私は、天下三分の計なのだ。今回、おバカなメディアの報道で「排除」という言葉だけを強調し、小池氏の出馬を繰り返し確認し都政をないがしろにしているという記事により、保守系の二大政党実現がつぶれた。なんだかんだ言って、安倍政権をサポートしたのは、読売や産経は元々政府自民党よりなのでそれが自然と言えば自然なのだが、朝日新聞もでありその他ネットメディアもである。
希望の党の公約ができていないとか首班指名がわからないとかそういうことに焦点を当てた。政権交代とか言いながら、出る杭をつぶした。識者と思いこんだ評論家の面目躍如だ。で、保守系の二大政党化は崩壊し、立憲民進党という筋を通しただけでとても政権を担えるわけがない政党を支援する雰囲気にしてしまった。
天下三分の計としては、リベラルと自称する集団が躍進するのは良いのだが、保守系の勢力がもう一つできないと一方的な戦いになってしまう。政権をとらないまでもそれなりの勢力となり基盤を構築できることが必要なのだが、それができなさそうな情勢だ。

小池氏希望の党は保守なので、多くの部分で政府与党と差がない。そんなことは当たり前だが、メディアはいつまでも違いがわからないとか言い続ける。小池氏をもってしても、おバカメディアをコントロールすることはできなかった。

まだ最終的な決定ではないからこれから変わるかも知れないが、天下三分の計もお預けかな。なぜか日本人は、保守かリベラル(正確には護憲かな)かで選んでしまうのか。保守の選択肢が出たことの意義はあると思うが、小池氏のお言葉と都政との天秤をそれほど嫌う必要があるのだろうか?安倍氏の森友・加計問題と比較してどっちが重要かよく考えてのことなのだろうか?
日本人はどうしても情緒的に筋が通った方が好きだから、立憲民主党が伸びるのはわかる。だが、それなら安倍氏は伸び悩むはずが、安倍氏は嫌いだが自民党は別(他にないから仕方がないとも表現するが)みたいなすり替え論法で自分を納得させ、結果的に自民党圧勝の様相か。

まだ、決めてない人もたくさんいるので、望みはある。よく考えよう。どっちがましか。最高なんてないんだからましかだよ。
でも民進党から希望の党に行き踏み絵を踏んだはずが、希望の党が勢いがないとみるとすぐに主張を変える奴は信用してはいけない。こいつらは選挙のときだけ政党を頼り金をもらう寄生虫みたいなものだ。普段何もしないのに選挙の時だけでてきて、情勢に応じて大衆受けすることを言う。多分、小池氏人気が続けば、希望の党の主張を自分の主張のように語っただろう。だから踏み絵を踏んでおいて他人のせい(前原氏のせいだ)にして涼しい顔をする。

民進党の残党がまだ民進党復活に希望を持っているところも笑える。今回のことで民進党を信用する者はいないだろう。だから後戻りはないのにまだ続けようとする。民進党はバラバラということは明らかになったのに、何を中心にするというのだろう。枝野氏はもうそういう保守かリベラルか改憲か護憲かがわからない統一した主張がない組織には戻らないだろう。今回は筋で躍進したが次回はどうなるかわからないけどね。結局、民進党は死ぬまで主導権争いを続ける政党だってことだ。

さてさて、どうなることやら、また開票特番で見る番組がないなぁ。速報で見なくても翌日になればわかるのに。今やテレ東さえ選挙特番でテレ東の我が道を行く的なところがなくなってさびしい限りだ。

国民審判の情報でも集めようっと。主要裁判の判決内容で×を付ける奴を決めるんだもんね。
もはや、教師の能力が欠如しているとしか思えない。
親の能力も足りていないことは確かだ。こんなこと言うと非難の的だが、私はそう思う。

教師が無関心でも困るが、加害者となるとは福井県の池田町立池田中学の事件だ。自分の指導力の無さを棚に上げて生徒を叱責するだけの無能なというより、無能よりもさらにひどい教師が教師の免許を持っているのが不思議だ。担任と副担任の両方がそれではどこに助けを求めればよいのか?

相談された親も、担任である当人に言えばいいってもんじゃないだろう。結局死んでから騒いでも子どもは帰らない。

何で死んじゃうんだ?死ぬ必要なんかないじゃないか?死んだら何もならないって教わらなかったのか?死ぬぐらいなら担任と副担任を殺せばよかったのに。

今後も同じようなことが起こる。罪のない子どもの自殺は気が滅入る。悪い奴が死ねばいいのに。悪い奴はのうのうと生きているんだ。今回も加害教師の謝罪は不明だ。
教育長とか校長のお詫びなんてどうでもよい。担任と副担任が自分で謝れよ。謝れない奴が人を教えられるわけがない。

今回わかったことは福井の先生は生徒を殺すってことだ。短絡的だと思うが、今の対応の仕方を見る限りそう思う。
要らないなぁ。感想なんていらないよ。未だに、何のための選挙だとか言われても。政党の評価でどういうことをやってきたのか整理するのがメディアの仕事。批判なんていらないから、政党を平等に評価してもらいたい。できごとや街宣の発言なんてあてにならない。各候補者をもっと掘り下げたらどうか?実績とか過去の言動とか、どう判断するかは読者次第だが、材料を提供するのが求められていることだ。情勢調査も良いが、読者の気にするポイントとメディアの報道するポイントがずれてるんじゃないのか?かなり前から期日前投票は始まっているが、その前に十分な情報を提供できたのか?選挙になって一番オタオタしたのはメディアじゃないのか?だから、大義がどうのなんていつまでも言っている。
今必要なのは批判ではなく評価だ。新聞に主張があってもよいが、それは平等で論理的でなければならない。
実際、新聞もメディアも平等じゃないのだけど、平等なふりをして平等じゃないところが残念である。