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第13回 チャリティパーティーのご報告

先日、第13回チャリティパーティーを開催いたしました。

お越しくださった皆様、ありがとうございました。

今回は以前の形に戻し、メンバー宅にて開催しました。
料理もメンバーで作り、秋の味覚をメインにした内容で
アットホームな雰囲気の中約20名の皆様にお越しいただき、
本当に感謝しております。

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今回のパーティーでは、来ていただいた皆様も全員参加型の『寸劇』を行い、
なぜ、なかなか復興が進まないのか。
ということについて、お話をさせていただきました。

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また、12月・3月と予定をしています『陸前高田 奇跡の1本松奉納』について
動画を用いてご説明をさせていただきました。

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今後も、さまざまな活動を予定しております。
募集時には、ホームページにて募集要項を掲載しておりますので、
もしご興味持っていただけましたら ご連絡、ご参加をお待ちしております。

今回も、皆様よりいただきました参加費につきましては、
一部の経費を除き、復興支援の活動資金に充てさせていただきます。
今回集まりました義援金は43,543円となりました。

心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます。

これからも、皆様のご協力を頂きながら活動を続けて参ります。
ご支援の程、よろしくお願いいたします。

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第12回チャリティーパーティーのご報告<後編>

二つ目のプロジェクトは、
『陸前高田 奇跡の一本松奉納』で映像のご協力を頂く、
映像作家の志真健太郎さんとのプロジェクトです。

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ディレクター集団「BABEL LABEL」に所属している志真さんは
『父と帰る日』という短編映画で第八回横浜学生映画祭でグランプリ、
第八回北京電影学院映画祭に招待される他、
安室奈美恵のLIVE映像を担当するなど新進気鋭映像作家です。


代表の折尾とは東日本大震災をモチーフにした
『黄色い叫び』(原作は第46回紀伊国屋演劇大賞を受賞)
という舞台で、実際の現地の実状のヒアリングなどを通じて知り合いました。


『陸前高田 奇跡の一本松奉納』の映像化とともに
震災直後に実際に動いていたひとたちが見てきた、
『現地で実際に起こっていたこと』、『無知の善意が悪意に変わる様子』
を映像や舞台で伝えるためのプロジェクトです。
報道には決して上がらなかった幾つもの現実を伝えていければと考えています。


最後になりましたが
今回皆様よりいただきました参加費につきましては、
一部の経費を除き、復興支援の活動資金にあてさせていただきます。
今回集まりました義援金は81,716円となりました。

心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。

これからもいろいろな活動を続けて参ります。
活動にご興味のある方はjinsproject@gmail.comまで
ご連絡をお待ちしております。

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第12回チャリティーパーティーのご報告<前編>

9月30日のチャリティーパーティーではたくさんの方にお集まり頂きありがとうございました。
今回のパーティーでは、動き始めた2つのプロジェクトのご報告をさせていただきました。
皆様にも是非知って頂きたく、少し長くなりますので2部に分けて掲載させていただきますので
読んでいただければありがたいです。


震災から2年半が経過し、現地では従来のようなボランティア活動がそろそろ落ち着いていますが、
復興にはまだまだ長い道のりがあり、復興の地域格差もどんどん広がっています。
JIN’S PROJECTでもこれから先、復興に向けてどのような活動をしていくかという事を、
ずっと考えていました。


震災後すぐに現地入りして始まったJIN'S PROJECTが、ずっと見続けてきたことを伝えることで
震災の記憶が風化してしまう事を防ぐ事、
そして希望が見いだせなくなってしまっている残された方の心のケアについて
考えて行かねばならないことを感じていました。


そんな中、折尾が動き出し、JIN'S PROJECTでも全面的にサポートしていくことにした
一つ目のプロジェクトが

『陸前高田 奇跡の一本松奉納』です。

キーワードは『震災遺構』、『借景』、『能楽』です。


※写真はイメージです。
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代表の折尾は震災前から観世流と関係がありました。

