あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたします。
だいぶあれこれやった犠牲でサイトやブログがおろそかでした、なるべく通常営業に戻したいと思っております。
はい。
そんなかたくるしーー出だしから戻っていくよう。
とっとと新年絵を載せてまーた駄文ながくつづります。
「コミケ参加と関連して自身の描いていく思いなど」
「描くこととか色々自身の考え方とかキリがない感じで」
ことよろ。
12/30、冬コミにサークル側で参加してまいりました。
勤め先の偉いひとの意向で有志によるサークル立ち上げ・参加となりました。
(抽選通るとおもってなかったんよ)
(くそ忙しくなってしまった、もうやりたくねぇ)
実は何年も前にROでコミケに割とトントン当選して参加しておりました。
3回くらい出たでしょか。
そのときすでに「無名サークルは一部売れれば御の字」ということを聞き知っており、その覚悟はありました。
そして実際にその通りになりました。まったくの空振りなこともありました。
正直に言ってこんなにも無惨な思いをするのか、と完全にコミケのサークル参加を諦めてオンリーイベントへ目を向け始めたのでした。
そういう事情もあって、割と真剣に「ぜにす、として新規のサークルで出し物やってどれだけ手にとってもらえるのだろうか」とおもってました。まじで。
実際にはわたくし村雲ジンザをtwitter上など知った方がお越し頂けたようには思います。
ところで、ちょっとまたぼくじんざえもんの悪い癖、めんどうな部分が全開になりますが「自身の評価を把握していない・意識しないようにしている」弊害が出ます。
ぼくは「絵師」とか「作家」ではない、と思っています。
実際絵師や作家じゃないでしょ?と思われた方はすんません、生意気こきました。
いや、言われたこと無いですもん。
絵師と言われた事はない。そう自分で思ったこともない。
ただ好きなキャラクターを自分でも描いてみてぇなぁあんなの欲しいなこんなの欲しいな、自分で描いてみよってだけで。
というわけで自分がどう思われているか知らんのです。
で、すっかり今の日本は自己主張のあり方が変わってきてまして、「つまらないものですが」なんて言ってプレゼントはしなくなってきました。
それに伴い、技巧の世界も「こんだけ出来るよ!見て!」って主張していく方が主流になってきました。
まぁ簡単に言えば自分で営業・マーケティングもしていくような世界になってきた、ということでしょう。
提供するサービスやそれに対する対価をきちんと考えましょう、という至極当たり前なことが当たり前に主張できる時代になってきました。
で、それを実際にする方も増えてきました。
でもね、ぼくじんざえもんはそうしたくないんだ。
上述の考え方は正しい、合ってる、やった方がいい、とおもってる。
でもやっぱりぼくの生き方には合わない。
「お上手ですねが私にとって何になりますか」
これずっとWebサイトやらラクガキやってる中ずっと言ってきてますが、とにかく自分の持つ心の在り方は崩したくない。
複数のお友だちに何度か「過ぎる謙遜はかえって嫌味・よくない」と言われてきています。
それも然りとおもってます、本気で。
でも増長することの方をぼくは恐れる。
ぼくは絵が上手いんだぜ?なんてなりたくない。
絵で上手い人なんて掃いて捨てるほどいる。
文字通り捨てるほど居る。
あとTCGでたくさん絵を見てきて思うのは、売れ筋を描くひとは申し訳ないけどパターン的というか「あぁまたこういった感じの描き方ね」という感じが強い。
もちろん「えろい!」「かっこいい!」「かわいい!」という魅力的に写るものもありますけども。
コツつかんでるゆえのつまらなさ、というのでしょうか。
感じます。
三国志大戦とかで上手くなったけど魅力の面で随分落ちてきたなぁって人多く感じます。
ぼくは、ですよ。評価は主観でやるものなので。
で、何度かこのブログでもずいぶん毒っ気のある内容書いてますが、上手さで語るなら過去の偉人と比してだれも敵わない。
現代のどのイラストレーターが絵画の世界の巨匠に迫れるのか。
比較するジャンルが違うんじゃないです、絵です。点と線の集合体の話です。
だからつまるところ絵の評価はあなたにとって好きか嫌いかで決めていい、と思っています。
少なくとも私の評価軸は自分から見て「うおおこれは好きや!」ってなるかどうか。
プロのイラストレーターさんで作家まるごと好きになる人なんて2~3名しかいません。
あとは上手いけど魅力的でない、というだけ。
なので自分が好きな描き手は十指の中でプロでない方のほうがおおい。
思考言語がしっかりとした明文化できないけれど、この人の絵は好きでいいなぁって思うのはその十指。
自分の描く理由は二個あるんですけども、ひとつは達成しつつも一番大きな原動力になっています。
自身に向き合ってくれる人のためになけなしの描く力をせっせと使っていきたいなぁ、と。
こうなるとね、どうでもいいんだ。
自分への評価なんて。
上手いね、って言われたら「どうも」って返すけど何とも思えない。
どうプラスにしたらいいかわからない。
もう少しデッサンをって言われると「どこかパースの適当さが露呈していたか」って思う。
下手だね、って言われたら「上手いの見に行け」って思う。
描くのはただ黙々と積み上げていくだけだなーって思っていてその結果、ひとに気に入ってもらえたり喜んでもらえるものが出せるようになっていったらお互いにいいねぇやったねぇ、って思うだけで。
でも描くのは心に負を抱えるのですよ。
評価されたいとか相手にされてないなぁって勝手に自滅する。
ただ、自分の生み出すものを気に入ってくれている人がひとりいるだけでもぼくは描けるね。
大衆を相手にしていないから。
それはやっぱり繰り返しになるけど自身に目を向けてくれている人のために力を使おう、って思うから。
ぼくが生み出すもの全部が気に入るなんてことはないでしょう。
気に入るものだけつまんでくれるだけでもいい。
そしてこんな変わった考え・かっこつけた考えは、歪んだ心から発生しているのです。
コミケでまったく相手にされなかった過去がどこか考え方や心の在り様をゆがめたのは事実だと思います。
いつもは意識しないようにしてますけども。
ただそれも悪く捉える必要はない。
昇華させてこ。
今回の冬コミでもDLsite様が本を取りにきてくださいました。
「ぜにす」として出るのであってそんなに「村雲亭」がついでに出ます!なんて言うてないと思うんですけども。
わざわざついったーなど何かしらの情報を捕捉してくださった、ということでしょう。
その点で深謝する次第です。
なお、このコミケ、まじでどれだけ手にとってもらえるかなーと思っていたので社長に
「まったく売れない可能性もあったのですけども、よかったすな」と言ったら
「いや、知名度の問題で物が悪いとは思っていなかった」といわれました。
なかなか興味深くてですな?
以前から同人はとくに知名度勝負になるであろうとブログで書いてきてますが、同人分野に接点がなかった社長も似たようなこと言った。
で、自戒する方向に向かうわけですよ。
「知られていたら自分ももう少し頒布数が増えるすごいやつなんだ!」って思ったらだめだぞ、と。
そう考えるようになると描く動機が変わってきてしまう。
同人は個人的に今も古臭い考え方をしていて、「こんなんいいよね」「お、ええやんけ」の手に取り合いでいいかな、と。
プロになりたいという方はまた違うのでしょうが。
というわけでこんなん描いたよ作ったよ、に向き合ってくださる方のために今年もスタートしますよう!!!