事人」「橋掛人」etcといった“闇の処刑人”はごくまれな例を除き、「頼み人」から金(一人一両?)を貰ってターゲットたちの命を奪う。その点は凡百のアサシンと変わらない。しかしドラマの中盤までは、依頼者である「頼み人」が如何にターゲットらの“仕置”を求めたのか(つまりターゲットの所業)が克明に描かれる。それはあたかも“苛め””虐待”(それも姑息なものから非道な暴力に至るまで)を延々見せつけられているようで、それが後半の‟仕置”に胸躍らせる貴重な「スパイス」であることはわかっているものの、個人的には苦手だ。ただそれによって視聴者があたかも「『頼み人』に感情移入することでターゲットを一方的な‟悪”である」という「正義理論」を脳内に構成することによって、単なる「復讐劇の殺人」を「勧善懲悪」の物語と認識してしまうのである。

 

 この手法は『必殺仕掛人』がオンエアされた1970年代以降、日本の映画・ドラマに多大な影響を与えてきた。しかし劇中、“闇の処刑人”たちがお互い「死んだら「地獄」で会おうぜ」と言い合うように、彼らは決して自分たちが正義の味方だなんて思っていない(という風に脚本・演出が成されている)。しかも自分たちの存在を“必要悪”の認識している節がある。誰かの幸せ(もしくは復讐)のためには誰かが手を汚さなければならない、という縮図だ。『ワイルド7』がその主題歌で「この世のドブさらい~♪」と歌って(謳って)いるように。

 

 その一方、かつてWOWOWの「J MOVIE WARS」の一環で撮られた『殺し屋アミ」や、近年公開された『ベイビーわるきゅーれ』のように、女子高校生のアサシンという、まさに「ヒロイン活劇」のカテゴリーにドハマりする映画があったが、どちらも正義も葛藤もなくあっけらかんと暗殺を続けるというものだった(『アミ』の方は若干の葛藤はあったかな)。それこそ『女殺し屋 牝犬』以上にクールに。そうなってくると、「自分が信じる者が正義」という、まさに未完企画『正義の使徒☆宮條愛』の決め台詞に予定している「人の数だけ正義はあれど……」になってしまう。本人との関係性に於いての悪であったり、「生きるため」の対象として、彼女らは殺人を犯すのである。まあそこら辺をどう考えるかは、各人の好みに委ねるしかない。

 


 自分がダークヒロインものを撮るとしたら、やはり己の欲望の赴くままに「人に迷惑をかける」「人を不幸にする」“普遍的”な悪党に正義(怒り?)の鉄槌を下す、そんな物語にしたい。そして“情念”も加えつつ、それでいて観終わった後スカッとするような「勧善懲悪」な内容を目指して……

 

 

 

 

 

山に向かって叫びたいことある?

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 昨日は「長崎原爆の日」に関する記事を書いたので、この件に触れるのは2日遅れになってしまいましたが、一昨日、2025年8月8日、当ブログ「神宮寺真琴のつぶやき」のアクセス数が、過去最高の「1948」アクセスに達していました!(゚Д゚;)(゚Д゚;)(゚Д゚;)  アクセスして頂いた皆様方、誠に有難うございます!!m(_ _)m

 今までの最高が「1273」アクセスだったから、今回それより「675」アクセス上積みしたことになります。しかも“幻の「1300」アクセス”も遥かに超えました。カミングアウトしますと、ここ最近いろいろあってブログなんて書く気力も失せていたもんで……たまたま久々に当ブログを開いたらたまたまその日が今回で……慌ててその“証拠”だけを「PrtScn」して、今改めてこの日のブログを書いている次第です(3日以降滞っていましたヾ(- -;))。

 

 ところで今回、全体のアクセス数と共に、とあるブログ記事が信じられないくらいのアクセスを戴いていました。それは「『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』~「昭和」の大罪と“リアル”平和学習と~」という、一昨年12月末に書いた記事でした。この記事だけで8日は「1662」アクセスも戴いていました。

 

 

 