現在も『能楽の心と癒しプロジェクト』様と共に現地での奉納や、能のワークショップなどを行っている
という経緯があります。今回のパーティーでも能の謡いを披露させていただきました。

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陸前高田(高田松原)の「奇跡の一本松」は、7万本の松原からたった1本、津波に耐えた松であり、
震災当初から復興へのシンボルとして、被災者の心の拠り所となってきました。


残念ながら、大地震による地盤沈下で海水がしみ込み、塩分過多の状態で徐々に衰弱が進み、
枯死に至ってしまいましたが、保存を望む陸前高田市の皆様や他の多くの方々の手によって、
モニュメントとして復興しました。


今なお、「奇跡の一本松」は、復興の象徴として、被災された方のみならず、
陸前高田を訪れた多くの人に、感動と希望を与え、励まし続けています。


日本の古典芸能である能楽はもともと物語を伝える演劇でありながら、
一方では神仏と観客との橋渡しをするような役目を持つ芸能です。


被災され亡くなられた方と残された方の想いの橋渡しとして、亡くなられた方の鎮魂や、
明日への希望や活力として少しでも心の安寧を得ることで、自ら命を絶つことなく、
幸せで長生きをしてほしい、という気持ちを込める事のできる演目もあります。

能楽は、此岸と彼岸(あの世とこの世)との橋渡しができる芸能です。

通常、能の舞台には一本の松が描かれています。

この松は舞台正面先にあるとされる、「影向(ようごう)の松」が舞台側に写ったものと
されています。影向とは神仏が姿を現すことです。

このように、能楽は、一本松と非常に深い関係があるものでもあります。


震災遺構の代表である『奇跡の一本松』を『借景』とした、日本の伝統芸能である『能楽』の公演によって、
国内はもとより世界の方々に、復興に向けてひたむきに頑張る東北の方々の姿を改めて見ていただける
きっかけになればと思います。

そしてそれと同時に、
日本の歴史を伝える芸能である『能楽』を幅広い世代に観て頂ければと考えています。

伝統芸能を受け継いでいくということは『歴史』を受け継いで行く事です。

今回の活動が、東日本大震災という歴史を「記憶」と「記録」として伝えていくこと、
残された方の心のケアと鎮魂、復興への祈念になることを願います。


プロジェクトを広く知って頂きたく、朝日新聞社さまのご協力をいただき、
このプロジェクトの記録を始めました。

進行具合は朝日新聞社さまの記事や、当方のFacebookやブログでも紹介させて頂きますので
よかったらご覧下さいませ。

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ボランティア参加者の方よりvol.57 石巻真野そうめん流し編-3

8月11日、私は初めてボランティアに参加させて頂きました。

予定されていた2日のうち、後半1日だけの参加ではありましたが、
震災後間もないボランティア活動のような、支援する側とされる側という関係ではなく、
今は全く異なる関わり方になっていることはわかったものの、
ではどういう関わりが理想なのかということを考えさせられる1日となりました。


朝の草取りですが、地元の方々と世間話をしながらの活動は、
思いのほか楽しいものでして、
仕事でも酒の席でもない人との交流がこんなにも心地よいものだったのかと、
今まで自分の中で感じたことのない感覚が沸いてきたことが、
強く印象として残っています。


震災後2年半が経とうとしている今日、地元の方々にとって、「震災は過去のもの」
と忘れ去られてしまうことが最もつらいことだろうと思います。
ニュース等で取り上げられる機会も少なくなり、少しづつ風化してしまうことは
避けられないことだとは思います。
しかし、私達が年に1度でも2度でも現地を訪れ交流を続けることで、
忘れていないことを行動で示せれば、
被災地の皆さんにとって何よりの元気づけになるように感じました。


「一緒に楽しい時間を過ごす」


私たちにはそれしかできませんが、それだけで充分なんだと思います。
短い時間であっても、楽しかったという事実はお互いの記憶として残ります。
それは被災地の方々にとってだけでなく、
自分にとってもかけがえのない思い出として記憶されることが、
今回ボランティアに参加してわかった一番の収穫でした。


