ボランティア参加者の方よりvol.44 dogwood編-19
dogwood2回目の参加でした。
一面の雪景色の中犬の散歩は全く想像も出来ない事でした。
嬉しくて嬉しくて尻尾はちぎれそうな位振って全身で嬉しさを表している犬達。
沢山の人に慣れてるのもちょっと哀しい気がします。
が♪【犬は喜び庭駆け回る】
正にこの歌の通りで、
深い雪ドックランに行くと鼻から雪に突っ込んで行き雪をパクパク食べ、
暫く私もクロちゃんと雪まみれ、私の誘いに乗ってくれ楽しかったです。
タオルで雪を拭ってもらうと素直にハウスへ。
今回は現場で1名合流し5名での活動でした。
散歩、タオル洗い、雪かき等々お手伝いさせて頂きましたが、人手不足を痛感。
あの愛らしく、つい笑顔にさせてくれる犬達を守って行きたいです。
又、帰り道は地元NPOの方と閖上地区を視察、
被災者の方のお宅にお邪魔させて頂いて楽しいお喋りとで貴重な時間でした。
今回全ての工程に関わってくださいました方々にお礼を申し上げます。
同行して頂いたメンバーの方々にもお世話になり有難うございました。
ボランティア 小山泰美

一面の雪景色の中犬の散歩は全く想像も出来ない事でした。
嬉しくて嬉しくて尻尾はちぎれそうな位振って全身で嬉しさを表している犬達。
沢山の人に慣れてるのもちょっと哀しい気がします。
が♪【犬は喜び庭駆け回る】
正にこの歌の通りで、
深い雪ドックランに行くと鼻から雪に突っ込んで行き雪をパクパク食べ、
暫く私もクロちゃんと雪まみれ、私の誘いに乗ってくれ楽しかったです。
タオルで雪を拭ってもらうと素直にハウスへ。
今回は現場で1名合流し5名での活動でした。
散歩、タオル洗い、雪かき等々お手伝いさせて頂きましたが、人手不足を痛感。
あの愛らしく、つい笑顔にさせてくれる犬達を守って行きたいです。
又、帰り道は地元NPOの方と閖上地区を視察、
被災者の方のお宅にお邪魔させて頂いて楽しいお喋りとで貴重な時間でした。
今回全ての工程に関わってくださいました方々にお礼を申し上げます。
同行して頂いたメンバーの方々にもお世話になり有難うございました。
ボランティア 小山泰美

