イルカの追い込み漁はいけないが、ショーのために繁殖し飼育するのはよいという理屈がわからない。
別に絶滅危惧種でもあるまいし、所詮は檻に閉じ込め人間の都合がよいショーをさせるだけ。サーカスも同じだが、あちらも同じように購入を禁止されているのだろうか?
欧州が信用ならないのは、自分達が優れている技術を法制化して優位性を保ちかつ高い製品や技術を売り付けることだ。
別に繁殖が悪いと言っているわけではなく、結局同じでしょと言いたい。大海原を知らないショーのために生まれたイルカとどっちが不幸か人間にはわからない。
この記事を見て、日本はどこでもイルカのショーが見られることの理由がわかったし、恵まれていたなと思う。今後見られる機会が減り料金も上がるだろう。何もいいことはない。
一部の人間の追い込み漁にかかるイルカを助けたという自己満足があるだけだ。
FIFAのように裏に利権が絡んでなければまだいいけどね。
イルカを守るならイルカのショーを禁止することだ。動物園も水族館もなくせばよい。捕獲しようが繁殖しようがやってることは同じなのだから。
どうしても奴隷制度を思ってしまう。連れてきた奴隷はよくないが、そこで生まれた奴隷は奴隷として一生を過ごさせてよい。そういう思想に見えてしまう。私の思い込みだろうか。
中国が拒否権を持つらしい。欧州各国は遠いアジアの国々、元は植民地だが、どうでもよく、中国との関係が良好なら良いそうだ。日本もウクライナはどうでもよいぐらいでよいのかも。
アジア各国が中国に逆らえなくて困ったら助けてあげよう。
政府談話って何?
村山談話と河野談話は知っているが、そもそもこの談話とは何?
おぼろげな記憶によれば、村山首相は閣議決定もできず、仕方なく談話として発表した。要するに時の首相の個人見解である。河野談話は宮沢首相の代わりだが、これも河野氏が勝手に発表してしまった感がある。要するに、公式見解として出せない意見を言うことが談話。
安倍氏がなぜ談話にこだわるのか、意味不明である。やるなら政府公式見解である。談話は無責任発言。
先の2つの談話がこれほど意味を持つのは韓国や中国がこだわるからである。公式には意味がないが、要人発言として重要視されている。
だから、70年の節目?何が節目かわからないが、この年に政府公式見解を出せばよい。談話なぞいらない。はっきりしないのが、日本のよいところかも知れないが、日本政府は逃げてきた。
暴走安倍氏ならいけるでしょ。受諾したことがすべてという曖昧な言葉は期待していない。我が国も堪え難きを堪え忍び難きを忍んできたが、他の国に対してどうだったか、明確にすべきだ。
安倍氏は、憲法は押し付けられたと言い、ポツダム宣言も押し付けられたと言いたいようだが、今さらそれらを否定できないので、それはそれとしてアジアの国々にとってどうだったか検証して政府公式見解としていただきたい。