
【生き金】・・・意味のある、お金の使い方
「死に金」・・・私利私欲に使ったお金
今月は、祖父の97歳の誕生日でした
今日は、その祖父が
幼少の頃から私にいつも話してくれた
「生き金と死に金」の話をします
その話こそが、
自立塾の金銭教育の基盤になっています
あなたにとって、生き金とは何ですか
そして
死に金とは、何でしょうか
今まで自分を育ててくれた
祖父への感謝の意を込めて
書き進めていきたいと思います
「潤子は
朝から晩まで働いて
稼いだ1ヶ月分のお給料を、
何に使う?」
ニカッと笑うと前歯金歯の祖父が、
小学2年生の私に質問をした
何て答えたのかは秘密ですが、
祖父は優しい微笑みをかけ
続きを話してくれました
「おじいちゃんのお父さんはね、
体が弱くて、私が
小学生の時に死んでしまったんだ
お母さんは
子どもたちを食べさせるために
必死に働いてくれた
だけど
貧しくて、貧しくてね
当時は給食なんて
小学校には無かったから
みんなお弁当を持っていったのだけれども
おじいちゃんは持って、いけなかった
だからね、お弁当の時間になると
元気良く、校庭に遊びに行ったんだよ
このままではいけないと思って、
おじいちゃんは奉公に出た
それが、小学6年生位の頃だったかな
一番の理由は
家族を支えるためだけど、
頭の良かった私のお兄ちゃんが
「東京の大学に進学したい
教育者になりたい」
と言っていた
とは言え貧しくて、夢を
あきらめようとしていたんだ
だから応援したかったんだ」
祖父は、懐かしそうに遠くを見つめていた
「当時のお給料、いくらだと思う?」
小学2年生の私は、ふざけて
「100万円!!」
と言って、祖父を笑わせた
【15円】
その金額を聞いて
「うっそだあああああああーーー!」
と叫んだ記憶が、ある
前橋市の県庁のすぐそばに
教会があって
その隣に、おじいちゃんが奉公していた
「フランスパン」
という名のパン屋があったそうだ
「兄さんはね、一生懸命頑張って
東京の大学へ進学した
学ぶことがとても幸せそうだった
だからおじいちゃんも、
頑張れた
だけどね・・・」
「だけど??」
私は無邪気に、きいてしまった
「兄さんは、戦死してしまったんだ」
ショックで息をのんでしまった
そんな私を見て、
祖父は穏やかな笑みでこう言った
「おじいちゃんは、自分のことなんか
どうでも良かった
遊びたいとか、
おいしい物を食べたいとか、
どうでも良かったんだ
兄さんの夢が、おじいちゃんの夢でもあったからね」
それから厳しい目に、変わった
「潤子、お金には
【生き金】と【死に金】が、ある
人を幸せにする使い方をしたお金が、
生き金
自分の欲だけのために使うお金は、
死に金
だからこの先、お金持ちになれたとしても
決してそのことを忘れては、いけない
おじいちゃんは
兄さんの幸せそうに学ぶ姿を見て
お給料の全てを、ずっと仕送りした
戦死してしまったけれども、
あのお金の使い方には
一切後悔なんかしていないんだ
生き金って、そういうものなんだよ
使った者も、
与えられた者も、幸せになれる
それが、生き金なんだ」
自立塾が開校10周年を迎える1年前
全生徒の月謝を
1年間、無料にしました
あの時は、ご父兄から
「そんなことしないでください」
と反対されましたが
私は、自立塾から
お金という価値を抜いた時に
他に何が残るのかを、この目で見たかったのです
確かに1年間無料は、厳しいものでした
だからこそ、見えたものがあったのです
無料にしてから、ご父兄の言動が変わりました
授業が終わると、ご夫婦で出待ちして
毎回御礼を言いに来てくださったり
温かい手作りのプレゼントをくださったり
今まで顔も出さなかった父兄が毎回、出待ちして
話してくれるようになりました
だから色々なことが、話しやすくなりました
そうやって、あっという間に
開校10周年を迎えました
絆が見えたのです
(ああ・・・私の欲しかったものは、自立塾にある)
お金の価値を抜いた時、
私には【絆】が見えました
ですから、これからも
どんなことがあっても
自立塾のみんなを守りたい
そう思います
私は流行の服も、わかりません
テレビの話題も、わかりません
はやりの話題も、わかりません
でも、幸せです
素晴らしい人たちに出会えて、幸せなのです
あなたにとって、生き金は何ですか
死に金は、何ですか