都内近郊の震災関連イベントのお知らせ
都内近郊で開催されますいくつかのイベントのご紹介をさせて頂きます。
当方が関わらせていただくものも、そうでないものもあります。
ご興味がありましたら、是非足を運んでいただければと思います。
①「津波のあとの時間割~石巻・門脇小・1年の記録~」
あの日、東日本太平洋沿岸の多くの学校が津波に襲われ、
石巻市立門脇小学校も壊滅的な打撃を受けた。
児童300名のうち7名が犠牲になり、校舎は津波と火災で使用不能、
地域(校区)もそのほとんどが荒野と化した。
4月、門脇小学校は、高台にある門脇中学校の一画に間借りして新学期を迎えた。
そこには、震災と向き合うこどもたちの姿があった。
3年生の授業「よみがえれ石巻」では、
自分たちが住んでいた町をどんなふうに創りかえるか?
新たな災害に備えるにはどうすればいいか?
こどもたちの奔放なアイディアあふれる授業は3学期まで続いた。
地域では、生活とコミュニティの復興をめざして、
民と行政の意見交換会が始まり、いまも続いている。
そして、・・・震災後の6月から門脇小学校にキャメラを据えて1年、
この映画は、教室と地域、こどもとおとなの再生の日々を、
石巻の四季とともに織り上げた作品である。
■期間:2013年2月23日(土)~3月15日(金)毎回10:30~(125分)
■劇場:ポレポレ東中野 http://www.mmjp.or.jp/pole2/
■監督:青池 憲司
■当日券:1500円、前売り券:1000円
※期間中トークイベント「お茶っこくらぶ」が上映終了後12:30からあります。
ジャーナリスト・被災当時の石巻市の中学校校長先生等
ゲストはその日によって変更になるようです。
②「再生への道-地元紙が伝える東日本大震災」
この企画展では、被災地が直面する課題を検証し、
懸命に生きる人々の声を伝えてきた東北の地元紙4紙
(岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友新聞)
の紙面や号外、報道写真など約180点を展示します。
震災発生以降の2年を振り返るとともに、復興を妨げる要因や被災地の現状、
再生に向けた取り組みにも焦点を当て、その中で報道が果たす役割を考えます。
■期間:2013年3月9日(土)~6月16日(日)
■会場:日本新聞博物館 2階・企画展示室
〒231-8311 神奈川県横浜市中区日本大通11
横浜情報文化センター内
■特別協力:岩手日報社、河北新報社、福島民報社、福島民友新聞社
■開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
■休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は次の平日)
■入館料:一般・大学生500円/高校生300円/中学生以下無料
※月曜日は休館日ですが、3月11日(月)は開館します
※3月16日(土)は、みなとみらい線、東横線と東京メトロ副都心線
との直通運転開始に伴い、無料開館します
詳細は、http://newspark.jp/newspark/
③「結」の会~な忘れそ~ 日本舞踊
藤間勘舞恵さんの呼びかけのもと、結束された会です。
人を、ものを、地域を、様々な縁を結び、助け合い、悲しみを終わらせる・・・
その全ての意味を持つ『結』という文字に託して、
東日本大震災の鎮魂と、復興への祈りを込めて、
毎年3月11日に近い日程で会を開いておられます。
もう一つのテーマ『な忘れそ』忘れないで
・・・2011年3月11日に起きた大震災を、
突然にその生を断ち切られてしまった沢山の魂の事を、
今もなお、悲しみと苦しみと不安の中にある全ての命の事を。
■開催日:2013年3月10日(日)開演14時40分(会場14時)
■料金:1000円(東日本大震災の復興、支援活動に寄付)
※今回寄付先の1つとして、当方に寄付をいただけることになりました。
■会場:日本橋社会教育会館8Fホール
東京都中央区日本橋人形町1-1-17
03-3669-2102
東京メトロ日比谷線「人形町」駅 徒歩4分
東京メトロ半蔵門線「水天宮」駅 徒歩5分
■出演:日舞・・藤間勘舞恵、藤間三千恵、藤間恵麿
箏・・・・福田恭子
尺八・・青木由貴
小鼓・・小川実加子
演劇・・鈴木清信(81プロデュース)、こぐれ修(劇団☆新感線)、
上嶋茂雄(劇団うるとら2B団)、萬劇場の役者さん達等
協力:水天宮
スタッフ:小川洋輔、宮崎正輝、飯村弘一、万の会有志
■問い合わせ:03-5394-6901 萬劇場内「結」の会
JIN'S PROJECT
当方が関わらせていただくものも、そうでないものもあります。
ご興味がありましたら、是非足を運んでいただければと思います。
①「津波のあとの時間割~石巻・門脇小・1年の記録~」
あの日、東日本太平洋沿岸の多くの学校が津波に襲われ、
石巻市立門脇小学校も壊滅的な打撃を受けた。
児童300名のうち7名が犠牲になり、校舎は津波と火災で使用不能、
地域(校区)もそのほとんどが荒野と化した。
4月、門脇小学校は、高台にある門脇中学校の一画に間借りして新学期を迎えた。
そこには、震災と向き合うこどもたちの姿があった。
3年生の授業「よみがえれ石巻」では、
自分たちが住んでいた町をどんなふうに創りかえるか?
新たな災害に備えるにはどうすればいいか?
こどもたちの奔放なアイディアあふれる授業は3学期まで続いた。
地域では、生活とコミュニティの復興をめざして、
民と行政の意見交換会が始まり、いまも続いている。
そして、・・・震災後の6月から門脇小学校にキャメラを据えて1年、
この映画は、教室と地域、こどもとおとなの再生の日々を、
石巻の四季とともに織り上げた作品である。
■期間:2013年2月23日(土)~3月15日(金)毎回10:30~(125分)
■劇場:ポレポレ東中野 http://www.mmjp.or.jp/pole2/
■監督:青池 憲司
■当日券:1500円、前売り券:1000円
※期間中トークイベント「お茶っこくらぶ」が上映終了後12:30からあります。
ジャーナリスト・被災当時の石巻市の中学校校長先生等
ゲストはその日によって変更になるようです。
②「再生への道-地元紙が伝える東日本大震災」
この企画展では、被災地が直面する課題を検証し、
懸命に生きる人々の声を伝えてきた東北の地元紙4紙
(岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友新聞)
の紙面や号外、報道写真など約180点を展示します。
震災発生以降の2年を振り返るとともに、復興を妨げる要因や被災地の現状、
再生に向けた取り組みにも焦点を当て、その中で報道が果たす役割を考えます。
■期間:2013年3月9日(土)~6月16日(日)
■会場:日本新聞博物館 2階・企画展示室
〒231-8311 神奈川県横浜市中区日本大通11
横浜情報文化センター内
■特別協力:岩手日報社、河北新報社、福島民報社、福島民友新聞社
■開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
■休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は次の平日)
■入館料:一般・大学生500円/高校生300円/中学生以下無料
※月曜日は休館日ですが、3月11日(月)は開館します
※3月16日(土)は、みなとみらい線、東横線と東京メトロ副都心線
との直通運転開始に伴い、無料開館します
詳細は、http://newspark.jp/newspark/
③「結」の会~な忘れそ~ 日本舞踊
藤間勘舞恵さんの呼びかけのもと、結束された会です。
人を、ものを、地域を、様々な縁を結び、助け合い、悲しみを終わらせる・・・
その全ての意味を持つ『結』という文字に託して、
東日本大震災の鎮魂と、復興への祈りを込めて、
毎年3月11日に近い日程で会を開いておられます。
もう一つのテーマ『な忘れそ』忘れないで
・・・2011年3月11日に起きた大震災を、
突然にその生を断ち切られてしまった沢山の魂の事を、
今もなお、悲しみと苦しみと不安の中にある全ての命の事を。
■開催日:2013年3月10日(日)開演14時40分(会場14時)
■料金:1000円(東日本大震災の復興、支援活動に寄付)
※今回寄付先の1つとして、当方に寄付をいただけることになりました。
■会場:日本橋社会教育会館8Fホール
東京都中央区日本橋人形町1-1-17
03-3669-2102
東京メトロ日比谷線「人形町」駅 徒歩4分
東京メトロ半蔵門線「水天宮」駅 徒歩5分
■出演:日舞・・藤間勘舞恵、藤間三千恵、藤間恵麿
箏・・・・福田恭子
尺八・・青木由貴
小鼓・・小川実加子
演劇・・鈴木清信(81プロデュース)、こぐれ修(劇団☆新感線)、
上嶋茂雄(劇団うるとら2B団)、萬劇場の役者さん達等
協力:水天宮
スタッフ:小川洋輔、宮崎正輝、飯村弘一、万の会有志
■問い合わせ:03-5394-6901 萬劇場内「結」の会
JIN'S PROJECT
節分ボランティア終了のご報告
2月2~3日にかけ、宮城県石巻市真野地区にて、
節分ボランティアを行いましたので、ご報告させていただきます。
今回の企画は、前回迄と同様、地域コミュニティー構築のお手伝いを目的とし、
地域の皆様と一緒に恵方巻を作り、豆まきを行うという内容でした。
到着は2月2日の夜でした。想像していたより積雪も無くスムーズでに到着しました。
今回の真野地区への訪問は3度目という事もあり、
仮設の皆さんが迎えてくれました。
その日はそのまま親睦会となり地域のお酒や差し入れを
沢山いただき、再会を喜び合う内容でした。
仮設の皆さんのおもてなしに、心が温かくなりました。
前回同様、震災当時の大変な生活等貴重なお話を沢山聞かせていただきました。
今後暖かくなってから仮設と地区が共同で行うイベント内容を検討するため、
地区から区長さん方もお呼びし、和やかな雰囲気の中、
仮設と地区の今後についても話をすることができました。
また、お風呂に関してですが、
この日は仮設住民の方のご好意により個人のお宅のお風呂をいただくことが
出来ました。
初めて入る仮設のお風呂。単身者用のアパートに備え付けてあるようなお風呂で、
お借りしたお宅ではご家族5人が毎日順番にお風呂に入っておられます。
きっと震災前は、もっと広くてゆったりとしたお風呂に入られていたはずです。
震災から間もなく2年。色々と考えさせられるものがありました。
2月3日は、朝から仮設の方と地区の子供さん、
その親御さんが参加し、皆で恵方巻作りの準備から始めました。
内容は、住民の皆様に、仮設住宅の軒数分の恵方巻を作ってもらう事と、
その場で自分たちが食べる分を作るというものでした。
老若男女40人ほどが集まり、大人も子供も一緒になって恵方巻を作りました。
特に親子が一緒になって恵方巻を作る様子が印象的で、
あっという間に40本近くの恵方巻が出来上がり、
皆で南南東を向いて、頬張りました。

