20数年来のお付き合い、などというとエラそうだが、ここの吉野さんの料理を食べ始めてから、それくらいの月日が流れた。
パリでミシュラン一つ星を目指し、骨身を削って料理に打ち込んでいた頃と、国内で多店舗を有してビジネスを展開する今とでは、同じ人でも、違う人だ。それでも、ご縁というものを大事にするのが人の道。世の毀誉褒貶がどうあれ、私は今もちょいちょい食事に出かける。
たくさんの弟子を輩出し、国内外で活躍している。それだけでも、日本フレンチ界に十分貢献したと言えるだろう。
3月訪問時のコース。
ボルシチの冷製。これは昼でも夜でも固定化しているアミューズだろうか。仔牛のジュレ、玉ねぎのピュレに、ビーツのパルフェ。
これも定番、マグロの赤身と茄子のミルフィーユ、キャビア添え。マグロはフレンチでは難しい、とテレビドラマで言っていたが、そんなものはお構いなしのマグロ料理である。
燻製した牛タンとフォアグラのルクルス、黒トリュフを添えて。これは目にも美しく、味わいも優れている。
この料理は、 Lucullus de Valenciennes という名で、1930年にベルギー国境近くのヴァランシエンヌという街で生まれた料理の再現。
ルクルス(ルクッルス)はローマ時代の高官にして、後世に名を残すほどの美食家。
吉野さんは、こうした古いレシピを現代に蘇らせる仕事をしている。仔豚の頭肉の海亀風などがその典型であろう。
セイコ蟹のグラタン、サヴァイヨンソース。これは何とも、古式ゆかしい感じの料理である。
こちらは出世作の縮緬キャベツ、フォアグラ、トリュフのテリーヌ。何度食べても美味しいと思うが、最初に食べた20年くらい前の衝撃が忘れられない。
ブルターニュ産平目のヴァプール、ソースビスク。帝国ホテルの「レ・セゾン」でフランス人シェフが日本の魚介に入れ込んでいる一方で、鹿児島の海で生まれた日本人がブルターニュ産を好むという、不思議な捻じれ。
国産青首鴨のルーアン風。ご覧の通り、プレス・ア・カナールという鴨の血汁を絞り出すためだけの銀器が登場し、メートル・ドテルがゲリドンサービスを披露してくれた。手早いデクッパージュから、ソースの仕上げまで、流れるような仕事。フレンチを楽しむ際の、一つの醍醐味である。
鴨のモモ肉は別サービスで。皮の脂が甘く、クニュクニュと良い噛み心地。
デザートのスフレで終了。
正統派のフレンチとレベルの高いサービスを体感したいなら、おススメである。