これからも機会をつくって、
お互いの思い出づくりのためにまた参加したいと思います。

ボランティア 三浦 利光

ボランティア参加者の方よりvol.56 石巻川開き祭編-4

2年ぶりにボランティアで石巻に行きました。

今回は、御神輿を担ぐお手伝いです。

御神輿は今まで担いだ事がなく、ちゃんと出来るか一寸心配していました。

でも、いざ担いで町に繰り出すと、道行く人や地元の人たちが

ものすごく喜んでくれているのが分かり、とてもうれしかったです。

来年も担ぎたいと思いました。

次の日は、JIN'S PROJECTの方に

女川漁港、大川小学校跡、横須賀海岸等を案内していただきました。

特に大川小学校の話を聞いた時は、言葉が出ませんでした。

まだまだ復興までには時間が掛かりそうですが、

微力ながら応援して行きたいと思います。

今回は、参加させていただき本当に良かったです。

また、よろしくお願いいたします。

ボランティア 匿名希望

ボランティア参加者の方よりvol.55 石巻川開き祭編-3

30日の夜から2日間にかけ、本当にお疲れ様でした。

車の運転を始め、お祭り関係者の方々との交渉や準備、宿泊場所の手配

活動参加者への優しい気配りなど

沢山ご配慮して頂いたお陰もあり楽しく過ごせました。

ありがとうございました。

川開き祭りだけではなく、大川小学校近辺や女川の被災地に連れてって頂いたことで

私の中で今の日常に慣れすぎて、あの日のことが薄れていたんだと気づきました。

2年経っても引かない海の水が一面に広がっていること。

瓦礫の撤去は進んでいても仮設で暮らしている環境が当たり前なこと。

直に自分の目でみて感じれたことが凄く良かったと思いました。

又、川開き祭りでお会いできた皆さんや佐々木さんからお話しを伺えて、

私が元気をもらいました。

来年はもっと良い祭りにしよう。良い町にしよう。

という力強さが伝わってきたからです。

2日間で見て、聴いて感じたものを大切に明日からの日々を過ごしたいと思いました。

参加率も悪く、ポップコーンマスコットにもなりきれずの私ですが

また皆さんと一緒にボランティアに参加したいと思っています。

これからも宜しくお願いします!

ボランティア 船田麻美

ボランティア参加者の方よりvol.54 石巻真野そうめん流し編-2

今回JIN’S PROJECTのボランティア活動に初めて参加させていただいて
感じたことを、思いつくまま書き連ねてみます。

*草取り、川の清掃について

言うならば、アパートやマンションなどの共有部分の清掃、維持管理であり、
住んでいる人たちが全員参加でやる活動というのが基本の形だと思います。
でも、現実は高齢だったり病気だったり手いっぱいだったりで
それどころじゃないということで参加率はそれほど高くない。
そこでボランティアということになる。

東京から、他の地域から若い人たちが草取りや川の清掃に来る、
こりゃー地元の人間としちゃ先頭に立ってやらないわけにはいかない。
やれば土手はきれいになる、川もきれいになる。
実際問題、2週間もすれば土手は雑草だらけになり、
川だって元のように草ぼうぼうになると思います。

でも、手伝ってくれるんだから皆でやろうじゃねーか、
っていうふうに思ってくれることが、これがとても大事なんじゃないかなって思います。
その手伝いをほんの少しだけさせてもらったかなと思っています。


*落語とその後の懇親会、飲み会について
落語について言えば、老人施設などで私も吉遊も年間20~30回くらい
つたない芸を披露していますので、予想の範疇の反応で、
まあ私の実力はあんなもんかなって感じでした。

その後の飲み会での会話で、
「落語だって、絵だって、音楽だって、見たいもの、聞きたいもの、
なんだって東京行かなきゃできねー。」
これを聞いた時に、東京一極集中というのはそれはそれで問題ありだなって思い、
同時に地方のすばらしい文化、芸術、芸能があるはずだから、
それをよく考えなければと。

