人はいくつになっても「恋」をするといいます。
そりゃそうでしょう。
「恋」の定義は人によってさまざま。
プラトニックな恋もあれば、燃えるような恋もある。
私は学生時代に4年ほどお付き合いをした女性がいます。
その人は、1つ年上でした。
地方から東京にでてきて、教養課程のクラスで知り合った
人でした。
性格も明るく、誰にでも親切にするような人でした。
お付き合いを始めて3年ほどたったとき、彼女の実家に
遊びに行ったことがあります。
彼女のおうちは、世間でいうエリート一家でした。
お父さんは超有名企業の役員さん。
お母さんは大学病院勤務。
妹は、有名メーカーに勤務していました。
その日は夜ご飯をご馳走になり、自分だけホテルに。
後日、2人で今後の話をしたことがあります。
彼女は、悲しそうな声でこう言いました。
「お母さんが、私たちの将来に不安を感じているみたい」
「なんで?」
「・・・・。あなたの身体のこと。」
「(・・・・ またか)」
私は生後まもなく「水腎症」という病気で左の腎臓を全摘
しています。
今も身体には左右のわき腹、膀胱に30針近い大きな傷跡
があります。
小学校時代、水泳の時間にはよく好奇の目で見られ、
ブラックジャックというあだ名をつけられたこともありました。
本人としては、根あかな性格も手伝いさほど気にして
いなかったのですが、時には心が折れることもありました。
この傷跡とは一生付き合わなくてはいけません。
でも、このおかげで九死に一生を得たわけです。
両親の心配と負担も想像を絶するものだったはずです。
しかし、世間の人の中にはこの病気が遺伝するのでは?
ということで結婚相手として嫌がる人もいるのです。
これはもう仕方ない。
今はそう思えますが、当時は私なりに傷つきました。
縁がなかったといえばそれまでですが、彼女は娘を愛する
あまりに「あらゆる可能性」を排除する両親におびえていた
のかもしれません。
そういう意味では彼女も不幸です。
人に恋をするということは、その人のいろんな面を知り、
理解し、共感することがあるはずです。
でも、私たちも人間であり、それぞれ異なる環境で成長
しているので理解できないこともあって当然でしょう。
思いやりをもって、寛容な気持ちで相手を受け入れる。
言うは易く・・・ですが、そんな志をもっていれば素敵な
恋愛ができるのではないでしょうか?
ミャンマーの震災では数千人の幼児が絶命したといいます。
この子達だって、将来すてき恋愛をして親になっていたかも
しれません。
少なくともその権利はあったはずです。
時に神は残酷なことをします。
四川の救援活動も救助活動→医療援助に転換される
ようです。
72時間を過ぎた中での活動開始には賛否両論あるよう
ですが、傍観者は何とでもいえます。行動を起こした60名
の救援隊の方の行動には敬意を表したいと思います。
それぞれに召された命の冥福を祈ります。