 このブログ記事は、最近非常に多くアクセスを戴いている記事で、それまで当方の記事で圧倒的アクセス数を誇る「頑張る『鹿沼えり』」や「深川通り魔殺人事件 昭和56年初夏 この恐るべき惨劇はなぜ…』、そして数多の「ヒロインとアイテム」記事に匹敵するくらい読んでいただいていますが、流石にこの日の「1662」アクセスは異常ともいえる結果でした。その理由として推察されるのが、この日の金曜ロードショーで『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が放映されたことが起因ではないかということです。確かに過去にもCSで『深夜食道』の「再び赤いウインアー」が放映されるたびに当方の記事「深夜食堂『再び赤いウインナー』に感涙!」に多くのアクセスを戴いていたりします。「『あの花が~』」にしても「『再び赤いウインナー』」にしても、内容的には自分なりにしっかり描いたつもりですし、「『あの花が~』」に関しては「平和教育」的要素を加えていて、少しでも多くの人に読んでいただきたいないようだったので、この結果を嬉しく思っています(;^_^A

 

 

 

 実は翌9日にも、当ブログのアクセス数は「1692」にも及び、2日で“ワンツゥフィニッシュ”を更新しました。共に第一位は「『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』~「昭和」の大罪と“リアル”平和学習と~」。ほぼこの記事でアクセス数を稼いでいました(「1358」アクセス)。

 

 他の人気ブロガーの方から見れは「四桁になったくらいで何を喜んでる?」なんて誹りを受けるかもしれませんが、私にとっては一大事!(;^_^A  いすれにしても純粋にうれしいし、今後の励みにもなります。ここ最近酷く落ち込むことが多かったので、いい意味で気分一新、また当ブログを続けていきたいですね(^^)

 

 

 

お酒に合うお気に入りのおつまみ教えて!

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 去る8月6日、遠征先の横浜スタジアムながら、この日に「広島」東洋カープが「長崎」日大卒の大瀬良大地(長崎出身)の久々の粘投によって勝利した。今年も7月から“歴史は再び”な記録的連敗を繰り返してきたカープにとっては貴重な勝利。それも広島原爆の日に、上述のように“長崎っ子”の大瀬良が勝利を招き入れた、と言う事実は実に象徴的だ。

 

 

 そして今日は、その長崎が現時点で「人類最後に原爆が投下された」、これまた80年目の「長崎原爆の日」である。広島型原爆「リトルボーイ」がウラニウム爆弾だったのに対し、長崎に投下された「ファットマン」はプルトニウム爆弾。このことからもアメリカが、多くの日本住民を犠牲にした壮大なる実験をこの国土で実施したことは紛うことない“事実”だ。ましてや当日の“第二目標”だったにせよ、選りによってアメリカ国民の大多数が信仰しているであろうキリスト教が日本で一番流布している長崎に投下するなんて……「神も仏もない」ってのはこのことを言うんだろうな……

 

 人類最初に原爆が投下された広島は「平和“記念”公園」の名が示すように、今となっては“メモリアル”に過ぎない(なぜ長崎や沖縄のように「平和“祈念”公園」にしないのか!)が、長崎のいう「ナガサキを人類最後の被爆地にする」という理念は、まさに“祈念”であり、且つ尊い。

 

 件の8月6日8時15分に黙祷を捧げてくれた大瀬良投手は、当然今日8月9日11時2分にも同様に黙祷を捧げたことだろう。試合の方はお馴染みの「森下見殺し」の完封負けという”通常運行”だったが(# ゚Д゚)、次に彼が登板する13日の「ピースナイター」では、順位は抜きにしてでも是非勝利してほしい。もっとも相手は阪神。そのハードルはとてつもなく高い………

 

 

 

 

今一番ハグしたい人は?

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 ヒロイン活劇の“極北ともいえるダークヒロイン。そんなダークヒロインがアサシンとして暗躍するハードボイルド映画、それも昭和感満載の作品といえば、何といっても大映作品『女殺し屋 牝犬』(1969)だ。最近『キイハンター』のDVDを観て、若かりし頃の野際陽子の小悪魔的美貌・魅力を改めて実感しているが、本作の江波杏子もひけをとらない。映画女優の風格と共に、着物・黒コート・ビキニとシチュエーションごとに様々な衣装で登場する妙やスレンダーに見えて肉感的なボディ、そして「クールビューティ」を絵に書いたような美貌と演技は、令和の世にあっても全く色褪せていない。

