ドンズーは現代でも生きている。
$かつて日本は美しかった


 明治38年(1905年)6月、ベトナムの独立運動家、潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)が来日しました。ベトナムはフランスの植民地支配下にあり、日露戦争でロシアを破った日本に学べ!と東遊(ドンズー)運動を展開し、ベトナムから多くの留学生を来日させ、学ばせました。東遊運動は犬養毅、大隈重信、といった大物政治家が支援しました。

 明治40年(1907年)、王族のクォン・デ侯(彊柢 畿外侯)と潘佩珠は「ベトナム公憲会」を結成し、経済、規律、交際、文書の4つの部が設けられ、在日ベトナム人学生は「公憲会」の下で団結し、整然と生活しました。

 ベトナム人留学生に多大な支援をした人に浅羽佐喜太郎という医師がいます。彼は留学生の面倒を見て、しばしば留学生に講義もしました。

「反仏、独立運動が戦争に激化した場合はどちらが有利か。答えは簡明である。結論からいうとベトナムが勝つことは自明の理である。炎天下に生まれ育ったベトナム人が寒冷地の侵略軍に負ける訳がない。すなわち天の利である。また、いかなる困難に立ち向かっても、戦う決心と忍耐力があれば負ける訳がない。これすなわち地の利である」「この二つの天地の利の教えは、日露戦争における日本勝利の原動力であった」

 こうした東遊運動をフランスが見逃すはずはありません。トラップをかけて留学生をベトナムに呼び寄せ逮捕し、日本での実情を探りはじめました。明治41年(1907年)になるとフランスは強硬に学生の解散とクォン・デ侯および潘佩珠の引き渡しを要求してきました。桂太郎内閣は学生の解散は受け入れましたが、クォン・デ侯および潘佩珠の引き渡しは拒否しました。学生らは帰国しますが、支那人のふりをしてひそかに日本に残った学生もおり、東京帝国大学、早稲田大学を卒業したものもいます。

 明治41年(1909年)、ついに日本政府からクォン・デ侯および潘佩珠の国外退去勧告が出ました。日本政府は両名の引き渡しはできないが、退去勧告という形で譲歩したのです。クォン・デ侯は上海に向かいました。そのとき次のように述べました。

「日本政府が国交上の必要により、私に退去を促すのはやむを得ない。日本官吏の健康を祈っている」

 潘佩珠も日本を去り、タイ、上海、香港などで活動しました。そして日本を去って約10年後の大正7年(1918年)にひそかに来日し、ひそかに残留している同志との情報交換、犬養毅らの恩人に面会し、情報を集めました。恩人の浅羽佐喜太郎は既に亡き人になっており、潘佩珠は浅羽の故郷である浅羽村(現、袋井市)に浅羽の報恩の記念碑を建てました。このとき、お金が足りなかったところ、村の人たちが感動し、多くの村人が運搬作業や碑石の据え付け作業を行い、完成させました。

 大正15年(1925年)5月、潘佩珠は上海でフランス官憲に逮捕されました。そしてハノイの軍事法廷で終身刑を言い渡されました。ベトナムの民衆から判決に抗議する声が広まり、恩赦となりました。しかし、潘佩珠はフエで軟禁生活となり、フランスの秘密警察に監視され、フエから出ることはできませんでした。
 第二次世界大戦が勃発し、日本軍は昭和15年(1940年)にベトナムへ進駐しました。この1ヶ月後、潘佩珠は静かに息を引き取りました。しかし、潘佩珠とクォン・デ侯が上海で結成した「光復会」は大川周明や松井石根将軍の支援によって「越南復国同盟会」として再建され、独立運動を展開します。そして潘佩珠の意志を受け継いだ「越南復国同盟会」は昭和20年、日本軍の「明号作戦」によって悲願の瞬間を目の当たりにすることになります。

 第二次世界大戦後、長きにわたりベトナムはフランス、アメリカと戦い続けました。そうした中でも東遊は生き続け、サイゴン(ホーチミン)にある「ドンズー日本語学校」の校長ホエ博士(平成13年当時)は東遊(ドンズー)の由来を次のように述べています。

「二十世紀初頭から現在まで、この言葉”ドンズー”は多くのベトナム人に引き継がれてきたのです。ベトナム人はこの言葉に、国の一番大切な精神を感じて生きているのです。つまり、”日本に学べ!”の精神を私達は歴史的に継承し、その精神を活かし、発展、拡大させているのです。だから、ここベトナムではどんな人でもこの言葉の本当の意味を知っているのです。それはベトナム人のアイデンティティーであるといってもいいでしょう」

 潘佩珠の精神は引き継がれ、現代にも生きていたのでした。



参考文献
 明成社「日越ドンズーの華」田中孜(著)
 中公新書「物語 ヴェトナムの歴史」小倉貞男(著)
 ウェッジ「特務機関長 許斐氏利」牧久(著)

添付画像
 ハノイの市街 第三十七師団戦記出版会「夕日は赤しメナム河」藤田豊(著)より

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