2019年9月4日のBloombergがネットに配信した、河野外相の寄稿である。これは、どういう意見の持ち主でも一度は見ておいた方がよい。これが、日本の公式見解だろうから、これがベースとなる。
輸出管理のどういった問題があったかは明確には述べていない。3年間協議がなかったことは書かれている。解決の条件については少しあいまいだ。真の問題は徴用工問題だが、それが解決しないとその他の協議にも応じないのかどうか。安倍首相が、すべては徴用工問題と言うのはポーズとしてはありだが、政府の公式見解は個別事象である。安倍首相は感情でしゃべるのをやめるべきだ。日本に不利になる。
輸出管理の問題点は経産省が別途明らかにすべきことである。
次は、「韓国は必要だ」特集をやろう。そういう特集があって初めてバランスが取れると言うものである。つまらん非難なんて気にするな。数字さえ取れればいいんだ。だって読者なんてたかが知れているし、読者受けするのがいいに決まっている。「韓国は必要だ」特集をやったら、特に批判も起こらないけど、部数も伸びなかったりして。韓国要らないという主張を封鎖しても、そういう意見は残ってしまう。だったら反論を載せようじゃないか。どういう反論があるのか、反論を見て読者がどう判断するのか興味がある。
気にいらない意見や極端な意見を封鎖することは、必ずしも有効ではないと考える次第である。そういう意味で、内容に反論せず特集を攻撃し謝罪に至ってしまった一連の行動を起こした、自分勝手で自分の正義に酔っている作家などの文筆家は程度が低いなぁ。小学館の謝罪なんて全く意味がない。「韓国は要らない」と思っている人に考えさせる機会を失くしてしまった。きっと、「韓国を要らない」と思っている人たちは、悪いことと思うより敵対心を持っただろう。
ヘイトって簡単に言うことにとても違和感を覚えている。ヘイトと相手の行動を非難することで、自分が良識のある人間だと言いたいだけのように思う。直接会えば違うかもしれないし、相手の意見を受け入れて議論すると言う意味では、極端な意見であっても同じなのではないだろうか?みんなが最初から優等生の答えを言わなければいけない世の中が本当にいい世の中なんだろうか?その優等生の答えが正しいと誰が保証するのか?日本人の悪い癖だ、極端に走り皆に同じことを求める。世界でヘイトが問題になっているのは確かだが、多民族国家のそれと日本のそれってかなり違うんじゃないかな。なんか社会が鷹揚でなくなってきている気がする。作家も評論家もサラリーマンも引きこもりも思考レベルなんて変わりはしない。有識者と言われる人間の上から目線はとても違和感のあることだ。特に作家なんて非常識の塊みたいな人間もいるし、その人の発言が正しいとは思えないことも多々ある。ネットの得体のしれないインフルエンサーのようなもので、正しかろうが間違ってようが、ついてくる人間が存在するので勘違いしているんだろう。
ちなみに私は、「韓国は要らない」派であるので、もしかすると偏っているので注意した方がいい。とにかく韓国に依存しない日本になってほしいと願っている。中国にも対抗できるといいのだが、ちょっと国力が違いすぎるので、米国と強調するしかないかな。本当はTICAD(アフリカ開発会議)も日本だけでは中国に対抗できないから、韓国とも協力できればいいと思うが、できない。韓国は中国には逆らえない。中国との協調が考えられない日本としては、もはや韓国と組むことはないということなので、韓国は要らない。
本日2019年9月4日のAERA dot.の記事「GSOMIA破棄もデメリットなし 安倍“制裁”外交の果て〈週刊朝日〉」。安倍首相を批判するためだけの記事だ。批判は批判で構わないが、主張がないのはいつもの朝日系の無責任記事通りである。これはヘイトにはならないのか? 韓国がGSOMIA破棄して、デメリットがないわけないが、デメリットがない唯一のケースは米韓同盟を重要と思わない場合である。ちょっと韓国の主張をそのまま受け入れすぎじゃないか?安倍首相を批判するために韓国の主張を鵜呑みにすることは、朝日系列以外では考えられない。朝日系列は韓国好きなこともあるが。GSOMIA破棄するのは韓国が勝手にやったことで、日本が破棄させたわけでもない。米国の意向もあるので締結も進めたし、破棄も遺憾だと思うが、韓国が勝手に報復的にやったことだ。その責任をすべて日本の首相だというのは、行き過ぎなんじゃないの。制裁外交って国連も行う外交の常套手段だが、結局輸出は認めているので制裁にもほとんどなってない。
朝日の報道は過度に日本を悪者にするので、良くない。朝日がどう思っているか知らないが、中道でもない左派でもない言うなれば日本贖罪新聞社。