その後は、ボランティア2名が鬼に扮し豆まき大会。
仮設住宅を一軒一軒訪問して、厄払いをしてもらい、
皆で作った恵方巻を配りました。
豆まきは、仮設住宅を訪問するかたちなので、普段お見えにならない
住民の方々のお顔も拝見でき、
コミュニケーションも少なからず図れたのではないかと思います。

冬のイベントは寒いので、なかなか住民の方も出にくい内容がありました。
しかし企画の内容によって全体を巻き込んでいく事は可能でした。
特に子供達も一緒に出来るイベントが喜ばれるという印象をうけました。
訪問の回数を重ねていくことで、もっとニーズにあった事が出来、
また少しづつでもイベントに出てきてくださる方々が増えていけばいいな
と思います。
私達の活動は、沢山の皆様に支えられて成り立っております。
ご協力いただいている皆様、本当にありがとうございます。
当方は、今後も様々な活動を継続予定です。
現地での活動にご興味のある方は、
jinsproject@gmail.com までご連絡をお待ちしております。
JIN'S PROJECT
節分ボランティアを行いましたので、ご報告させていただきます。
今回の企画は、前回迄と同様、地域コミュニティー構築のお手伝いを目的とし、
地域の皆様と一緒に恵方巻を作り、豆まきを行うという内容でした。
到着は2月2日の夜でした。想像していたより積雪も無くスムーズでに到着しました。
今回の真野地区への訪問は3度目という事もあり、
仮設の皆さんが迎えてくれました。
その日はそのまま親睦会となり地域のお酒や差し入れを
沢山いただき、再会を喜び合う内容でした。
仮設の皆さんのおもてなしに、心が温かくなりました。
前回同様、震災当時の大変な生活等貴重なお話を沢山聞かせていただきました。
今後暖かくなってから仮設と地区が共同で行うイベント内容を検討するため、
地区から区長さん方もお呼びし、和やかな雰囲気の中、
仮設と地区の今後についても話をすることができました。
また、お風呂に関してですが、
この日は仮設住民の方のご好意により個人のお宅のお風呂をいただくことが
出来ました。
初めて入る仮設のお風呂。単身者用のアパートに備え付けてあるようなお風呂で、
お借りしたお宅ではご家族5人が毎日順番にお風呂に入っておられます。
きっと震災前は、もっと広くてゆったりとしたお風呂に入られていたはずです。
震災から間もなく2年。色々と考えさせられるものがありました。
2月3日は、朝から仮設の方と地区の子供さん、
その親御さんが参加し、皆で恵方巻作りの準備から始めました。
内容は、住民の皆様に、仮設住宅の軒数分の恵方巻を作ってもらう事と、
その場で自分たちが食べる分を作るというものでした。
老若男女40人ほどが集まり、大人も子供も一緒になって恵方巻を作りました。
特に親子が一緒になって恵方巻を作る様子が印象的で、
あっという間に40本近くの恵方巻が出来上がり、
皆で南南東を向いて、頬張りました。

その後は、ボランティア2名が鬼に扮し豆まき大会。
仮設住宅を一軒一軒訪問して、厄払いをしてもらい、
皆で作った恵方巻を配りました。
豆まきは、仮設住宅を訪問するかたちなので、普段お見えにならない
住民の方々のお顔も拝見でき、
コミュニケーションも少なからず図れたのではないかと思います。

冬のイベントは寒いので、なかなか住民の方も出にくい内容がありました。
しかし企画の内容によって全体を巻き込んでいく事は可能でした。
特に子供達も一緒に出来るイベントが喜ばれるという印象をうけました。
訪問の回数を重ねていくことで、もっとニーズにあった事が出来、
また少しづつでもイベントに出てきてくださる方々が増えていけばいいな
と思います。
私達の活動は、沢山の皆様に支えられて成り立っております。
ご協力いただいている皆様、本当にありがとうございます。
当方は、今後も様々な活動を継続予定です。
現地での活動にご興味のある方は、
jinsproject@gmail.com までご連絡をお待ちしております。
JIN'S PROJECT
ボランティア参加者の方よりvol.43 dogwood編-18
dogwoodボランティアの動画です。
「dogwood Volunteer Movie」

【わんちゃんたちについて感じたこと】
わんちゃんたちがケースから出されて外の空気に触れたとたん、
嬉しさが爆発して走り出すのを見て、私の方まで嬉しくなりました。
わんちゃんたちが飼い主さんに会えなくて
狭いケースで長い時間過ごさないといけないことを考えると、
この散歩を大事にしたい。
出来るだけ自由に歩かせてあげたい。
帰りたくなるまで遊ばせてあげたい。
と思いながら散歩しました。
でも、こうして1匹の散歩の時間が長くなると、
ケースの中で待っているわんちゃんの散歩時間が短くなってしまう。
スタッフさんの帰宅時間も遅くなってしまう。
難しい塩梅です。
貴重なお散歩の時間、誰かと触れ合える短い時間を、
わんちゃんたちは噛み締めているかのように見えました。
早く飼い主さんや里親さんと一緒に暮らせる日が来ることを祈ります。
【dogwoodのスタッフさんたちについて感じたこと】
わんちゃんのお世話、お散歩を、このようにひたすら毎日
続けているのかと思うと、なんとも言えない、頭の下がる思いでした。
夜、スタッフさんたちは、サラリーマンである私の残業時間以上に
遅い時間までお散歩をされているとのことです。
私達女性ボランティアは、お風呂の関係で9時半くらいに終了させていただきましたが、
スタッフさんは1時くらいに帰宅されました。
スタッフさんたちはきっと、体力や自分の時間が削られても、
飼い主さんと離れ離れになったわんちゃんたちを思うと、
頑張れてしまう。やらなきゃ。というところから
モチベーションが沸いているのではないかと、勝手ながら想像しました。
ボランティアによるお散歩のお手伝いが
どれだけ必要であるかを、身を持って知りました。
またdogwoodさんのボランティアでお手伝いをさせていただければと思います。
今回は本当にありがとうございました。
ボランティア Saori.H

