何年振りの更新でしょうか
確認したら去年の12月以来だ。

ぢりちゃんです。



最近、いや、ここ数年
ぢんさんのブログは読んでなくて

でも、なぜか動向は、FBで繋がっている
いかりんやゆっかさん、つぐみさんの記事で
知っていたのだけど


音楽活動だけしていく

というのを知ったのは、ゆっかさんのメルマガだった。


えーっっ?!


びっくりした。

ただただ、びっくりして
泣きそうになったけど

初期のメルマガのバックナンバーを
読んだ時に

ライブハウスで歌ってたというのが
書いてあった気がしてる。
(記憶が曖昧)


ああ、戻るんだな
そんな風にも思ったけど


やっぱり、ぢんさんすごいわ
すごすぎる。
そう思った。


で、私はBeトレも数年前に
やめてるんだけど


自分の考え方の元は

心屋で学んだことだ。

ぢんさん、こう言ってたな
ぢんさんだったら、どうするだろうか

そういうのを思いだしながら考えて
動いた。


やったらまずいんじゃない?
ということをやる

ずーっと、
不快に思ってたけど
毎日毎日、やってたこと

毎朝、毎夕
姑いる1Fに行き(うちは二世帯住宅)
仏壇に手を合わせ
夕方は姑の話し相手になる

夕方、行くのをやめました。

話し相手になるのが辛い

もう、無理だ。

そんな時、姑が信じられないことを
言ったので、スパっと決めることが出来た。
そういう流れになるようになってたのかも
しれない。

で、必要時以外、会わないように
していたら、自分が気分良く
過ごせるようになった。
わたしにとっては、大きいことだった。


そうそう

ぢんさんは忘れちゃってるかも
しれないけど

『いかりんから始まった打ち上げ くコ:彡』ぢんさんのまわりの人と「うまくつきあえない」と感じたら読む本の打ち上げに参加させて頂きました拡大すると、左の白いのが、イカの形なのです。いかりん。まりりんさん…リンクゆるりと行こう 

 

品川のホテルの中華料理店での
出版記念の打ち上げ
もう7年も前です。

これは忘れられないし
この打ち上げで知り合った
☆2525☆さんとは
未だにブログ繋がってます。


ぢんさん
私は心屋に行って
本当によかった。

今も体調不良のまんまだけど(爆
まるっきり動けない状態を経験したから

外のことは、どうでも良くて
日々、自分が機嫌よく過ごせることが
わたしにとっては、大事だということが
わかった。

ぢんさん、ありがとうございました。
(って、まだ早いけど
ぢんさんのことだから年末に
スパっとブログを消しちゃうんだろうから
今、言っちゃう)

それから、私は困るなぁ

ぢりちゃんの「ぢ」は
ぢんさんの「ぢ」なんだ。

ま、いいか。

ぢりちゃんです。

前回、投稿したのが2月なので10ヶ月振り。

たまにメルマガは書いてます。

夕べ、いかりんのFBで知って
あー、そうなのか
アレがあれの時期なんだろうな(心屋マスターに行った人は知っているはず)
と、特に、そうなのかーと、冷めてたのだけど


さっき、ふと
一番最初にBeトレに行ったときのことを
思い出しました。

五反野ゆうぽうとの会議室
50人ぐらいしか入らない部屋だった

ちゃたさんが受付をしていて
中に入ると、ぢんさんがハガキ大の
カードを持っていて

部屋に入った人に配ってたのね
(実際にはひいてもらっていた)

