シングル非正規女性について、本日2019年7月8日の朝日新聞に問題提起されている。この問題に男性も女性もないと思うが、未婚で非正規の場合、老後の不安は付きまとう。親と同居しているシングル非正規も多数いらっしゃるようだが、親が生きている間は良いが、親が亡くなると行き詰まるというものだ。なぜだろう?親の年金がなくなるからだろうか?非正規なので退職金もなくボーナスもないということだ。これに対して、朝日新聞はまず政府が認識せよと言う。参院選の争点の特集だと思うが、問題だけ提起されても判断できないのだが、どうせいと言うのか?問題の大きさもわからない。確かに話を聞くと問題だが、一体どのぐらいの人間が対象となるのか?政権が変われば認識されるのか?それすらもわからない。非正規から正規になるなんて基本はない。よほど優秀な人材でないとそうはならない。日本の企業は終身雇用をやめるといいつつ、中途採用は難しい。終身雇用というのは、若い時から働く年数が長いほどお互いに有効となるのだが、それをやめたい日本企業は不要な人間は退職はさせたいが中途採用はリスクが大きいので積極的にはやりたくない。結局、優秀な人間だけを社員にしたいという企業の要求なのである。その要求はわからんでもないが、これで非正規が減るわけではなくむしろ増える。増やしたいのだから増えるのだ。
で、今日の朝日新聞は何が言いたいのかな?困っている奴はピンポイントで取りあげれば無数にいるだろう。だから選挙でどうしろと。この女性に選挙でどうしろって言うの?この無責任記事は何なの?朝日新聞の関係に全く派遣がいないとでも思っているのか?朝日新聞本社は良いのかもしれないが、関係する業務を行っている末端にいたってはひどいと思うよ。これから新聞の発行部数はますます減るだろうからコストカットも厳しくなると思うが、自分たちは何もせずに政府の補助を求めるってのは、その辺の腐れ企業と変わらないじゃないか。本社からどんどん効率の悪い作業を切り出し子会社で非正規にやらせてコストカットする、そんな構図なんだぜ。それを政府に肩代わりさせるの?それも国民の税金である。如何に効率的に行うか考えてもらいたいものだし、非正規で利益を上げている企業の責任だろう。
どうせなら各党の案を比較して評価してもらいたいものだ。これからされるのだろうが、タイミングが合わないと忘れてしまうし、表のような箇条書き程度の簡単な方針一覧は、政策でもなんでもないので、方針の比較なら意味がない。各党がどういう具体策、具体的法案を考えているのか調査して比較するのが新聞の仕事だから、問題提起だけでは意味がないのでそこんところ宜しく。
社会性のある人間には理解できない。全く周りの目をむしでき、昼食時間前から多人数で席を陣取り、食事が終わっても昼食時間を超えて居座り続ける。主婦なのか会社仲間か昔の友達か、誰一人席を開けようともせず居座り続けられる能力は素晴らしい。これが日本の男性社会にない、新たな視点かもしれない。
つらつら考えるのだが、結局、日本的な美意識は団塊の世代で断絶したような気がする。高度経済成長で団塊の世代はマナーもなくし善悪もなくし子育てもなくし、仕事してればえらいみたいな風潮を生みだした。その中で、法を守っていればいいとか、ばれなきゃいい風潮も冗長された。その結果が子どもに凝縮された。マナーは法的な根拠がないので、守らなくても良い対象となり、コンプライアンス重視を叫べば、何をすればいいのかもわからないし、なんで必要かもわからない若者も増えた。若者は親の鏡なので、親がそもそもそうなんだ。会社で成果を出せば良い時代の結末だ。元々あつかましい中年女性だが、社会進出や外出をするようになった。近所だけならよいが、公共の場でも同様にふるまう。法律や罰則がなければ何をしてもよいと考える集団。あの人が誘ったからと言う言い訳で自分を納得させられる人たちが、子どもを育てているのだから責任逃れも平気でするし、そもそも社会性がない。例えば、宗教を持つ民族では宗教という規律が法律意外に発生するが、宗教を全く持たない日本人にはマナーと言えば武士道のようなものに依存する。それに全く触れたことがないような人々にはマナーを期待するだけ無駄だ。マナーとは、理由などない譲り合いだったりするからだ。これは、マナーをもつ人間とマナーのない人間に格差を生む。マナーのない人間が得をする社会になってしまった。
かくして、フードコートで長時間団体で居座り続ける人間が出てくる。それを見た人間は同じことをしてもよいと判断するのでますます増える。まだ、若干の社会性を残す男性社会は譲り合いも生じるのだが、それも学生のまま社会人になってそのままの人間は相変わらずである。大人がやっているのだから子どもが直すわけがない。最近は、子育てしていると偉いと勘違いしている親もいる。子育てなんてのはほとんどの人間がやっていることで、子ども連れてりゃ偉いわけでもないし存在が優遇されるわけでもなく、道の真ん中を占拠していいわけでもない。そういう勘違いをするほどマナーの精神は失われているのだ。遊園地なんかで優遇されるのは商売だからであって、まだ税金を使うだけの子どもがそんなに偉いわけないじゃん。将来、社会のために稼ぐか社会に迷惑かけるかわかりもしないのに。
少子化して、ますます、過保護になっているこの世の中である。もはや日本全体に美しい精神を持つことは期待薄なのである。
今日2019年7月7日の朝日新聞は、参院選の判断ポイントとして、嘲笑する政治を続けるのかということをいっいる。
他紙を嘲笑する朝日新聞だからこそ、同類はわかるのだろう。いい加減にしてもらいたい。ネットの意見など一部の過激な発言まで一緒くたにしては、話にならない。
官邸主導が絶対的に悪いわけではない。それを冷静に批評するのが新聞の役割ではないか。決められない決まらない中途半端な政治でも困るが、全体を見ずに決めている政治でも困る。
朝日新聞ともあろう大新聞が、選挙に向けて見かけの手法だけにこだわる一面記事や社説を出すような時代である。旧来のメディアが信用されないのも仕方がない。この複雑な時代に全てを有権者に判断させるのは無理だ。政党が主張するのではない本当に必要な論点を明確にし、各政党の主張を整理し比較する、判断のネタを噛み砕いて提供するのが仕事だろう。少しは考えてもらいたいものだ。他紙を嘲笑する朝日新聞には無理なのだろうか。そろそろ限界かも。