「dogwood Volunteer Movie」

【わんちゃんたちについて感じたこと】
わんちゃんたちがケースから出されて外の空気に触れたとたん、
嬉しさが爆発して走り出すのを見て、私の方まで嬉しくなりました。
わんちゃんたちが飼い主さんに会えなくて
狭いケースで長い時間過ごさないといけないことを考えると、
この散歩を大事にしたい。
出来るだけ自由に歩かせてあげたい。
帰りたくなるまで遊ばせてあげたい。
と思いながら散歩しました。
でも、こうして1匹の散歩の時間が長くなると、
ケースの中で待っているわんちゃんの散歩時間が短くなってしまう。
スタッフさんの帰宅時間も遅くなってしまう。
難しい塩梅です。
貴重なお散歩の時間、誰かと触れ合える短い時間を、
わんちゃんたちは噛み締めているかのように見えました。
早く飼い主さんや里親さんと一緒に暮らせる日が来ることを祈ります。
【dogwoodのスタッフさんたちについて感じたこと】
わんちゃんのお世話、お散歩を、このようにひたすら毎日
続けているのかと思うと、なんとも言えない、頭の下がる思いでした。
夜、スタッフさんたちは、サラリーマンである私の残業時間以上に
遅い時間までお散歩をされているとのことです。
私達女性ボランティアは、お風呂の関係で9時半くらいに終了させていただきましたが、
スタッフさんは1時くらいに帰宅されました。
スタッフさんたちはきっと、体力や自分の時間が削られても、
飼い主さんと離れ離れになったわんちゃんたちを思うと、
頑張れてしまう。やらなきゃ。というところから
モチベーションが沸いているのではないかと、勝手ながら想像しました。
ボランティアによるお散歩のお手伝いが
どれだけ必要であるかを、身を持って知りました。
またdogwoodさんのボランティアでお手伝いをさせていただければと思います。
今回は本当にありがとうございました。
ボランティア Saori.H

第12回dogwoodボランティア終了のご報告
1月26~27日にかけ、
「第12回dogwoodボランティア」を行いましたので、
ご報告させていただきます。
この週末は、仙台でも珍しいくらいの大雪が降り、
雪の中での作業は、
寒さや路面の凍結などに気をつけながらの活動となりました。
雪の影響の為、外に出れないわんちゃん、駐車場のみの距離の短い散歩の
わんちゃんもいましたが、逆に雪の中で大はしゃぎするわんちゃんも沢山いました!

今回は雪の影響の為、東京から仙台に着くまでの高速道路が
一時通行止めになるなど、ボランティア活動をする際の情報の大切さを
再認識しました。
今後も危機管理をしながらのボランティア活動して行きたいと思います。
仙台現地には12時半に頃に着き、
散歩・洗濯・掃除の活動を22時頃まで行いました。
20時頃からは雪も強くなり吹雪の中で散歩となりました。
翌日はdogwoodでお昼までボランティア活動をした後に、
閖上さいこう市場で昼食を取り、閖上の被災地を視察した後、
閖上で実際に被災にあった方の仮設住宅にお伺いさせて頂きました。
現状の仮設住宅での不自由していることや
仮設によっては、ボランティアがほとんど来なくなってしまた状況など、
様々なお話を聞かせて頂きました。
お聞きした内容を今後の活動につなげていければと思います。

JIN'S PROJECTは、今後もdogwoodボランティアを継続していく予定です。
もし動物が好きな方で少しでも興味を持ってくださった方、
日程が合えば、ボランティアにご参加頂けるという方がおられましたら、
jinsproject@gmail.com までご連絡宜しくお願い致します。
JIN'S PROJECT
「第12回dogwoodボランティア」を行いましたので、
ご報告させていただきます。
この週末は、仙台でも珍しいくらいの大雪が降り、
雪の中での作業は、
寒さや路面の凍結などに気をつけながらの活動となりました。
雪の影響の為、外に出れないわんちゃん、駐車場のみの距離の短い散歩の
わんちゃんもいましたが、逆に雪の中で大はしゃぎするわんちゃんも沢山いました!

今回は雪の影響の為、東京から仙台に着くまでの高速道路が
一時通行止めになるなど、ボランティア活動をする際の情報の大切さを
再認識しました。
今後も危機管理をしながらのボランティア活動して行きたいと思います。
仙台現地には12時半に頃に着き、
散歩・洗濯・掃除の活動を22時頃まで行いました。
20時頃からは雪も強くなり吹雪の中で散歩となりました。
翌日はdogwoodでお昼までボランティア活動をした後に、
閖上さいこう市場で昼食を取り、閖上の被災地を視察した後、
閖上で実際に被災にあった方の仮設住宅にお伺いさせて頂きました。
現状の仮設住宅での不自由していることや
仮設によっては、ボランティアがほとんど来なくなってしまた状況など、
様々なお話を聞かせて頂きました。
お聞きした内容を今後の活動につなげていければと思います。