そして、落語に関して言えば、ここの集会所で落語会を開くよ、
ここで寄席を開くよと言っていただければ、
素人ですが、すぐにでも人数を集めることができます。
ただし、落語をやる奴というのは、ほとんどが口先ばかりで体力が無いので、
落語会だけのプランがあればいつでも参加協力いたします。

もうひとつ飲み会で、まむし捕りの名人のオジサンが、
マムシ酒を一升瓶で持ってきてくれて、これはもうとても盛り上がりました。
都会から来た若い女の子は大騒ぎです。
これに気を良くしたオジサン名人は、
マムシがどこにいるのか、どのように捕まえるのか、
どうやってあの狭い瓶の口から入れるのか、得々と語っていました。

あの名人はおそらくあと20年から30年後にはお迎えが来ると思います。
もし震災がなければ都会の若い女の子と話すことはなかったと思います。
ましてや「オジサン、スゴーい!オジサン、カッコいい!!」
なんて一回も聞かないで終わったと思います。
こういうコトを言うとセクハラだと言われると思いますが、
私は正真正銘のジジイだから言いますが、ジジイにとって若い女の子と話すことは、
こんなに楽しいことはない。こんなにすばらしいことは無いという位です。
このマムシ名人は、
「よし、今度皆が来る時までにもっともっと大きいマムシつかまえとくぞ!
びっくりすんなよ!」って、
まさに明日への活力が沸くんです。エネルギーの源なんです。

落語をやるのもいい、草取りをやるのもいい、
でももっと大事なのはこの交流ではないでしょうか。
この交流をすること、時として押しつけになることもあると思います。
でも、やらなければ何も始まらない、生まれない。


思いつくままを何の脈絡もなく書いてしまいました。
今回このボランティアに参加して、
ほんの少しでもお役にたてたならこんな嬉しいことはありません。

また機会があれば参加させていただきたいと思います。

ボランティア 永沼俊治 一め家傳右衛門

「第3回JIN’S 能楽のこころと癒やしプロジェクト」活動終了のご報告

今回は、
8月15日から8月17日、宮城県気仙沼市、登米市にて、
「能楽と癒やしプロジェクト」様との共催という形でボランティアを行いましたので、
ご報告させていただきます。

今回の目的は、
震災関連による自殺者を無くしたいという想いと共に、
震災で亡くなられた方々、お盆で戻って来られたご先祖様への御供養の意味もこめて
参加させて頂きました。

16日の「送り火の集い」では、地福寺住職による読経とお説教も行われました。
その中で、「ご先祖様の教えを守り、いつの時代も思いやりの心を知る」
との言葉がありました。



今現在、震災遺構の問題が上がっていますが、
1933年 昭和三陸津波のことに触れた「津波と人間 寺田寅彦著」のなかに、
『「その碑石が八重葎に埋もれた頃に、時分はよしと津波が準備されるだろう」
という構図が繰り返されてしまったのである。(中略)
津波の爪痕を残す機構が、
被災した方々に悪夢を想起させないことには配慮しなければならない。
だが、遺構がいずれは防災教育や啓発に極めて重要な役割を果たし、
子孫に教訓を与え得ることも事実だ。
現場に行って現場を見るだけで、何の説明もいらないのである』
という文章があります。


2年半前の震災を忘れないこと、
その為には、鎮魂という言葉のもと全てを濁してしまわないこと。
歴史の教訓を残し、ご先祖様、先人の教えを守るということが、
次の震災においての犠牲者を少しでも失くすことに繋がるのではないでしょうか。
今回の活動ではそんな事を考えさせられました。

また、「送り火の集い」ではキャンドルがお寺全体に灯されました。
震災で母と祖母を亡くされたという来場者の方は、
「また来年もこの優しいあかりを頼りに戻ってきてほしい」
と終演後も暫く手を合わせておられました。
今回の活動が少しでも、被災者の方々やその周りの方々の
心の癒しとなった事を願うばかりです。

