リヨン郊外の本店には、一度しか行ったことがない。
が、たった一度でも、記憶にこびりついて離れることはない。
料理の記憶よりも、さらに強烈な印象を与えるのが、建物や装飾、皿やら何やら。
どこもかしこも、ポール・ボキューズ。「どんだけ自分好きやねん」と毒づきたくなるほど、ご本人の全身像やらシルエットやらが溢れているのだ。
奇抜な店の外観と併せて、フランス料理の帝王とは、かくもけったいな趣味なのかいな、と呆れてしまったのを思い出す。
そんな巨匠も、泉下の人となって、もう2年か。
「ひらまつ」と組んで名前貸しビジネスを日本で展開して、どれくらいなのだろう。
昨年のドラマ「グランメゾン東京」の敵役の店のロケ現場に使われ、ひとしきりバブッたらしいが、それもコロナで失速。
訪問時は、だだっ広いバンケットルームに、我々含めて客は2組。
そんな中で、あの名物料理を食ってみた。
おつまみが美味い。右のは、ソシソン・リヨネーズをパイで包んだ物。10個食べたくなる。
アミューズはかぼちゃのポタージュ。これがまた気前の良いポーション。揚げたクルトンとフランス産の栗を入れて飲む。
選べる前菜は、オマール海老のココット煮。中には、クネルも入っており、リヨン感たっぷり。アメリケーヌソースもコクがあって、王道を行く味わい。ブロッコリーとカリフラワーが、やや邪魔くさい。
そしてメインは、これ!
スズキのパイ包み、ソース・ショロンである。いわずと知れた、ボキューズの出世作。
この迫力。この圧倒的ビジュアル。有無を言わせぬトラディショナル。「これが、フランス料理だ」、と魚が高らかに宣言しているかのよう。
それにしても美しい焼き目ではないか。胸ビレの立体感も素晴らしい。
ゲリドンサービスで切り分ける。料理人志望で厨房経験者のイケメン・サービスマンがさばく。
結果、このビジュアル。これで、いいのだ。
手前は、ホタテのムースの詰め物。スズキにたっぷりのショロンソースをかけて、尾びれをのせる。
後は客が、ワッシワッシと食すだけ。
ベアルネーズソースにトマトペーストを入れるなんて、良く考えたものだ。
辻静雄のおかげで、日本のフレンチの幕が上がり、その時、ボキューズも日本で布教活動に勤しんでくれたことを思い返す。
カンテなんとかだの、フロリどうたらだのも、先人が切り拓いたクラシック・フレンチの道がなければ、存在すらしてなかったわけだ。
そう思うと、誠に感慨深く、ひと味もふた味も美味しく感じたしだい。
「こんなの古臭い」とバカにするなら、すればいい。
しかし、現代まで残った古典には、なにがしかの存在理由があり、それを知ることはモダンを理解する上でも役に立つ。
ボキューズ死すとも、スズキのパイ包みは、いつまでもどこかで誰かが作り続けるだろう。