レッスンをしていると、俳優からよくこんな質問が出ます。

 

「このセリフ、どう言えばいいですか?」

「ここは、もっと悲しくした方がいいですか?」

「この人物は、怒っているんですよね?」

 

どれも、とても自然な疑問です。

 

 

台本を読んで、人物の気持ちを考えて、
「この場面では、どう演じればいいんだろう?」と悩む。

 

俳優なら、一度は経験したことがあると思います。

 

 

 

でも、この

 

「どう演じればいい?」

 

という問いが、実は俳優を不自由にしてしまうことがあります。

 

 

なぜなら、「どう」という言葉には、

  • どんな声で言うか
  • どんな表情をするか
  • どんなテンションにするか
  • どんな感情を出すか

といった、演技の“見え方” が入り込みやすいからです。

 

 

すると俳優は、相手を見るより先に、

 

「今の言い方で合ってるかな」

「もっと悲しそうに見せた方がいいかな」

「ちゃんと怒れてるかな」

 

と、自分の演技を外からチェックし始めます。

 

 

これ、かなり苦しいんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悲しく言う」は、何をしていることなんだろう?

 

 

たとえば、こんなセリフがあったとします。

 

 

「もう帰って。」

 

 

さて。

 

これを、

「悲しく言ってください」

と言われたら、どうでしょう。

 

 

声を少し小さくするかもしれない。
目を伏せるかもしれない。
息を震わせるかもしれない。

 

 

でも、それは全部、

“悲しく見せるための工夫”

ですよね。

 

 

では、俳優はこの瞬間、相手に何をしているのでしょう。

 

 

本当は、「これ以上傷つきたくないから、相手を遠ざけたい」のかもしれない。

 

「本当は残ってほしい。でも、それを言えないから追い返す」のかもしれない。

 

あるいは、「相手を守るために、ここから離れさせたい」のかもしれない。

 

 

同じ

「もう帰って。」

でも、俳優が相手にしていることは、まったく違います。

 

ここが面白いところです。

 

 

 

 

感情より先に、「何をしているか」を考えてみる

 

 

演技をするとき、

「どんな気持ちなのか」

を考えることは、もちろん大切です。

 

でも、そこで止まらずに、

「その気持ちを抱えたまま、相手に何をしているのか」

まで考えてみる。

 

 

たとえば、

  • 引き止める
  • 追い払う
  • 説得する
  • 安心させる
  • 挑発する
  • 許してもらう
  • 隠す
  • 奪う
  • 守る
  • 近づく

こういうものです。

 

 

スタニスラフスキー・システムの中でも、
俳優が「何をしているのか」を具体的にしていく考え方は、とても重要です。

 

言葉だけではなく、

相手に働きかける行動

を見つけていく。

 

すると、演技が少し変わってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやるか」を決めすぎなくてよくなる

 

 

たとえば、

「相手を安心させる」

と決めたとします。

 

 

ここで大事なのは、

「安心させるなら、優しい声で言わなきゃ」

と決めないことです。

 

 

相手がひどく取り乱していたら、
強い口調で止めるかもしれない。

 

冗談を言うかもしれない。

何も言わず、そばに座るかもしれない。

 

あえて明るく振る舞うかもしれない。

 

 

つまり、

相手に何をしたいのかは明確にしておく。
でも、それをどうやるかまでは決めすぎない。

 

 

そして、ここに相手が入ってきます。

 

相手が笑ったら?

無視したら?

怒ったら?

泣いたら?

 

こちらの「安心させる」という目的は同じでも、
やり方はその瞬間ごとに変わる。

 

だから、演技が生き始めます。

 

 

 

 

自由とは、「何も決めないこと」ではない

 

 

俳優にとって「自由に演じる」という言葉は、とても魅力的です。

 

でも、

何も決めずに、その場で好きにやること

が自由なのかというと、僕はそうは思いません。

 

 

何も手がかりがなければ、俳優は逆に不安になります。

 

「何をすればいいんだろう?」

と迷ってしまう。

 

迷うと、また自分の演技をチェックし始める。

 

 

だから、俳優が自由になるためには、

何をすべきかが、明確であること

が必要なんです。

 

 

 

 

たとえば、即興でも同じです

 

 

簡単な例で試してみましょう。

 

 

二人で向き合います。

 

Aは、

「相手に椅子から立ってもらう」

ことを目標にする。

 

Bは、

「絶対に椅子から立たない」

ことを目標にする。

 

 

これだけ。

 

 

「怒ってください」
「悲しんでください」
「面白くしてください」

とは言いません。

 

何をするかだけ決めます。

 

 

 

 

 

 

するとAは、

 

お願いするかもしれない。

命令するかもしれない。

褒めるかもしれない。

脅すかもしれない。

笑わせるかもしれない。

 

 

Bも、

 

無視するかもしれない。

言い訳するかもしれない。

逆にAを座らせようとするかもしれない。

 

 

やり方は、いくらでも変わります。

 

 

でも二人とも、

自分が何をしようとしているのか

は分かっている。

 

この状態になると、俳優はかなり遊べます。

 

 

 

 

台本でも、同じことが起こる

 

 

台本には、もちろんセリフがあります。

だから即興よりも条件は多い。

 

でも基本は同じです。

 

 

俳優が、「このセリフをどう言うか」ではなく、

「このセリフを使って、相手に何をするのか」

を考える。

 

 

すると、セリフが「言うべき文章」ではなく、

相手に働きかけるための道具

になっていきます。

 

 

同じ一言でも、

相手の反応によって、言い方が変わる。

 

間も変わる。

呼吸も変わる。

 

身体も変わる。

感情も変わる。

 

 

でも、それを全部、

俳優が事前に作っておく必要はありません。

 

 

 

 

何をするかは明確に。どうやるかは、その瞬間に任せる。

 

 

演技を複雑に考えすぎてしまった時、
僕はよく、ここまで戻ります。

 

今、この人は相手に何をしているんだろう。

それが見つかると、かなり整理されます。

 

 

そして、やることが分かれば、

その瞬間に相手から何が返ってくるかを受け取れる。

自分の身体がどう反応するかも、許せる。

 

少しずつ、

「ちゃんと演じなきゃ」

から離れていけます。

 

 

俳優の自由は、

何も決めないところにあるのではなく、

 

必要なことだけを明確にして、
それ以外を手放せるところにある。

 

僕は、そう考えています。

 

 

 

 

 

 

何をするかは、明確に。
どうやるかは、その瞬間に任せる。

 

 

そのくらいシンプルでも、
演技は十分に複雑で、人間らしいものになっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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