今日、2022年12月17日の天声人語はデモのお話。

海外のデモの話から、最後に日本の話になる。敵基地攻撃能力のデモがまだないとまとめられている。思うのだが、この件でデモは必ず起こるのだろうか?起こらなければならないのだろうか?

デモは民意の一部でしかない。最近のメディアはデモ=民意と捉えすぎる。賛成やどちらでもない人はデモしない。確かに盛り上がり広がるデモは民意に近づくのでそれは重要だ。しかし全てのデモがそうではない。天声人語の筆者は敵基地攻撃能力の保有はデモが起こるべきと考えているということでしかない。これから起こるかもしれないが起こらないかもしれない。

そういうことも分断を煽っているのはメディアとしか思えない。民主主義はお互いの意見を認めることで成り立つ。一方を擁護することは避けるべきことだ。敵基地攻撃能力も賛成反対意見をたくさんの人が持っている。私見を書くならあたかもそれが民意であると捉えられないように注意をしていただきたい。

今日2022年12月7日の天声人語はサッカーワールドカップから。

長友選手のブラボーを話題にしている。私にとってはワールドカップはまだ終わっておらず、まだ楽しみは続くのだが、一般的な日本代表ファンにとってはとりあえず終わりみたいだ。日本は強くなった。昔は世界を知らない選手が憧れの選手との対戦で緊張するやら貫禄負けするやらだったのが、今や欧州で活躍する選手が多く人材で負けていない。ベスト8も近い将来必ずなるだろう。

午前3時にサッカー見ている奴もいれば働いてる人もいる。普段は本当に真っ暗だろうか?いつもより多いかもしれないが。呆然とするのも勝手だが、それほどサッカー見てるのか?感情豊かな表現をされるのは構わないが、一部のネットファンやメディアに惑わされ過ぎじゃないの?1試合の結果で選手ましてや監督の評価を語るのは、批判したがりな話題性重視の輩だけだろう。今回の代表は勝つ可能性を感じられるチームだった。そして勝ったし負けた。サッカーも野球もスポーツは強いチームが必ず勝つわけではないが、今回のチームは勝てるかもと思えただけですごいことだ。

どの国代表も波がある。ドイツもスペインもその最低で、日本が最高だったかもしれない。だから今回のワールドカップで判断するのも意味がない。私はただ応援するだけだ。どんなチームでも日本代表を応援する。どんな監督でも応援する。例え予選で負けようと応援する。そして世界のサッカーを楽しむのだ。

ブラボーだろうがブラーボだろうが、楽しみ方は人それぞれだが、今に始まった言葉ではない。ブラジルやアルゼンチンのように負けると命に関わる国でもない。まだ、ワールドカップは終わってない。最後まで楽しみたいものだ。


今日2022年12月7日の朝日新聞にの記事に、侵攻前のウクライナの話がある。

ウクライナ東部が主であるが、ロシア語を話す人々がいたそうだ。ウクライナ政府はウクライナ語のみを公用語とし学校でのロシア語を禁止したらしい。断片的な記事なので細かいことはわからないが、そういう経緯が親ロシア派が活発化した要因かもしれない。ただ、どっちが先かはわからない。

例え国境線が戻ってもこの問題は続くだろう。今回のロシアの侵攻の目的が親ロシア派を救うためだけだったとは思わないし、親ロシア派を介して武力行使は宜しくない。例え、米国がよくやった手段だとしてもである。ウクライナとイラクは違うが、大きく見ると同じとも言えなくもない。

ロシアはウクライナのもし本当に親ロシア派の問題をもっとプロパガンダすべきだったが、侵攻して多数の市民に犠牲を出し、今もインフラ破壊で多くの市民に被害を与えた今となっては、悪者にされるのは仕方がない。

私としては、侵攻は許さないが、原因は正しく把握したい。