お茶屋さんが店仕舞いして、最近、つくづく思う事は、
十年以上お茶を買い続けた理由をちゃんと話して、「ありがとう」ってどうして言わなかったかと言う事。
父が亡くなって、介護をしていたジーラに、「大変だったね。」と言ってくれる人は誰一人なく、
「あんな不自由な身体になったお父さんを、
貴方の勝手で頑張らせて、お父さん、早く亡くなった方がずうっと楽だったと思うわ。」
と言う理不尽な言われよう。
心の中で、「父の気持ちも知らないで馬鹿言わないで、」と反発し、
父とジーラの金の時間を思って、父を感じながらも、父のいない寂しさに押しつぶされそうな日々。
父の身体は半分麻痺していたけど、頭はしっかりしていたから、父とジーラは沢山お話をして、
何でも、1人で出来る様になりたい父の手伝いをして、
ジーラが過ごした介護の日々は金の時間。
暑い夏の午後に、カーテンを揺らして吹く涼しげな風のようなキラキラした時。
だけど急にいなくなった父。
半年が過ぎても急にやって来る寂しさ。
金沢のうまいもの会がデパートにやって来て、父に美味しいおせんべいとお茶を上げようと、
アトピーでノーメイクの酷い顔で出かけたうまいもの会場。
人ごみをかき分けてお茶屋さんを探す。がノーメイクで積極的になれず、
人に流されてしまうジーラの目に飛び込んできた、
テキパキとお客さんを捌いている父にそっくりな元気なおじいさん。
懐かしさで、流れに負ける事なく、おじいさんのお店に。
すかさず出される試飲用のお茶。
「飲んでみて」笑顔のおじいさんがジーラにお茶を。
アトピーが酷いのでお茶をやめているから試飲は出来ないけど、
お茶か欲しい事を、おじいさんにお話しすると、
「家のお茶は悪い物は入ってないから、アトピーでも大丈夫飲めるから、少しづつ飲んでごらん。」
と言って、千円のお茶を勧めてくれて、
「お茶のお湯は、やかんに竹炭をいれて沸かしたら良い。そうしたら水道の不純物が取れるけらね。」
「これ上げるからやってごらん。」と売り物の竹炭も一緒に包んでくれたのです。
父が亡くなって、主人や娘以外の人がくれた初めての親切。
それも、アトピーだらけの人から見たら汚らしいジーラにくれた親切。
どれだけ嬉しかったか、そしてありがたかったか。
ジーラはお茶を飲みきりました。
そうして、袋に書かれた電話番号に注文。
おじいさんじゃない女の人の声、だけど何故あの時、そうしてその後も何度もあった注文の機会に、
うまいもの会で受けた親切を話して、
「おじいさんはお元気ですか、お茶が飲めるようになりました。有難うってお伝え下さい。」
って言わなかったのか残念に思うのです。
言葉は思うだけでは、伝わらない。
大事な事はちゃんと言葉に出してお話しないと伝わらない。
一寸、勇気がいるけどね。