政府談話って何?
村山談話と河野談話は知っているが、そもそもこの談話とは何?
おぼろげな記憶によれば、村山首相は閣議決定もできず、仕方なく談話として発表した。要するに時の首相の個人見解である。河野談話は宮沢首相の代わりだが、これも河野氏が勝手に発表してしまった感がある。要するに、公式見解として出せない意見を言うことが談話。
安倍氏がなぜ談話にこだわるのか、意味不明である。やるなら政府公式見解である。談話は無責任発言。
先の2つの談話がこれほど意味を持つのは韓国や中国がこだわるからである。公式には意味がないが、要人発言として重要視されている。
だから、70年の節目?何が節目かわからないが、この年に政府公式見解を出せばよい。談話なぞいらない。はっきりしないのが、日本のよいところかも知れないが、日本政府は逃げてきた。
暴走安倍氏ならいけるでしょ。受諾したことがすべてという曖昧な言葉は期待していない。我が国も堪え難きを堪え忍び難きを忍んできたが、他の国に対してどうだったか、明確にすべきだ。
安倍氏は、憲法は押し付けられたと言い、ポツダム宣言も押し付けられたと言いたいようだが、今さらそれらを否定できないので、それはそれとしてアジアの国々にとってどうだったか検証して政府公式見解としていただきたい。