ALSに対する関心と寄付をつのるために、氷水をかぶって動画をアップする人たちが話題になっています。
賛否両論で、見方もいろいろだなと思います。
氷水をかぶって身体に悪いとかいうのは、名指しされたら絶対にかぶらなければならないという勝手な解釈だと思います。それは自分の判断でよいでしょう。
目的は、こんな病気があることに今更気付き、他の人も多数が知らないから広めて支援の輪を広げることですから、パフォーマンスは何でもよいです。
名指されない人には名指されない寂しさもありますし、同じ支援しても注目度が違うので悔しさもあるかも知れません。動画のなかの人物がはしゃいでいるように見えることも不謹慎さを感じさせる要因でしょう。ですが、広告は中身を知らなくてもできるので、効果重視出良いと思います。
私はこの病気があるのは昔から知っていて支援をしたことはたぶんないです。多分というのは間接的な支援はわからないので。今後もしないでしょう。有名人でもなくこの手の動画を見ない私としては今後も何もしないでしょう。多くの方が言うように、難病はたくさんあり、これだけではないということが大きいです。
今は広島の土砂災害もあり、原発事故も終わっていません。たくさんある中で何を支援するかはその人次第です。多くの人は100ドルといえども複数はできません。自分が身近な問題に取り組むのです。
だからみなさんもっと気楽になりましょう。自分の行動に自信を持ち、批判はやめましょう。これで助かる人はいるでしょうから、悪いことではありません。
ネットは便利ですが、時に過剰な効果となり、自身の意図を越えてしまいます。良いほうに転べばよし、悪いほうに転がればどうしようもなくなります。今回はよい方向なのかと思います。
賛同はしませんが。
公営住宅は安全なところにつくろう。もしくは安全な建物をつくろう。
テレビで見ましたが、山がせまったところに民家が立ち並んでいます。
災害でいつも思うのは住んでいる人が危険性をまったく理解していないことです。危険かどうかの判断を人任せにしています。
危険だなと思ってはいたが、なんて言葉を聞くと本当に危険があるとは思っていなかったことがわかります。
皆さん、自分の住んでいるところ家族の住んでいるところを今一度確認しましょう。そしたら何を準備しておくか考えましょう。行政に頼っても死んでからでは遅いので自分でできることはしておきましょう。
東野圭吾について、思ったこと。あまりたくさんよんだわけでもないのですが。
ガリレオシリーズと名探偵の掟ぐらいです。
名探偵の掟で、主人公がいきなり女子大生になったり、テレビの台本のような記述になったり、無理矢理な動機のこじつけがあったりします。最後の動機のこじつけは作者が言っているわけではないですが、せれも名探偵小説のお決まりです。若くて売れなかった頃、やけで書いたそうですが、私はテレビドラマで見まして面白かったので読みました。すでにテレビでは若い女性刑事が出るなど書いている内容がにじみでていました。
まさか本人がしないだろうと思っていたら、ガリレオがシリーズ化したため、原作に若い女性刑事を登場させました。テレビ化のために登場させたので、無理矢理です。登場はスペシャルゲスト的でしたが、次からレギュラー化しました。このときの文章がひどくて一瞬読むのをやめようかとおもうほどです。無理矢理引き立てようとし過ぎで、前の主人公の友人である刑事を貶めます。これまで、主人公と大学時代のクラブからの付き合いの信頼関係は消え失せ、唐突に湧いた男女の信頼関係に変わります。ここで、名探偵の掟で筆者の言うように読者層が完全に変わります。物理学を利用した少し毛色の違った推理小説を楽しんでいた読者のうち大半は無用な恋愛プロセスを嫌い離れていき、逆に月9を見る層が読者として意識されるようになります。
作者がかつて分析したように、テレビ化されるのが羨ましかったのでしょう、その通りに変えていきました。これを才能というのだと思いますが、よほど売れなかったときがつらかったのでしょう、売れるためにできることをする彼のプロ魂に敬服します。
中には原作は原作、テレビはテレビという推理作家もいるので。どちらが良いかは読者次第で、どちらも残っている人がさすがだということかと。
私は西村京太郎もかつては読みましたが、最近は面倒になっちゃったのとパターンに飽きたのか、読まなくなりました。最近はガリレオのような軽いものになりました。
そういえば、ガリレオ先生も遠出をするようになったなぁ。たぶん学会で海外にも行くんじゃないかな。名探偵の掟によれば、これもテレビ化の影響だそうだ。旅情気分を味わうということらしいです。