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以下、今回の活動の内容となります。

【8月16日】
○「能楽の心と癒やしをあなたに」公演
10時 鹿折中学校仮設住宅  
宮城県気仙沼市本郷9-7
能 羽衣

○「送り火の集い」
19時 地福寺  
宮城県気仙沼市波路上牧44
能 羽衣

【8月17日】
○「能楽の心と癒やしをあなたに」公演
10時 反松公園仮設住宅  
宮城県気仙沼市上田中2-9
能 龍田

○「能楽の心と癒やしをあなたに」公演
15時 宮城県登米市登米町伝統芸能伝承館・森舞台
宮城県登米市登米町寺池上町42
能 猩々

今回ご協力を頂いた皆様、本当にありがとうございました。
また、いつもご協力いただいている皆様、本当にありがとうございます。
当方は、今後も様々な活動を継続予定ですので、
皆様のお力添えをよろしくお願い致します。

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ボランティア参加者の方よりvol.53 石巻川開き祭編-2

お神輿好きの勢いで参加してしまったものの
初めての参加だったので打ち解けるまで緊張しましたが
長石さん始め、折尾さんや松本さんの気遣い
そして臨機応変に震災の地を訪れる事が出来、
おかげ様で大変有意義な時間を過ごすことが出来ました。

ありがとうございます!!

お神輿に関しては担ぐのが初めての人も多かったことから
お神輿の御霊入れから参加出来たら
もう少し神聖な・・厳かな気持ちも体感できたのは?と
ちょこっとだけ思いました。あとは歩き方ですかね~(笑)

でも少ない人数のなか、みんな元気良く担げたこと
とても良かったと思います。

でもお神輿の宮出しや御霊入れの時間に
大川小学校はじめその地域一帯に行けたことも
とても意味があったのかなぁと思います。

2年半近く経った今現在でも水捌けない地域
とても町があったのか想像がつかない
ただ広い何もない地域
そして小学校の跡地と慰霊碑、ひまわり・・
ひっきりなしに行きかうダンプや工事車両
とてもカメラのシャッターを切ることが出来なかったあの光景。
自分の脳裏の中に焼き付けておこうと誓いました。

小学校の裏山だけは変わらずに緑が茂っていて
私の人生のテーマでもある「自然と共存」「自然と共生」についても
山を見ながら深く考えました。

同じようなことが二度と起こらないために
何が出来るだろう?って思いましたが
今のわたしでは無力なので長期計画を立てたいと思いました。

まずは目の前の人を一人でも笑顔にすること。

自分たちが元気よくお神輿を担ぐことで
1人でも心の中が活気づいてくれたらそれでいいのかなぁと思い
声出して担ぎました。

声を聴いて外に出てきて笑顔で手を叩いてくれた方がいて
来て良かったなぁと心から思いました。

このような機会をJIN'S PROJECTが設けてくれたことに
心から感謝いたします☆

泊めていただいた佐々木さんのご好意や
神輿の衣装や飲食の準備、差し入れくださった商店街の皆さまにも
心から感謝いたします。

ボランティア活動はわずかな時間でしたが
初めての土地をいろいろ観光出来、美味しい物も食べれて
本当に大満足で・・いいのかな??って感じでしたが
また機会ありましたら、ちゃんと働いてお返ししますので
ぜひ参加させてください!

感想というにはとても恥ずかしい文面でごめんなさい。
また皆さんにお会いできることを楽しみにしてます。
本当にありがとうございました.

ボランティア 匿名希望

ボランティア参加者の方よりvol.52 石巻真野そうめん流し編-1

被災地のボランティアは初めて参加しました。
もともと落語で頼まれたということもあり、
まずは「明るく、楽しく」を重点に考えようと思いました。

実際に行ってみると地元の皆さんが人懐っこくて
こちらも楽しく過ごすことができました。

初日の夜の親睦会で仲良くなって、
2日目の炎天下での草取りで一緒に苦労して仲良くなって、
流しそうめん・落語会ですっかり友達になってしまいました。

次回来るときは、ボランティアというよりも
「友達だから手伝いに来たよ」「友達だから遊びに来たよ」と
言えるんじゃないかな。

ボランティア 中田竜一(鹿鳴家吉遊)

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