籾井氏とは品がない人だ。「何がいけないのか?」とはわからないらしい。世の中では、会社がタクシー台を立て替えることが普通だというのだ。社員がやったら大変なことだ。
籾井氏はこれまでも公私混同してきたのだろう。しかもすぐに開き直る。政治家と同じ。品がなく常識もない。彼の給料を払うために受信料を払ってんじゃない。早くやめてくれないかな。多分、批判されることが改革の証とかわけのわからん自己陶酔をする人間だ。体全体に品のなさがあらわれている稀有な人物である。
ところで、そんなNHKが先日、「ブラックホークダウン」という映画を放送した。この映画は、史実をもとにしているが、その内容がソマリアのPKO活動の事件である。これを見るとPKO活動の難しさが少しわかる。また、戦闘の恐ろしさを感じる。発端には米国のあせりがあるが、PKOを望まない勢力があり、支援物資は届けたい人々に届かない現実がある。この事件は、米国の紛争に陸軍を派遣しない理由のひとつになったと言われている。誰のために戦っているのか、戦死者が丁重に扱われない残酷な現実がそこにある。映画だけ見ると、他にやりようがあったのではないかと思われるが、それは本質ではない。その地域に根付く歴史的な性質というか、風習というか、首狩族に大量殺戮可能な武器を与えてしまった感じなのだ。彼らにとっては部族間の争いは相手部族の殲滅を意味し、そこに武器が高度化することで大量殺戮に繋がっている。そして争い疲れた頃に終息してつかの間の安定が来る。多分、その繰り返し。そのうちに娯楽を覚え戦争することが馬鹿馬鹿しいと民衆が思うようになり、戦争しなくなるだろう。
ともかく、紛争に軍事的に介入することを否定的に感じさせる映画である。安保法制が改定されようとしているこの時期にこの映画の放映は恣意的なものを感じるが、安倍派でおバカな籾井氏に知られたらただではすまないんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
まぁ、日本の自衛隊にはあのような作戦を立案し実行することはまずできないが、このモガディシュの戦闘ではPKO部隊が救援に参加し米軍以外で一名が戦死している。
要はこの法案が成立することはいずれ戦死者が出ることを覚悟することである。政治家はいつの世でも最前線の兵士の命には無頓着なものだ。当たり前なのだが。
籾井氏はこれまでも公私混同してきたのだろう。しかもすぐに開き直る。政治家と同じ。品がなく常識もない。彼の給料を払うために受信料を払ってんじゃない。早くやめてくれないかな。多分、批判されることが改革の証とかわけのわからん自己陶酔をする人間だ。体全体に品のなさがあらわれている稀有な人物である。
ところで、そんなNHKが先日、「ブラックホークダウン」という映画を放送した。この映画は、史実をもとにしているが、その内容がソマリアのPKO活動の事件である。これを見るとPKO活動の難しさが少しわかる。また、戦闘の恐ろしさを感じる。発端には米国のあせりがあるが、PKOを望まない勢力があり、支援物資は届けたい人々に届かない現実がある。この事件は、米国の紛争に陸軍を派遣しない理由のひとつになったと言われている。誰のために戦っているのか、戦死者が丁重に扱われない残酷な現実がそこにある。映画だけ見ると、他にやりようがあったのではないかと思われるが、それは本質ではない。その地域に根付く歴史的な性質というか、風習というか、首狩族に大量殺戮可能な武器を与えてしまった感じなのだ。彼らにとっては部族間の争いは相手部族の殲滅を意味し、そこに武器が高度化することで大量殺戮に繋がっている。そして争い疲れた頃に終息してつかの間の安定が来る。多分、その繰り返し。そのうちに娯楽を覚え戦争することが馬鹿馬鹿しいと民衆が思うようになり、戦争しなくなるだろう。
ともかく、紛争に軍事的に介入することを否定的に感じさせる映画である。安保法制が改定されようとしているこの時期にこの映画の放映は恣意的なものを感じるが、安倍派でおバカな籾井氏に知られたらただではすまないんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
まぁ、日本の自衛隊にはあのような作戦を立案し実行することはまずできないが、このモガディシュの戦闘ではPKO部隊が救援に参加し米軍以外で一名が戦死している。
要はこの法案が成立することはいずれ戦死者が出ることを覚悟することである。政治家はいつの世でも最前線の兵士の命には無頓着なものだ。当たり前なのだが。