JIN'S PROJECTは、今後もdogwoodボランティアを継続していく予定です。
もし動物が好きな方で少しでも興味を持ってくださった方、
日程が合えば、ボランティアにご参加頂けるという方がおられましたら、
jinsproject@gmail.com までご連絡宜しくお願い致します。
JIN'S PROJECT
【語りきれないこと 後編】
19日のボランティアセミナーで伝えきれなかったこととして。
【語りきれないこと 後編】
この2年近くの活動のなかで
自分も多くの失敗をしてきた。
被災者と被災者ではないひと両方の善意と苦労を見てきたからこそ、
言えなかったことがある。
それによって間違いを引き起こしたことも事実だ。
その間違いを繰り返したくない。
間違いを繰り返さない為にも、少しでも、ボランティアをする人は、
自分たちは誰がするのかではなく、誰にするのかを考える必要がある。
『考える』
被災直後、何が起こったのか理解出来ず、
整理をするにも自分のなかで受け止められない。
そんななか、とりあえず避難所に逃げた。
3月、まだ冷え込む、暖房の効かない体育館での生活。
住み慣れた空間、住む空間が無くなるのは、ひとにとって手足をもぎとられるに
等しいものだ。
これまでの生活で染み付いた所作を、体の内部に閉じ込めなければならない。
他人とのむき出しの生活のなか、ごく普通の振る舞い、無意識の行動をすべて
意識してやらねばならなず、緊張がほどける瞬間がなかったはずだ。
眠っているときすら、心身は休まらなかったはずだ。
当然、ぎすぎすした空気が立ち込る。
他人のイビキ、赤ちゃんのぐずる声にいらいらを抑えきれない。
ついつい攻撃的になってしまい、そのことも自分が一番分かっているので、
気持ちがささくれだす。
その一方で、他人の優しさや温かさが降りかかって来たとき、
慟哭として噴き出すような気持ちを覚えたはずだ。
いずれにしろ、今までにない他人との接触に心は途方もなく、感じやすく、
傷つきやすくなり、自分のなかのぶれは腫れ上がったはずだ。
『語りなおす』
また自分の生活に欠かせないものを失い、その場にうずくまるひと。
これから背負うものに押し潰れそうになっているひと。
心を整理するのにはどれほどの時間が必要か。
そもそも何から始めたら良いのか。
考えるということすら出来なかった状態がずっと続いていたのに違いない。
「戦地にも日常は訪れる」という言葉がある。
だが、それは自分の空間、時間があってこその話だ。
それが無ければ、自分の支点が無く、バラバラになってしまったままだ。
そんな問題を抱えたまま、ひとに話せず、自分のなかに閉じ込めてしまっていたこと。
5歳になる自分の子供を2日間捜し歩き、やっとの思いで再会でき、
2日間何も飲まず、食べずにいたと知る。
自分の手元に食べ物、お金が無く、目の前の店には水とパンがあったとしたら、
あなただったらどうする。
罪に悩まされ、大きな喪失経験をして本当の自分に気付いたひとは
真実を語りなおすことを求めるのではないか。
『聴く』
「ガレキ」を早くかたづけろという甲高い言葉に耳を傾けている自分たちからみれば、
ただ破壊され、流されてどこにいったか分からぬものだ。
しかし、そのひとつひとつが誰かの想いが染み込んだものであり、かけがえのない
ものであったはずだ。
それを「ガレキ」のひとことで片付けられてはたまらないと、低い声にまでは耳を
傾けない。
ただ聴くと言っても、被災地に行ってる人は話をしたり、聴いているだろう。
専門のカウンセラー等が、職務を全うしているだろう。
では何故、「心のケア、お断り」という言葉が、避難所、今であれば仮設住宅の
集会所にでているのかを考える必要がある。
本当の話を聴いてもらいたいこと。
他の誰かに話を出来ないが、自分が信用してるひとには話を聴いてもらいたいこと。
突然知らないカウンセラーが来て、話を聴きますといってもあなただったら
聴いてもらいたいと考えるのか。
カウンセラーが、必要ない、悪いと言ってるのではない。
そもそも誰がカウンセラーにお願いしたのか。
そこが、問題だ。
ボランティアが話を聴くといってもあなただったら、辛いことがあったときに
知らない人が来て、
「どうしましたか?」
「頑張ってください」
と声を掛けられたら、どういった反応をしめすのか。
では、誰に話すかというと。
何が良いのかは、被災者ではない自分たちが決めることではない。
そこにいる被災者のひとたちが、決めることだ。
『語りにくさ』
言葉とは、ひととひとを繋ぐものだけではなく、ひととひとを切り離すものともなる。
炊き出し等で良く聞いた
「おいしいですか?」
外から来てせっかく作ってくれた人に聞かれたら、どんなものでも答えはきっと
こうだろう。
「おいしいです。」
何故「おいしいね」と言える環境を作ろうとしなかったのか。
それとも、出来なかったのか。
出来ないなら、何故できるようにしなかったのか。
材料を持ってきて、今日何が食べたいと聴いて、一緒に調理をして、同じ食卓を
囲み、同じものを食べるだけで、どんなものでも「おいしいね」と言えたはずだ。
『待つこと』
自分たちは、被災者に被災者の役割を押し付けずに、
「待つ」ということも必要なのではないか。
ボランティアに行くひとは、そこに辿りつくまで多くの時間とお金を使う。
そこに行ったからには何かをしたい、何かをしなければと考えるのは当然だ。
だが、何もすることはない、何も出来なかったからといって無理に何かをやる
必要はない。
今は何も出来なかったからといって誰も責めること出来ない。
あなたは復興の過程というものを自分の目で見たはずだ。
それだけでも充分なはずだ。
大切なのは、
どれだけたくさんのことをしたかではなく、
どれだけ心をこめたかということだ。
よく被災地に行って、自分の思っていたボランティアと違うという意見を聞く。
そのひとは、自分の壊した世界でボランティアを行うと良いだろう。
自分ひとりの世界なら、誰も文句はない。
東日本大震災のボランティアに限っていえば、自然が壊したものであり、
そこには多くの被災者や多くの関係者がいるのだから、自分の思っている
ボランティアを主張すべきではない。
そう思っている時点で、ボランティアに行くのを考えた方が良いだろう。
自分たちが考える「これから」、
被災者が考える「これから」。
果たして同じ「これから」なのか。
繰り返しになるが、被災者ではない自分たちが決めることではない。
そこにいる被災者のひとたちが、決めることだ。
ボランティアは、被災者の「これから」を手伝える存在でしかあり得ない。
今は何でも行政、他人の責任にしたがる傾向がある。
本来、市場や行政が介入してはいけない部分ということがあるはずだ。
同じようにボランティアが介入してはいけない部分もあるはずだ。
ボランティアや市場、行政は互いに介入してはいけない部分を見極めること。
そこをよくよく考える必要がある。
勘違いしないで欲しい。
全て駄目だと言っている訳ではない。
ただ、駄目なものは駄目とはっきり分かったうえでボランティアに行って欲しい。
いいよ、いいよだけでは、なにも解決しないということだ。
その為にも多くのことを考えて語っていく必要がある。
ボランティアで、すぐに結果が出ないこともある。
ただ、震災体験したひと、被災者にも、今は語りきれないことがたくさんある。
そのことは、もう少し待って欲しい。
JIN'S PROJECT
折尾仁

