経験豊かで、味にこだわる客も、たくさんいます。
でも、ひとつ足りません。
まっとうな食の評論がないのです。
世にあふれるグルメ本をご覧ください。
どれもこれも、同じような店ばかりを羅列して、しかもバカの一つ覚えのように、ただひたすら褒めるばかり。
鋭い批評や、深みのある論評などは、ほとんど見当たりません。
なぜか?
グルメ本を編集している連中が、勉強不足なのでしょう。
多くが国内事情しか知らない、純ドメスティック人間です。
そんな連中が、フレンチだのスパニッシュだのを語っているのをみると、あまりの無知さ、浅薄さにこっちが赤面してしまいます。
料理や飲食店について、人様に語ろうというのなら、まずは時間と労力を惜しまずに、本場を知り、本物を見定めてからにすることです。
井の中の蛙のくせに、さも食に精通しているかのごとく振る舞い、つまらんウンチクを振りかざして世人をかどわかす者が、なんと多いことか。
例えば、スペイン料理でいうと、今、業界人どもが無理やりブレイクさせようとしている店が浅草にあるようです。
おそらくは、業界人へのごますりとして特別サービスをしてくれるからでしょう。
件の店で子豚を丸々、姿焼きで出してもらったのを「これぞ本場そのもの」と大はしゃぎして喜んでいる姿に、私は寒々としたものを感じました。
そんなに子豚の丸焼きがお好きならば、行ってみなはれ、聖地まで。
いたいけな読者に「ここがうまい、ここのが本物」と語る業界人ならば、当然ながら本場の味に精通しておくべきでしょう。

私は業界人ではありませんが、それでも行ってみました。
スペインにおける子豚の丸焼きの本場、セゴビアへ。
ローマ時代の水道橋が街のシンボル。マドリードから電車で30分ほどです。

立派なゴシック建築の大聖堂。

ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなったのがこのセゴビア城・アルカサス、だそうです。
といっても、私はディズニーランドに行ったことがないので、よく分かりませんが・・・。

街で一番有名=観光チックなレストランではありますが、子豚の丸焼きならここ、と言われるお店へ。

ここまで来て、ただ食って帰るだけでは能がありません。
へなちょこスペイン語で頼みこんで、厨房に突入。

所狭しと並ぶ子豚たち。コチニーリョ、壮観です。

専用の釜で焼き上げます。

ぶうぶう。本焼きを待つ子豚たち。

子豚担当の料理人に話をききました。
専用釜でなければ、子豚は美味く焼き上がらない。うちの店の釜は特別で、外はカリッと、中はしっとり火が通る設計になっている、とのこと。
この人は、毎日、来る日も来る日も、何千、何万匹と子豚を焼き続けているわけです。
浅草でたまさかチョロっと焼くくらいでは、腕が上がるはずがありません。

知るべきを知り、見るべきを見て満足したら、後は食うのみ。
なるほど、パリッとして、しとっとした焼き上がりで、美味いもんです。

合わせたのは、アアルトのPS、2011年。リベラ・デル・ドゥエロの濃いぃワインの、しかも若々しいやつです。
タンニンぎっしり、がちがちでした。
スペインのレストランで、飲み頃ワインを見つけるのは至難なのでしょうか。
というわけで「一度は行かなきゃ聖地巡礼」、無事終了しました。
スペインでは三度、子豚を食べましたが、セゴビアのは良くも悪くも勉強になりました。
自称グルメ専門家のみなさんも、ぜひ自らの足で本場を歩いた上で、グルメ本での論評に磨きをかけていただきたいものです。