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PBX5 Bldg.

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乗車した特急車両は、「12256」という車番でした。
近鉄特急は、1970年代に「ビスタカー」に乗車して以来でした。


車内の様子です。間接照明と、窓際にも照明があってかなり明るかったです。
また、カーテンは横引きのものでしたが、重なるところ(写真右)のカーテンレールが互いに曲げて重なり合っていました。
これだと、カーテンが重なるので光が漏れることがありません。家(建築)のカーテンレールにも、採用したいアイデアと感じました。


テーブルは、肘掛けの蓋を開けて引き上げて、出して開くタイプでした。以前乗車しました、小田急のEXEと似ていました。


天井部分には、このような空調のスイッチがありました。「切・送風・弱・強・自動」となっています。昔、国鉄時代の特急?で似たようなスイッチがエアコンごとに付いていましたが、ボタンは3つ位だったような気がします。この場合、強と自動が押し込まれていますので、強風?の自動運転なのでしょうか。外はかなりの暑さでしたが、車内は暑くなく寒くなく快適でした。


私が乗車したのは4号車で、運転台同士が連結されていて、行き来ができるようになっていました。ドア面の行き先表示器は「賢島」となっていますが、側面の表示器は「鳥羽」でした。


運転台です。青いハンドセット(受話器)が独特な形状なのが印象的でした。
今朝、テレビで山梨県の「富士急ハイランド」で、ジェットコースター「ド・ドドンパ」が車輪のパンク?してループ途中で停止、逆走するトラブルがあったと報じていました。

富士急ハイランドは、1980年代、2回ほど行った思い出があります。


プリント写真を撮影したので、本記事の画像は不鮮明なのですが、これは1983年の夏、観覧車にあった看板?です。現在は富士山に"Q"と書かれた新ロゴです。


当時、一番人気?だったジェットコースターです。「ムーンサルト・スクランブル」というコースターでした。小雨の中、30分ほど並んで乗ってみました。


2回ループでしかもひねりが加わるもので、身体が押しつぶされそうな恐怖を感じました。現在の「絶叫マシン」と呼ばれる乗り物でした。
もの凄い金属音と、ゴムの臭いでコースターはプラットフォームに停止して降りましたが、しばらくまともに歩けないほど、私にとっては強烈な体験でした。


園内にはプール(子供用)もあり、入り口には顔のオブジェ(写真右側)もありました。このオブジェ、初めて見たときはちょっと怖かったです。


1989年に再訪した際の園内案内板です。この時、「ムーンサルト・スクランブル」に再度乗りました。前回の教訓?を生かし、頭をしっかりヘッドレストに押しつけていましたので、降りた後のふらつきも少なかったのですが、やはりもの凄い重力でした。

これ以降、富士急ハイランドには行く機会がなく、その後登場した乗り物は経験がないのですが、今回の「ド・ドドンパ」は加速がもの凄いということです。ワクワク、ドキドキするアトラクション。安全第一に、子供から大人まで楽しめる乗り物であってほしいと、昔の写真を眺めながら思いました。
朝食を済ませ、宿を出て近鉄・名古屋駅へ向かいました。反対側にあるため、かなり歩きました。


切符売り場と改札口です。正面の柱と梁のデザインがすてきでした。
天井には照明が並んでいますが、その周りには穴があいています。一部は板で塞がれていました。空調の吹き出し口か、昔のビルにあったような外光取り入れガラスレンズだったのかもしれません。


ホームへ向かう通路です。天井には、かつてデパートなどで見かけた「アネモ」という空調機材があって、懐かしくなりました。


10:10発の特急に乗車しました。