東野圭吾について、思ったこと。あまりたくさんよんだわけでもないのですが。
ガリレオシリーズと名探偵の掟ぐらいです。
名探偵の掟で、主人公がいきなり女子大生になったり、テレビの台本のような記述になったり、無理矢理な動機のこじつけがあったりします。最後の動機のこじつけは作者が言っているわけではないですが、せれも名探偵小説のお決まりです。若くて売れなかった頃、やけで書いたそうですが、私はテレビドラマで見まして面白かったので読みました。すでにテレビでは若い女性刑事が出るなど書いている内容がにじみでていました。
まさか本人がしないだろうと思っていたら、ガリレオがシリーズ化したため、原作に若い女性刑事を登場させました。テレビ化のために登場させたので、無理矢理です。登場はスペシャルゲスト的でしたが、次からレギュラー化しました。このときの文章がひどくて一瞬読むのをやめようかとおもうほどです。無理矢理引き立てようとし過ぎで、前の主人公の友人である刑事を貶めます。これまで、主人公と大学時代のクラブからの付き合いの信頼関係は消え失せ、唐突に湧いた男女の信頼関係に変わります。ここで、名探偵の掟で筆者の言うように読者層が完全に変わります。物理学を利用した少し毛色の違った推理小説を楽しんでいた読者のうち大半は無用な恋愛プロセスを嫌い離れていき、逆に月9を見る層が読者として意識されるようになります。
作者がかつて分析したように、テレビ化されるのが羨ましかったのでしょう、その通りに変えていきました。これを才能というのだと思いますが、よほど売れなかったときがつらかったのでしょう、売れるためにできることをする彼のプロ魂に敬服します。
中には原作は原作、テレビはテレビという推理作家もいるので。どちらが良いかは読者次第で、どちらも残っている人がさすがだということかと。
私は西村京太郎もかつては読みましたが、最近は面倒になっちゃったのとパターンに飽きたのか、読まなくなりました。最近はガリレオのような軽いものになりました。
そういえば、ガリレオ先生も遠出をするようになったなぁ。たぶん学会で海外にも行くんじゃないかな。名探偵の掟によれば、これもテレビ化の影響だそうだ。旅情気分を味わうということらしいです。