「こんにちは~」と、にこにこぢんさん
「こんにちは」とわたし
多分、わたしの顔は緊張で怖い顔だったろうし

にこにこしながら挨拶してくれた ぢんさんを
怖そうな人だと思っていた。

で、わたしには言霊カードくれなかった

初参加にはくれないんだなって
拗ねました(爆)
今、思えば、自作自演ですよ

ぢんさんは、忘れただけで
わたしは、それ何ですか?ってきけばよかっただけ



肝心な
Beトレの内容は忘れてしまったけど

「~~ してもいい」と皆で言うのがあって
なにか刺さったかどうかも覚えてない
過去記事に書いたかもしれないけど。

これ言ってどうなるんだろうと思いながらも

アジの開きなんだよって話があった
当時の例えがアジの開きだったのね。

物事や気持ちには両面ある
好き⇔きらい
良い⇔悪い

パタっとアジの開きを閉じればアジ、
みたいなこと言ってたと思う。

これでBeトレを知った

初めて買ったのは、心屋とは全く関係がない友人から勧められた「性格は捨てられる」
あんまりワークやらなかった(^_^;)



その後、アッコさんのデビューオープンカウンセリング、ぢんさんの初級、上級、ぢんさん最後のオープンカウンセリング

それから
夫の体験談が載った、ぢんさんの本の
打ち上げに参加して、

その年2013年の
いかりん、アッコさん講師、ダブル講師で
あきちゃんアシスタントの
心屋塾マスターコース東京10期を受講

もう6年も経つんだなぁ

マスターを卒業してから
手話通訳をしつつ
カウンセリングしたり
お茶会を開いたり
仕事もしたけど

体調は悪く一方だった(爆)


手放せばよかったのは

・本当はやらなくてもいいこと
・本当はやりたくなかったこと
・やっていて辛かったけど、誰かがやれていたこと
・自分の範疇を越えた責任
☆マスターコース中、毎回毎回、体調のことを問題にしていて、なんとかしたかった

これを、ずっとやりつづけていた

気持ちの余裕も
自分が持っている体力以上のことをしてたのね
そりゃ、身体がもたなくなるわけだ

それで去年、病気したものね。
15キロ体重が減った。
色々、発覚して死ぬかもしれないと思ったし
それでも、体調不良の自分を責め続けてた

でも、ある日、ふと気付いたのね。

なんで身体壊してる自分が周りに謝り続けているんだろうって。
そう思ったら腹が立ってきた。

自分が無理をしていても
周りって、無理してるって気付いてない。
びっくりするぐらいに気付いてない。

そしたらバカらしくなっちゃって
自分最優先にした
自作自演に気付いたのね



そんなこんなで

ぢんさんが次のステージに行っちゃうのが
寂しくなったけど、
いまアップデート中だから、また面白いことを見せてくれるでしょう。

いま、わたしは、これBeトレも行ってないし
ぢんさんのサイン本以外は手元にないけれど
頭の中は、心屋の考え方です。
それが腹で分かるまで、時間がかかった。

生産性があることは
全くやってない毎日だけど
ここ数年で、一番穏やかな日々を過ごしてます。

ぢんさん、ありがとうございました\(^^)/
(ぢりちゃんの“ぢ”は、ぢんさんの”ぢ“なんだよ。)



最後の一枚
たま通る道、捨てないで⇔捨てられる










ぢりちゃんです。

たまに
書いてるのですが

ブログではお久しぶりです。


ーーー

先日、某SNSでフォローしている人が

「〇〇Kのニュースで芸能人の病気のことを放送するな。他にもニュースはあるだろう」と
書いていたのを読んで、すごく悲しくなった。


芸能人だからという括りにも
唸ってしまったし
病気が病気なだけに
そのニュースを見てわたしも知ったから
涙がボロボロ出てきた


人それぞれ捉え方が違うし
経験してきたことが違うから
仕方がないと思いつつ
冷たい人なのかもしれないなーと思った


でね
福祉系に足を突っ込んでる私は
福祉系の人の中に
仲間うちで弱っている人に対して厳しいなと
思ったことを思い出した。
(後に、話せばわかってくれる人だろうし
無理強いはしないと思い直したけど)