【語りきれないこと 後編】
この2年近くの活動のなかで
自分も多くの失敗をしてきた。
被災者と被災者ではないひと両方の善意と苦労を見てきたからこそ、
言えなかったことがある。
それによって間違いを引き起こしたことも事実だ。
その間違いを繰り返したくない。
間違いを繰り返さない為にも、少しでも、ボランティアをする人は、
自分たちは誰がするのかではなく、誰にするのかを考える必要がある。
『考える』
被災直後、何が起こったのか理解出来ず、
整理をするにも自分のなかで受け止められない。
そんななか、とりあえず避難所に逃げた。
3月、まだ冷え込む、暖房の効かない体育館での生活。
住み慣れた空間、住む空間が無くなるのは、ひとにとって手足をもぎとられるに
等しいものだ。
これまでの生活で染み付いた所作を、体の内部に閉じ込めなければならない。
他人とのむき出しの生活のなか、ごく普通の振る舞い、無意識の行動をすべて
意識してやらねばならなず、緊張がほどける瞬間がなかったはずだ。
眠っているときすら、心身は休まらなかったはずだ。
当然、ぎすぎすした空気が立ち込る。
他人のイビキ、赤ちゃんのぐずる声にいらいらを抑えきれない。
ついつい攻撃的になってしまい、そのことも自分が一番分かっているので、
気持ちがささくれだす。
その一方で、他人の優しさや温かさが降りかかって来たとき、
慟哭として噴き出すような気持ちを覚えたはずだ。
いずれにしろ、今までにない他人との接触に心は途方もなく、感じやすく、
傷つきやすくなり、自分のなかのぶれは腫れ上がったはずだ。
『語りなおす』
また自分の生活に欠かせないものを失い、その場にうずくまるひと。
これから背負うものに押し潰れそうになっているひと。
心を整理するのにはどれほどの時間が必要か。
そもそも何から始めたら良いのか。
考えるということすら出来なかった状態がずっと続いていたのに違いない。
「戦地にも日常は訪れる」という言葉がある。
だが、それは自分の空間、時間があってこその話だ。
それが無ければ、自分の支点が無く、バラバラになってしまったままだ。
そんな問題を抱えたまま、ひとに話せず、自分のなかに閉じ込めてしまっていたこと。
5歳になる自分の子供を2日間捜し歩き、やっとの思いで再会でき、
2日間何も飲まず、食べずにいたと知る。
自分の手元に食べ物、お金が無く、目の前の店には水とパンがあったとしたら、
あなただったらどうする。
罪に悩まされ、大きな喪失経験をして本当の自分に気付いたひとは
真実を語りなおすことを求めるのではないか。
『聴く』
「ガレキ」を早くかたづけろという甲高い言葉に耳を傾けている自分たちからみれば、
ただ破壊され、流されてどこにいったか分からぬものだ。
しかし、そのひとつひとつが誰かの想いが染み込んだものであり、かけがえのない
ものであったはずだ。
それを「ガレキ」のひとことで片付けられてはたまらないと、低い声にまでは耳を
傾けない。
ただ聴くと言っても、被災地に行ってる人は話をしたり、聴いているだろう。
専門のカウンセラー等が、職務を全うしているだろう。
では何故、「心のケア、お断り」という言葉が、避難所、今であれば仮設住宅の
集会所にでているのかを考える必要がある。
本当の話を聴いてもらいたいこと。
他の誰かに話を出来ないが、自分が信用してるひとには話を聴いてもらいたいこと。
突然知らないカウンセラーが来て、話を聴きますといってもあなただったら
聴いてもらいたいと考えるのか。
カウンセラーが、必要ない、悪いと言ってるのではない。
そもそも誰がカウンセラーにお願いしたのか。
そこが、問題だ。
ボランティアが話を聴くといってもあなただったら、辛いことがあったときに
知らない人が来て、
「どうしましたか?」
「頑張ってください」
と声を掛けられたら、どういった反応をしめすのか。
では、誰に話すかというと。
何が良いのかは、被災者ではない自分たちが決めることではない。
そこにいる被災者のひとたちが、決めることだ。
『語りにくさ』
言葉とは、ひととひとを繋ぐものだけではなく、ひととひとを切り離すものともなる。
炊き出し等で良く聞いた
「おいしいですか?」
外から来てせっかく作ってくれた人に聞かれたら、どんなものでも答えはきっと
こうだろう。
「おいしいです。」
何故「おいしいね」と言える環境を作ろうとしなかったのか。
それとも、出来なかったのか。
出来ないなら、何故できるようにしなかったのか。
材料を持ってきて、今日何が食べたいと聴いて、一緒に調理をして、同じ食卓を
囲み、同じものを食べるだけで、どんなものでも「おいしいね」と言えたはずだ。
『待つこと』
自分たちは、被災者に被災者の役割を押し付けずに、
「待つ」ということも必要なのではないか。
ボランティアに行くひとは、そこに辿りつくまで多くの時間とお金を使う。
そこに行ったからには何かをしたい、何かをしなければと考えるのは当然だ。
だが、何もすることはない、何も出来なかったからといって無理に何かをやる
必要はない。
今は何も出来なかったからといって誰も責めること出来ない。
あなたは復興の過程というものを自分の目で見たはずだ。
それだけでも充分なはずだ。
大切なのは、
どれだけたくさんのことをしたかではなく、
どれだけ心をこめたかということだ。
よく被災地に行って、自分の思っていたボランティアと違うという意見を聞く。
そのひとは、自分の壊した世界でボランティアを行うと良いだろう。
自分ひとりの世界なら、誰も文句はない。
東日本大震災のボランティアに限っていえば、自然が壊したものであり、
そこには多くの被災者や多くの関係者がいるのだから、自分の思っている
ボランティアを主張すべきではない。
そう思っている時点で、ボランティアに行くのを考えた方が良いだろう。
自分たちが考える「これから」、
被災者が考える「これから」。
果たして同じ「これから」なのか。
繰り返しになるが、被災者ではない自分たちが決めることではない。
そこにいる被災者のひとたちが、決めることだ。
ボランティアは、被災者の「これから」を手伝える存在でしかあり得ない。
今は何でも行政、他人の責任にしたがる傾向がある。
本来、市場や行政が介入してはいけない部分ということがあるはずだ。
同じようにボランティアが介入してはいけない部分もあるはずだ。
ボランティアや市場、行政は互いに介入してはいけない部分を見極めること。
そこをよくよく考える必要がある。
勘違いしないで欲しい。
全て駄目だと言っている訳ではない。
ただ、駄目なものは駄目とはっきり分かったうえでボランティアに行って欲しい。
いいよ、いいよだけでは、なにも解決しないということだ。
その為にも多くのことを考えて語っていく必要がある。
ボランティアで、すぐに結果が出ないこともある。
ただ、震災体験したひと、被災者にも、今は語りきれないことがたくさんある。
そのことは、もう少し待って欲しい。
JIN'S PROJECT
折尾仁

