プライドの高さが邪魔をする | 介護の誤解

介護の誤解

いま苦しんでおられる介護者のために

このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです

思いつくままに書いており時系列順ではありません

あらかじめご了承ください

 

何でもかでも

ブランドを重視する親族

 

 

 

手土産ひとつとっても

歴史のある菓子屋の包装紙

拘ります

 

 

 

「たまたま

美味しそうなお菓子を

見つけたから・・・」

という訳にはいかないようです

 

 

 

夏季休暇を利用した旅行にしても

 

旅先に

それなりのブランドがなければ

なりません

 

 

 

「渋温泉の金具屋に泊まって

温泉を満喫してきた」

 

間違っても

「リーズナブルなビジネスホテルに

泊まった」などと

口に出すことはありません

 

 

 

そんな親族にとって

介護者は

実に惨めな役割に映るようです

 

 

 

親の世話に終始し

自分の時間さえ

持つことが許されない

 

 

 

少なくとも

仕事に忙しい

エリート階級に

相応しい役目ではない

 

 

 

はなから

毛嫌いしていたようです

 

 

 

「介護者など

会社員を卒業して

やることがない者が

引き受ければよい

 

そう言いたげでした

 

 

介護には

ブランドがないからでしょう

 

あるとすれば

「親を月50万円の

老人ホームに入れてあげた」

 

あるいは

「温泉付き施設に

入居させた」

 

とても

「老健に入ってもらった」などと

惨めったらしくて言えない

 

 

どこか

「自分がない」と思いませんか

 

 

 

そうです

ブランドに頼る人は

自分で判断することが

苦手なのです

 

言ってみれば思考停止

 

 

 

つまり

「親には

どのような介護が望ましいのか」

 

そういった基本的なことも

考えられない

 

 

 

実際のところは実に単純です

 

親の

今の状況に相応しい

介護をすればよいだけ

 

 

そのためには

QOLなど

詳しく知っていなければ

なりません

 

 

 

温泉付きかどうかなど

言ってみれば

どうでもよいことなのです

 

 

 

介護の一歩を踏み出そうにも

プライドが邪魔して

躊躇してしまうのです

 

 

 

挙句の果てに

介護から遠ざかったことを

介護者のせいにします

 

「あの人が

私をないがしろにした」

 

「私の意見など

聴こうともしなかった」

 

後づけでは

何とでも言うことはできます

 

 

放っておきましょう

 

そのうちに

自滅しますから