何が言いたいかというと
世の中、弱っている人に厳しいと
私は思っていたのね


体調不良が多くて
去年は病気もしたんだけど

私は一番具合の悪いときに
夫や実家の母や、姑に謝ってばかりいた

迷惑かけてゴメン

毎日毎日、謝っていた

家事もろくに出来ない
起きていられない
何かしたくても出来ない
買い物さえ、ひとりでいけない
外出は夫と一緒じゃないと怖くていけない

すまない
すまない
すまない

自分を極悪人扱いですよ


今は去年に比べたら良くなっている
それでも、体調が良くない日はあるし
何も出来ない日もあれば
何もしたくない日もある
あー、こりゃ寝てたほうがいいと思う日もある

いい意味で諦めがついて
自分を休ませることが出来るようになったから
それだけで自分をベタ誉め


そんなときに
某SNSでフォローしてる人のコメントを読んで悲しくなり

数日経ったいま


なんで具合が悪い人間が
謝らなきゃいけないんじゃー
好きでこうなってるんじゃない!と
怒りが湧いてマス(爆)


某SNSの人のコメントは
わたしにとって呼び水だったようだ


家族の誰ひとり
具合が悪くなった私を責めていない

悪いと思っていたのは自分

弱っている自分を責めていたのは自分なのだ


自分を責めても
いいこと、ひとつもないよ

ぢりちゃんです。


ええ
ええ
ええ
ええ

年末といえば大掃除


私は片付けが苦手

でも、スイッチが入ると
出来る、やれる


が、


自分が決めた量

今日はここまでやろうと思ったところまで出来ないと

こんな"だから"
やっぱり、出来ないんだ

と以前は思っていたんだけど


"だから" を "のに"に変えるのだーー


こんなに
片付けが苦手な"のに"
ここまでやれて上出来!!
ここまで、出来たんだから
あとは明日

いや、明日じゃなくていい
また気が向いた時に!

自分との約束はゆるーくゆるーく




ぢりちゃんです。

記事タイトルを

「仕事をしてるとかしてないとか、
何かが出来るとか、出来ないとか」と
したかったんだけど

長いので途中までにしました^^;


今朝、学生時代からの友人からお礼メールが
届いた

昨日、誕生日で、ささやかなものと
お祝いメールを送り
そのお礼メールだったのだけど

かなり、きつい仕事をしている
多分、そのせいで体調も崩している

私は仕事をしていないんだけど

(未だに)仕事をしている人は羨ましいなーと思う

でも、友人には仕事、辞めちゃえばいいのにって思っている

体を壊すぐらいなら
辞めてしまえ、と

でも、辞められない事情があるんだろう
そう思うと、羨ましく思えなくなる


また別の友人だけど
この友人は私と同じく虚弱なところがある

でも、料理上手で
長年、虚弱なせいか
うまく、それを受け止めている

どうして
そんな風に思えるようになったのか
私は体調を崩す度、何度か彼女に聞いたことがあった

初めは彼女も相当悩んだらしく
「壁を蹴ったことがあって
穴が空いてるの」と笑ってたことがあった


単純明快


動けない時は
休む

出来る時に動く

今日のことだけ考える


わたしと同じく
子なし専業主婦で虚弱

いい意味で色んなことを手放し
自分にOKを出したんだろうね

そんな彼女も羨ましかったんだけど

わたしは何を望んでいるのかと考えたとき


毎日
心、穏やかに
過ごせればいい
これだけなのよね


体調を崩すと
なかなか、そう思えない時もあるけれど

体調が良い日もあるわけで


更に
どういう自分でも
周りは許してくれていて

仕事をしていようが、いまいが
何かが出来るとか、出来ないも
なんにも関係ないのね


それと
自分の抱えることが出来る器の種類や
大きさって
人それぞれで

どんなに出来ないことが多くても
何かしら出来ることってあるわけで
それが、その人の器なんだと思う


ほんとにね
出来ない自分を認めて開きなおっちゃったら
楽ちんよ


運転免許を持っていても
運転が上手くない人もいるわけで

自分は自分でいい

器、おちょこでも( ・∀・) イイ