今日2021年8月8日の天声人語はひどい記事だ。
このオリンピックで人々は引き裂かれただろうか?昔からオリンピックの利権の問題はあった。それで、オリンピックを全否定するのは読んでいて分断をさせているのがこういう記事を出すメディアだと改めて思った。読者からのオリンピックに否定的な読者の意見ばかりを載せ、全く状況の異なる辞退した自治体の例を出す。もはや、オリンピックを否定しないことが罪悪かのような記事だ。意見は多様だ。それを否定しないことが重要だ。相手を否定することが分断を生む。なぜわからないのか?今まで見てきた中で、今の記者は最悪だ。コロナでも取材の自粛もしない。この複雑な社会でそんな単純な意見が通るわけないだろ。バランス感覚のなさにあきれかえるばかりだ。
この馬鹿な記事が朝日新聞の意見だとしたら、やはり朝日新聞は終わっている。もう一度天声人語のあり方を考えて欲しい。
本日2021年8月5日の天声人語である。またしてもすべての責任を政府に押しつけるだけで、何もない。「もはや自分で自分を守るしかないのか。」とは笑える。最初からそうだ。戦争時に比べて人は自由だ。しかし病床はない。当然トリアージするのだから、各個がかからないようにするのは当たり前だ。政府とはすべてを救えるものではない。常にせんたくしているのだ。それを何もかも救うのが政府の役目などと言い続ける天声人語の無責任さにはあきれかえる。無用の取材活動を続け、人の流動の抑制にも特権意識で無視するような記者が書く記事は何も救わず国を滅ぼす。

朝日新聞も天声人語も自分たちの記事が役に立ってないことがわからないのか?
本日2021年8月1日の天声人語は科学と軍事のかんけいだ。天声人語は相変わらず、軍事関係の研究を否定する。いろいろあるが戦前の経済が軍備で回っていたのも事実だろうし、戦後は朝鮮戦争特需で経済が復興した。
軍事関係の研究をするかしないかは、個人の主義によると思うが、個人の主義信条を認めないのは憲法に違反しないのだろうか。
結果的に軍事利用されていない技術があるだろうか?個人の好みで軍事関係を拒否するのは勝手だが、それで学術会議はレベルを維持できるだろうか?日本の科学力を維持できるだろうか?
学術会議の学者は他の軍事関係の支援を受けた研究を参考にすることはないのだろうか?そういう研究の参考にされることはないのだろうか?全く意味のない精神的な自己満足や自己陶酔に陥っていないだろうか?
他人が手を汚して維持されている平和の中で、自己満足の平和ごっこになっているのではないだろうか?学術会議の偏った思想は甚だ疑問である。