【語りきれないこと 前編】
19日のボランティアセミナーで伝えきれなかったこととして。
「語りきれないこと 前編」
日本は、これまでの歴史、特に近代について良くない部分は伏せてきたのか、
ひとびとが目を背けてきたのか分からないが、
本来見直すことを避けてきたのではないだろうか。
それに比べてボランティア元年といわれてから、18年。
18年の歴史は、まだ浅く見直すには遅すぎることはないだろう。
何故見直す必要があるのか。
東日本大震災から今日まで多くのひとが
「何かできることはないか」「自分たちに出来ること」を探したはずだ。
探しながら、走り続け何が正しいのか、間違っているのか
判断がつかないままになっていることがあるのは、
ひとからの話、報道などで言うまではないだろう。
自分たちはいま破滅的な時代に生きている。
1万キロ近く離れているアルジェリアでの痛ましいニュースが
生中継で入ってくる時代に生きて。
目のまわるような速さで進んでいる時間を。
少しの変化にも順応する時間もないくらいに。
生活も、感情もひとに対する考え方も置き去りにしてはいないか。
日々の日常と同じように、早く成果を求めすぎていないか。
被災者と被災者ではない自分たちと同じ時間の結果を求めすぎてないか。
「どうしたらいいの?」「何をしたらいいの?」 と解決策を急いで求めるのではなく、
「これから本当に考えていかないといけないことは何?」
といった、問題の本当の所在についての問いへ移行する必要がある。
ボランティアをするにあたり、
自分たちはいつ、どこの、誰にするのかを考える必要がある。
それから解決策を求めてからでも遅くはないはずだ。
JIN'S PROJECT
折尾仁
「語りきれないこと 前編」
日本は、これまでの歴史、特に近代について良くない部分は伏せてきたのか、
ひとびとが目を背けてきたのか分からないが、
本来見直すことを避けてきたのではないだろうか。
それに比べてボランティア元年といわれてから、18年。
18年の歴史は、まだ浅く見直すには遅すぎることはないだろう。
何故見直す必要があるのか。
東日本大震災から今日まで多くのひとが
「何かできることはないか」「自分たちに出来ること」を探したはずだ。
探しながら、走り続け何が正しいのか、間違っているのか
判断がつかないままになっていることがあるのは、
ひとからの話、報道などで言うまではないだろう。
自分たちはいま破滅的な時代に生きている。
1万キロ近く離れているアルジェリアでの痛ましいニュースが
生中継で入ってくる時代に生きて。
目のまわるような速さで進んでいる時間を。
少しの変化にも順応する時間もないくらいに。
生活も、感情もひとに対する考え方も置き去りにしてはいないか。
日々の日常と同じように、早く成果を求めすぎていないか。
被災者と被災者ではない自分たちと同じ時間の結果を求めすぎてないか。
「どうしたらいいの?」「何をしたらいいの?」 と解決策を急いで求めるのではなく、
「これから本当に考えていかないといけないことは何?」
といった、問題の本当の所在についての問いへ移行する必要がある。
ボランティアをするにあたり、
自分たちはいつ、どこの、誰にするのかを考える必要がある。
それから解決策を求めてからでも遅くはないはずだ。
JIN'S PROJECT
折尾仁
【続ける】
19日のボランティアセミナーで伝えきれなかったこととして。
「続ける」
被災地で働いている職員のひとが亡くなったというニュースが入った。
原因は、自殺。
彼には、自分に分からない何かがあったのだろう。
19日の来場者のひとから、
「被災者、折尾さんみたいな震災体験をしたひとに、
何もしてこなかったひとは、どう接すれば良いのか?」
という問いに、自分も震災体験をしたひとなんだと気づかされた。
残念ながら、明確な答は今でも言えないが、ひとつ言えるのは、
「有り難うございます」
自分は被災者ではないのだから、弱音を言ってはいけない。
「震災体験、被災者」ひとつにしてはいけないと思っていた自分には、
とても有り難い言葉だし、とても救われた言葉だ。
彼もそのことでも、悩んでいたのかもしれない。
今はまだ、すべてが終わったわけではない。
今だに被災地は不安定な状態である。
そして何より福島では、危機的な状況が続いている。
子供たちは、すでにみな安全な場所に避難したのだろうか?
福島で生活するひと、働くひとの健康、心は壊れていないか?
彼らも、また、いつ自ら命を絶つかは分からない。
犠牲になったひとを蘇らせることは出来ない。
19日の芝居の題材で取り上げたひとを、自分は救うことは出来なかった。
残念だが、それは認めるしかない。
今はただ生き続けるべきで、生きていくこそが最も重要だ。
生き続けて、働き続ける。
そして今でも助け合う、自分たちに出来ることといえばそれだけだ。
自分はその為に続けている。
震災、震災体験を忘れることは出来なくとも、
少なくとも生活することは出来る。
以前の生活を取り戻すことも出来る。
普通に生活をすることで、人生も続いていく。
破壊は簡単だが、構築は難しい。
そして今、人びとが再構築しなければならないのは、
地震と津波が破壊し尽くしたもの。
ほんの一瞬でそれは起こり、それですべてが破壊された。
それは街でもあり、ものでもあり、心だ。
元の状態に戻すのは簡単ではないし、
もしかすると数十年かかるかもしれない。
あなたがたは震災から、一年十ヶ月頑張ってきた。
だが、それを、これからも続けなければならない。
そんなあなたがたを助けていきたいひとが、まだたくさんいる。
ただ、どうして良いのか分からないだけだ。
繰り返すが、生き続けて欲しい。
自ら命を絶たなければならない、状態を少しでも無くして欲しい。
そして、日本を元の状態に戻して欲しい。
あなたがたには、それが出来るのだから。
JIN'S PROJECT
折尾仁
「続ける」
被災地で働いている職員のひとが亡くなったというニュースが入った。
原因は、自殺。
彼には、自分に分からない何かがあったのだろう。
19日の来場者のひとから、
「被災者、折尾さんみたいな震災体験をしたひとに、
何もしてこなかったひとは、どう接すれば良いのか?」
という問いに、自分も震災体験をしたひとなんだと気づかされた。
残念ながら、明確な答は今でも言えないが、ひとつ言えるのは、
「有り難うございます」
自分は被災者ではないのだから、弱音を言ってはいけない。
「震災体験、被災者」ひとつにしてはいけないと思っていた自分には、
とても有り難い言葉だし、とても救われた言葉だ。
彼もそのことでも、悩んでいたのかもしれない。
今はまだ、すべてが終わったわけではない。
今だに被災地は不安定な状態である。
そして何より福島では、危機的な状況が続いている。
子供たちは、すでにみな安全な場所に避難したのだろうか?
福島で生活するひと、働くひとの健康、心は壊れていないか?
彼らも、また、いつ自ら命を絶つかは分からない。
犠牲になったひとを蘇らせることは出来ない。
19日の芝居の題材で取り上げたひとを、自分は救うことは出来なかった。
残念だが、それは認めるしかない。
今はただ生き続けるべきで、生きていくこそが最も重要だ。
生き続けて、働き続ける。
そして今でも助け合う、自分たちに出来ることといえばそれだけだ。
自分はその為に続けている。
震災、震災体験を忘れることは出来なくとも、
少なくとも生活することは出来る。
以前の生活を取り戻すことも出来る。
普通に生活をすることで、人生も続いていく。
破壊は簡単だが、構築は難しい。
そして今、人びとが再構築しなければならないのは、
地震と津波が破壊し尽くしたもの。
ほんの一瞬でそれは起こり、それですべてが破壊された。
それは街でもあり、ものでもあり、心だ。
元の状態に戻すのは簡単ではないし、
もしかすると数十年かかるかもしれない。
あなたがたは震災から、一年十ヶ月頑張ってきた。
だが、それを、これからも続けなければならない。
そんなあなたがたを助けていきたいひとが、まだたくさんいる。
ただ、どうして良いのか分からないだけだ。
繰り返すが、生き続けて欲しい。
自ら命を絶たなければならない、状態を少しでも無くして欲しい。
そして、日本を元の状態に戻して欲しい。
あなたがたには、それが出来るのだから。
JIN'S PROJECT
折尾仁
「経験した事は忘れない」
めぐろボランティア・区民活動センターにて、
ボランティアセミナーを行いました。
僕は何を伝えたら良いかずっと迷っていました。
理由は、被災地を経験した人、被災地を見た人、被災地を知らない人
それぞれの経験で想っている事が違うのに、僕の経験を話すことで、
一人一人の想いや気付く事を変えてしまうのではないかと。
オーディエンスの一人一人の顔を見ると、「話を聞きたい」という
熱が伝わってきて迷いは消えました。
内容は、僕が始めて被災地に入り時間を経て自身の心(人生)が
変化していく様子を伝えました。そこで僕は不覚にも涙してしまいました。
この震災で僕の周りの人は無事でした、その為どこか遠い場所の出来事でした。
しかしある時、死が身近に感じられました。
それは被災地の祭壇の前で祈り捧げている時です。
目を閉じていると「この場所で、ここで、大勢の人が死んだ」
理不尽に命を亡くした人達、その人達を愛している人達、
その事を想うと涙が溢れました。
セミナーの場でもその事は思い出されました。
そして「人は経験した事はどんな力も奪えない」
という言葉を思い出し、僕は目の前の人に全力で語りかけました。
話を聞きに来てくれた方々に、
大切なものを一つでも伝えられることが出来たと思います。
JIN'S PROJECT
松本隆太

