今から47年も前、1977年に、アメリカで『Heroes』という映画が制作された。
翌年1978年の春に日本でも『幸福の旅路』というタイトルで公開されたこの映画は、戦争批判をテーマにした異色のラブストーリーである。
あいにく、私はこの映画を観ていない。
洋画専門の映画雑誌『スクリーン』の記事でこの映画のことを知ってはいたものの、いつどこの映画館で上映されたのか、そもそも新潟市内で上映されていたかどうかも分らないのである。
だが、1980年代に入ってから、たまたまとある書店でこの映画のノベライズ本を見つけ、その場で買い求め、それを読んだおかげで、ストーリーを知ることはできた。
自ら志願して軍に入隊し、ベトナムの戦場で心的外傷を負ってしまった青年が、帰国後もなかなか社会に復帰できず、ニューヨークの精神病院で治療を受けていたが、あるとき病院を抜け出し、かつての戦友を訪ねる旅に出る。
【映画『幸福の旅路』のノベライズ本】
(ジェームス・カラバトス:著、今村公彦:訳、1978年、二見書房)
この1月1日に起きた地震で我が家の本棚が倒れ、収納してあったたくさんの本が散乱したおかげで、数十年ぶりにこの本と再会した。
久しぶりにところどころ読み返してみて、だいぶ忘れていたストーリーを思い出すことができた。
初めて読んだときに印象的だったのは、ようやく復員兵病院の精神科を退院した主人公のジャック・ダン(ヘンリー・ウィンクラー)が、ニューヨーク市内にある志願兵募集所で、4人の少年が大男の軍曹からスカウトされそうになっているのを見て、それを邪魔するくだりである。
ジャックは少年たちにこんなことを言って、軍に入るのを思いとどまらせようとする。
「おまえたち、戦争ごっこを買いにきたんなら、おれがほんとうのものを一つくれてやってもいいんだぜ。あのベトナムでどうだったか知りたいかい?」
たちまち軍曹と大喧嘩になったジャックは、ぶっ飛ばされて路上に倒れこんだところを駆けつけた警官によって連行され、元の病院に再入院させられてしまった。
なんと、再入院はこれで4回目なのだそうだ。
だがジャックは病院を脱走すると、カリフォルニア州ユーレカ行きの大陸横断バスに乗り込むべく、その停留所に向かう。
その停留所で、キャロル・ベル(サリー・フィールド)という女性と運命的な出会いをするのである。
(参考画像)
【ニューヨークを出発するグレイハウンドバス】
(フリー画像:アダム・E・モレイラ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
(この画像は2008年に撮影されたもので、この映画に登場するバスと同一ではありません。)
ジャックは、ベトナムの戦地で出会った3人の戦友たちと、除隊したら一緒にミミズの養殖場を経営しようと約束していた。
3人の戦友は、それぞれ別々の州に暮らしており、この大陸横断バスはそれらの州を通っていくのだ。彼らに会うのが、ジャックの旅の目的だった。
一方、キャロルは、最近ある男性からプロポーズされていたが、その男性を恋愛の対象とは見ていなかったのだろう、そのプロポーズを受け入れるべきかどうか気持ちを整理する必要があった。
それで、ふと旅に出てみようと思い立ち、大陸横断バスの乗り場にやって来た。そこで出会ったジャックに、強引に「連れ」ということにされてしまう。
何せジャックは病院を脱走してきているので、警官に連れ戻されないよう、誰かの「連れ」に成りすます必要があったのだ。キャロルにとっては迷惑なことだったが‥‥。
そんなふうにして出会った二人だったが、やがて互いに惹かれ合っていく、というのがこの物語の大筋である。
ジャックが最初に再会する戦友、ミズーリ州でウサギの農場を経営しているケン・ボイド(なんと、ハリソン・フォードが演じている!)は、もうすでに別の人生を歩みだしており、ミミズの養殖には乗り気ではなかった。
あとの二人、アリゾナ州に住んでいるはずのアドコックスは、さんざん妻にDVをやらかした末に家を出て行って行方知れずになっていた。
カリフォルニア州ユーレカのモンローは、そもそも戦場で戦死していた。ジャックは戦場で彼がロケット弾で吹っ飛ばされるのを見ていた。しかし、その事実を受け入れられずに現実逃避し、彼がまだ生きていると思い込もうとしていたのだった。
結局、戦友たちとミミズの養殖場を経営するというジャックの夢は破れた。ユーレカの海辺で打ちひしがれるジャック。
だがキャロルは、そんなジャックを支えて生きていこうと決心していた。彼女の愛に支えられて、いずれジャックは立ち直ることだろう。
この映画が作られた当時のアメリカ社会には、ベトナム戦争が終わって帰国してもなお、心的外傷により社会復帰できない、ジャックのような若者が数多くいたのである。
戦争当時には、全米で大規模な反戦運動が起きたりしていた。「戦争当事国」であるアメリカの一般の人々も、「もう戦争は嫌だ」と強く思っていたのである。
(参考画像)
【反戦デモを行うアメリカの大学生】
(フリー画像:アメリカ陸軍, パブリック ドメイン, via Wikimedia Commons)
(1967年10月21日に撮影)
私が今になってこの映画のことをとりあげるのは、あの岸田文雄が「強固な日米同盟を世界に示す」とか言って、本日14日までの日程でアメリカに行ってしまったからである。
そもそもアメリカは、日本を同盟国だとは認めていない。日本の自衛隊を米軍の配下にすることしか考えていない。
せっかく田中角栄氏の努力により日中国交正常化が成し遂げられ、中国は最大の友好国になっていたのに、わざわざそれを帳消しにして軍備を増強させ続けてきたのが、今の日本である。
この映画『幸福の旅路』は、今こそ多くの人たちに観てもらいたいのだが、残念ながら日本ではヒットしなかったために、国内用のDVDやBlu-rayはリリースされていない。
アメリカではBlu-rayが発売されているが、日本語字幕は入っていない。
日本の映像ソフトメーカーさん、何とか日本でもリリースできないものでしょうか。もちろん字幕を入れて。
ちなみに原題の『Heroes』(=英雄)とは、兵士たちのことである。戦場で祖国の命令で戦った“Heroes”の多くは、心に傷を負い、社会になかなか適応できなくなってしまった。
何とも皮肉な意味の込められた原題である。