社会的孤立で近づく介護 | 介護の誤解

介護の誤解

いま苦しんでおられる介護者のために

このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです。

思いつくままに書いており時系列順ではありません。

あらかじめご了承ください。

 

定年になった。

 

朝起きて

「今日は何をしようか?」

考えているうちに

午前が終わってしまいます。

 

 

 

テレビニュースを観ながら昼食。

 

食事が終わっても

テレビはそのまま流れます。

 

 

夕食の食材を買いに

近場のスーパーに出かけ

帰宅したら食事。

 

もちろん外は真っ暗。

 

 

 

テレビの支配下になって

一日が終了。

 

本人は自由のつもり

 

 

 

ただ

配偶者にとっては

鬱陶しい存在

常に視界に入っています。

 

 

 

毎日三度

食事を用意しなければならない。

 

定年までは

二度でよかったし

朝から夜までは自分の時間

 

 

 

家でテレビを観るか

寝ていても

許された自由な時間。

 

 

 

昼食など

昨日の残り物でよかったのが

急に重労働を強いられ

堪えられなくなった。

 

 

義父と義母の関係は

ざっと

このようなものだったのでしょう。

 

 

 

義父には

会社という居り場があって

それなりに時間が過ぎる。

 

 

 

義母は

社会的に孤立していたと

思われます。

 

ただ苦痛ではない。

 

それを「自由」と考えたようです。

 

 

そして

義父の定年とともに

「自由」はなくなりました。

 

 

 

定年で

義父も社会的に孤立

 

 

 

人間とは

何かで時間をつぶさなければ

生きていけない動物です。

 

その点

時間つぶしに

テレビはうってつけ

 

 

 

しかし

義母にとって

義父は異分子的存在

 

 

 

しだいに

ギクシャクし出して

喧嘩が始まり

義母は

「暴言を吐かれた

暴力を振るわれた」

 

ふれまわったことで

さわぎは大きくなって

義父は精神病院送り

 

 

 

きっかけは

認知症の投薬ミス。

 

処方したのは外科医でした。

 

 

 

そもそも

社会的孤立が

根本的な問題だったのでしょう。

 

 

 

他人と会う時間。

 

そして

他人と共同でする作業

 

 

 

何か

あるいは

誰かの役に立っていれば

社会的に

孤立することはありません

 

 

 

漠然とした話ですが

活動場所は

探せばいくらでもある。

 

 

ただ

本人には見えていないのです。

 

そこから

支援すべきだったと

今は

思っています。