娘と二人、スコットランドはエディンバラへのプチ旅行。
今回は、「運命の石」はチャールズ3世の戴冠式の椅子の下に。 | アールグレイを毎日。 (ameblo.jp)
に関連して、もうひとつ♪
エディンバラ城に保管されている「The Stone of Destiny(運命の石)」を見に行ったときに、
スコットランドで確認したかったことのひとつを見ることができました
「The Stone of Destiny(運命の石)」は、エディンバラ城内のロイヤル・パレスという建物に保管されています。
この建物の入口の上の方を見ると、エリザベス女王のロイヤル・サイファ―がゴールドのプレートに埋め込まれています。
拡大すると
よく見ると、クラウン(王冠)の下にERと書いてあります。
年号が1993年なので、これは昨年崩御したエリザベス女王のことだとわかります。
でも、故エリザベス女王のロイヤル・サイファ―は正確には「EⅡR」です。
切手や郵便ポストなどでもよく見かける女王エリザベス2世を表す「EⅡR」は、
E=Elizabeth
Ⅱ=2世
R=Regina(女王)
の略です。
郵便ポストのロイヤル・サイファ―
でも、このサイファーにはⅡがありません。
Ⅱがないということは、2世のエリザベス女王ではないということになります。
「運命の石」はチャールズ3世の戴冠式の椅子の下に。 | アールグレイを毎日。 (ameblo.jp)
の記事で、スコットランド王ジェームス6世はイングランドではジェームス1世だと書きましたが、イングランド女王エリザベス2世はスコットランドではエリザベスになるのです。
(ちなみに、イギリス=イングランド+スコットランド+ウェールズ+北アイルランド)
なぜなら、エリザベス1世まではイングランドとスコットランドはそれぞれ独立した国で、エリザベス1世はイングランドの女王であり、スコットランドの女王ではありませんでした。
スコットランドにはスコットランド女王メアリー(メアリー クィーン・オブ・スコッツ)がいました。
スコットランド女王メアリー(メアリー クィーン・オブ・スコッツ)
Wiki Commonsより
しかし、エリザベス1世は結婚を拒み、世継ぎがいなかったため、死に際し、血縁であるスコットランド王室のジェームス6世(故女王メアリーの息子)をイングランドの次期王位継承者に指名したのです。
エリザベス1世 Wiki Commonsより
ジェームス6世(1世) Wiki Commonsより
だから、スコットランド側からすると、エリザベス1世は自国の歴代(女)王には含まれていません。
昨年崩御したエリザベス2世が、スコットランドにおいては初代のエリザベス女王なのです。
だからこのロイヤル・パレスのプレートのロイヤル・サイファ―にはⅡが入っていないのです。
昨年、女王エリザベス2世はスコットランドのバルモラル城にて崩御されました。
棺がバルモラル城からロンドンに移送されましたが、テレビ中継を注意深く見ていると、スコットランドで移送されている間は、王室旗はスコットランド王室のものが使用されていました。
そして、女王の呼び名は、スコットランド側では Queen Elizabeth 、イングランド側では Queen Elizabeth the 2nd となっていました。
イギリスの王室の歴史は実に面白いです。
実は、ジェームス6世(1世)の母、女王メアリー(メアリー クィーン・オブ・スコッツ)はジェームス6世を自分の跡継ぎ(王位継承者)に指名したエリザベス1世によって処刑されています。
このあたりのお話は、とてもドラマチックで「エリザベス ~ザ・ゴールデン・エイジ」や「メアリー クィーン・オブ・スコッツ」などで映画化されています。
機会があれば、ご覧になってみてください。 面白いです
そのメアリー クィーン・オブ・スコッツが一時期住んでいたホリールード・パレスも今回訪れたので、次回ポストしようかなと思ってます
良かったら(ご興味があれば)、そちらも併せて読んでみてください
イギリスの王室に興味のある皆さまへ
アールグレイを毎日🫖Blog | Royal History, Historic Site Walking, Life in Britain (chrysan-the.uk)でイギリスの実はとーっても面白い歴史を楽しく、分かりやすく書いた記事をポストしてます!
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