大阪都構想は、あまり関係がなく、よく知りませんが、要は二重行政をなくすためということだったみたいだ。
大阪市民は、わずかながら反対した。回りから見ている野次馬としては、つまらない結果である。大阪は何かしでかしてくれるような期待感があったが割りと保守的だったみたいだ。僅差ではあったが決定は決定。
自民党と共産党が共闘したのも目新しい。菅官房長官は「あり得ないこと」と言ったが、意見が同じなら協力はしていいんじゃないかな。
維新の会は、改憲肯定派だが、それが理由でもなさそうだ。辻本某が、昔一時的に活躍した元衆院議員だが、「二重行政」は都構想なくても排除できると言ったが、今できていないところを見るとできないのだろう。既存組織は、既得権の固まりである。既得権を守りたい人が多かったと言うこと。24も区があるのも馬鹿馬鹿しい気がする。
ある人が、街頭インタビューで、「本当に大阪のためを思うなら辞めずに頑張って」と言っていたが、それは普通できないでしょ。政治家の言葉が軽くなりすぎる。
いろんなことがあったが、大阪はただのたこ焼きの町に戻りました。橋本氏は、ただの失言弁護士兼TVタレントに戻るのでしょう。その方が楽で楽しいはず。
橋本氏には、長く楽しませてくれてありがとうと言いたい。
米軍はISに対してデルタフォースを派遣し幹部を殺害しその妻を拘束した。
最近、米国は陸軍を派遣しなくなったと書いたが、やめたわけではなかった。
ソマリアと異なるのは、関連組織と同意が事前にあったこと、夜間であったことである。夜間は装備の差が大きく影響し米軍に有利である。
しかし、作戦立案も実行もやはり米国しかできない。これを支持すべきなのか?成功すれば支持したくなるが、それが最終的な解決の道なのかと疑ってしまう。
ところで、ケリー国務長官が中国に行き、南沙諸島の埋め立てについて懸念を表明しているが、中国は当然の権利と主張している。
残念ながら、海には国境線がなく、無人島には通常名前が書いてない。中国の戦略は、書いてないことをいいことに自国領土と主張することのようだ。尖閣諸島は中国名があることが根拠だろう。迷惑で面倒な国である。
籾井氏とは品がない人だ。「何がいけないのか?」とはわからないらしい。世の中では、会社がタクシー台を立て替えることが普通だというのだ。社員がやったら大変なことだ。
籾井氏はこれまでも公私混同してきたのだろう。しかもすぐに開き直る。政治家と同じ。品がなく常識もない。彼の給料を払うために受信料を払ってんじゃない。早くやめてくれないかな。多分、批判されることが改革の証とかわけのわからん自己陶酔をする人間だ。体全体に品のなさがあらわれている稀有な人物である。
ところで、そんなNHKが先日、「ブラックホークダウン」という映画を放送した。この映画は、史実をもとにしているが、その内容がソマリアのPKO活動の事件である。これを見るとPKO活動の難しさが少しわかる。また、戦闘の恐ろしさを感じる。発端には米国のあせりがあるが、PKOを望まない勢力があり、支援物資は届けたい人々に届かない現実がある。この事件は、米国の紛争に陸軍を派遣しない理由のひとつになったと言われている。誰のために戦っているのか、戦死者が丁重に扱われない残酷な現実がそこにある。映画だけ見ると、他にやりようがあったのではないかと思われるが、それは本質ではない。その地域に根付く歴史的な性質というか、風習というか、首狩族に大量殺戮可能な武器を与えてしまった感じなのだ。彼らにとっては部族間の争いは相手部族の殲滅を意味し、そこに武器が高度化することで大量殺戮に繋がっている。そして争い疲れた頃に終息してつかの間の安定が来る。多分、その繰り返し。そのうちに娯楽を覚え戦争することが馬鹿馬鹿しいと民衆が思うようになり、戦争しなくなるだろう。
ともかく、紛争に軍事的に介入することを否定的に感じさせる映画である。安保法制が改定されようとしているこの時期にこの映画の放映は恣意的なものを感じるが、安倍派でおバカな籾井氏に知られたらただではすまないんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
まぁ、日本の自衛隊にはあのような作戦を立案し実行することはまずできないが、このモガディシュの戦闘ではPKO部隊が救援に参加し米軍以外で一名が戦死している。
要はこの法案が成立することはいずれ戦死者が出ることを覚悟することである。政治家はいつの世でも最前線の兵士の命には無頓着なものだ。当たり前なのだが。