 

 

 

 劇中、江波京子演じる女殺し屋・福沢香代は、依頼された殺しを完遂するも依頼人に裏切られて危うく命を奪われそうになる。九死に一生を得た香代は復讐心に燃え、途中依頼者から仕向けられる刺客を返り討ちにしながら依頼者を始末するも、その上に本当の黒幕がいることを突き止め最後の復讐に向かう。

 

 香代は依頼されたターゲットを殺すか、裏切った相手に復讐する、という極めて単純な動機で行動する。そこには「怒り」以外の個人的感情、つまり「葛藤」はない。強いて言えば高橋昌也演じる依頼者・安部のパトロンが彼女の親友の赤池美加(赤座美代子)で、しかも暗殺の現場にいたことから一瞬躊躇するくらいか。そこら辺の分かりやすさもヒロイン活劇に私が求めるもので実に清々しいのだが、昨今の世の識者たちは「主人公の葛藤と、それを乗り越える成長の物語」を求めがちだから、こういうタイプの作品は意外と受け入れられないかもしれない。

 

 ただし、自分の身内や恋人の命を狙わなければならないのならば話は別だが、無関係なターゲットにまで思いを馳せてしまうのはどうかと思う。勿論、そういう人間味もあるアサシンに適したストーリーも存在するだろうが、もし自分がこの手のダークヒロインを取るならば、絶対暗殺に関しては非情に徹した筋立てにしたいと思う。

 

 まあ、今までの“半分ギャグ”の「ヒロイン映画」を撮ってきた自分に、「そんな非情なハードボイルドが撮れるのか?」と訝る方もいらっしゃると思うが、今までの作品世界とは裏腹に、私は結構“ダーク”な人間なんで(^-^;(^-^;

 

 

 

 

 

好きなチャーハンの具材は?

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 ふと思う所があって(なんて書き出しばっかり(;^_^A)、母校のwikiを検索してみた。そんな中、ホント思いがけない事実が判明した!

 

 wikiの学校紹介の中には著名な卒業生のコーナーがある。ウチの場合は、その殆どがスポーツ選手だったりするが、中には芸能人の項目もある。その中に「山下雄三」なる人名見つけて、そのままリンク先の人物紹介まで検索して、そこでアッと驚いた!

 

 かの「山下雄三」氏は歌手で「荒野の果て」を歌ったその人だったのである! 「荒野の果て」っていえば、かの「必殺シリーズ」第一作『必殺仕掛人』の主題歌ではないか!(゚Д゚;)  そのインストルメンタルは後のシリーズのクライマックス(要は悪党を完膚なきまでに処刑する、胸がスカッとするシーン)でも流れ、まさに「必殺シリーズ」を象徴する曲である。勿論私もこの曲は承知どころか大好きで、「歌謡ポップスチャンネル」で流れようものなら思わず口ずさんでしまう程の曲だ。それを我が母校の10歳上の先輩が歌唱していたなんて……知らなかった!(;^_^A

 かなりの男前な(そして昭和のテイストを醸し出す雰囲気の)山下雄三“先輩”。ちなみにこの芸名は、「必殺シリーズ」の作曲を手掛けた平尾昌晃氏(「カナダからの手紙」♪)による命名らしい(^^) いい話だ(;^_^A


 ちなみに『必殺仕掛人』が放映されていた当時、私はまだ小学生。よもや今の母校に進学するなんて夢にも思っていなかった。我が母校には、東宝特撮『世界大戦争』『連合艦隊』の松林宗恵監督や、『秘密戦隊ゴレンジャー』の二代目キレンジャー・だるま二郎氏も卒業生として名を連ねていて、生粋の日本特撮ファンとしては「ウチには“特撮枠”もあるんか?」なんて狂喜したものだが、私にとって大切な「必殺シリーズ」のそれも『必殺仕掛人』のあの超有名な主題歌を歌った方までいらっしゃったなんて……感無量である。何も知らずに口ずさんでいた自分が恥ずかしい(^-^;(^-^;

この歌、“普通人”の家内も知ってたよ(^-^;

 

 ホント、この歳になっても新たな発見ばかりである(;^_^A

 

 

 

 

 

バナナの保存は冷蔵派?常温派?

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