ボランティアセミナーを行いました。
僕は何を伝えたら良いかずっと迷っていました。
理由は、被災地を経験した人、被災地を見た人、被災地を知らない人
それぞれの経験で想っている事が違うのに、僕の経験を話すことで、
一人一人の想いや気付く事を変えてしまうのではないかと。
オーディエンスの一人一人の顔を見ると、「話を聞きたい」という
熱が伝わってきて迷いは消えました。
内容は、僕が始めて被災地に入り時間を経て自身の心(人生)が
変化していく様子を伝えました。そこで僕は不覚にも涙してしまいました。
この震災で僕の周りの人は無事でした、その為どこか遠い場所の出来事でした。
しかしある時、死が身近に感じられました。
それは被災地の祭壇の前で祈り捧げている時です。
目を閉じていると「この場所で、ここで、大勢の人が死んだ」
理不尽に命を亡くした人達、その人達を愛している人達、
その事を想うと涙が溢れました。
セミナーの場でもその事は思い出されました。
そして「人は経験した事はどんな力も奪えない」
という言葉を思い出し、僕は目の前の人に全力で語りかけました。
話を聞きに来てくれた方々に、
大切なものを一つでも伝えられることが出来たと思います。
JIN'S PROJECT
松本隆太

1月12日(土) ボランティアセミナーにて 「ふるさと」という関係
去る、1月12日(土)
めぐろボランティア・区民活動センターにて、
私がボランティアとして被災地に伺った時の体験談を、話させていただきました。
会場に足を運んでくださった皆様、ありがとうございました。
また、めぐろボランティア・区民活動センターの皆様をはじめ、
このような機会を与えていただき、感謝いたします。
そもそも、それほど話が得意でもなく、
被災地で行った活動の中の「楽器(SteelPan)演奏」を少しだけ交えての話でしたが、
お耳ざわりな音や、また、気にさわるような言葉がありましたら、
ここでお詫びいたします。

さて、伝わりきらなかった部分もあると思いますので、
お話しした内容をまとめさせていただきます。
12日(土)は、被災地を訪れて新しい「ふるさと」が出来た、と話をさせていただきました。
それは愛着ができて、また、訪れたくなるようなところができたという意味です。
そして「ふるさと」は、場所や物ではなく、
地元の人とそこを訪れる人の関係だと思っています。
また、「ふるさと」は、訪れる人と地元の人が、
共に健全であることを要求するような関係だと思います。
人間、生きていると、無理もしますし、嘘もつきます。
そういう人が「ふるさと」を訪れると、
ちょっと反省させられ、浄化させられてしまうような関係です。
むろん、地元も健全さが無いと、そのような関係は築けません。
「ふるさと」は地元も健全であることを望んでいると思います。
今後も復興が進むにつれ、いろいろな問題が出てくると思います。
力は小さいのですが、
今後も「ふるさと」が健全であるための手助けが続けられたら、よいと考えています。
JIN'S PROJECT
末次 誠


めぐろボランティア・区民活動センターにて、
私がボランティアとして被災地に伺った時の体験談を、話させていただきました。
会場に足を運んでくださった皆様、ありがとうございました。
また、めぐろボランティア・区民活動センターの皆様をはじめ、
このような機会を与えていただき、感謝いたします。
そもそも、それほど話が得意でもなく、
被災地で行った活動の中の「楽器(SteelPan)演奏」を少しだけ交えての話でしたが、
お耳ざわりな音や、また、気にさわるような言葉がありましたら、
ここでお詫びいたします。

さて、伝わりきらなかった部分もあると思いますので、
お話しした内容をまとめさせていただきます。
12日(土)は、被災地を訪れて新しい「ふるさと」が出来た、と話をさせていただきました。
それは愛着ができて、また、訪れたくなるようなところができたという意味です。
そして「ふるさと」は、場所や物ではなく、
地元の人とそこを訪れる人の関係だと思っています。
また、「ふるさと」は、訪れる人と地元の人が、
共に健全であることを要求するような関係だと思います。
人間、生きていると、無理もしますし、嘘もつきます。
そういう人が「ふるさと」を訪れると、
ちょっと反省させられ、浄化させられてしまうような関係です。
むろん、地元も健全さが無いと、そのような関係は築けません。
「ふるさと」は地元も健全であることを望んでいると思います。
今後も復興が進むにつれ、いろいろな問題が出てくると思います。
力は小さいのですが、
今後も「ふるさと」が健全であるための手助けが続けられたら、よいと考えています。
JIN'S PROJECT
末次 誠




