




神保町の外れの小道にひっそりとたたずむ一軒家。
いかにも通人向け、といった風情です。
元は、『神田鶴八鮨ばなし』の著作で知られる師岡幸夫氏の店。
今は、お弟子さんが暖簾を守っています。
6人座ると肩寄せ合うくらいの小さなカウンター。
店主との距離も、非常に近いです。
初めてだと圧迫感を感じるかもしれませんが、店主、いたってフレンドリー。
客の多くは常連ですが、一見でも疎外されるようなことは全くありません。
当たり前ですが、メニューなし。
目の前に、ネタが書かれた木札があるのみです。
好きなものを選んで、切ってもらうか、握ってもらうか。それだけです。
さらに、ビールと酒もそれぞれ1種類のみ。キリンラガーと菊正宗。
鮨には酒より茶が合う、というのが師匠以来の信念だそうで。
のん兵衛にとっては大きなビハインドですが、それでも通いたくなるほど仕事は素晴らしい。
盆明けのコハダが、まずもってお見事。
ちょうど丸付けでぴったりのサイズ。
脂が多すぎず、さっぱりしすぎずの、絶妙なるバランス。
チビたのを何枚ものせる新子なるものは幼魚虐待であり、あんなものを愛でる人は似非グルメでしょう。
アナゴも看板のネタ。
昼過ぎにうかがって、煮上がったばかりのアナゴを食うのは最高ですが、月曜日は遅い午後にも煮るのだとか。
その辺の店のように、ガスで炙ったりはしません。
口の中で、淡雪のようにとろりはらりと溶けていくアナゴは、何貫食っても、飽きるところがありません。
鮑の塩蒸しも外せないところ。
切ってツマミにするもよし。ツメをつけて握りを頬張るもよし。
口の中に、磯の香とアワビの甘みがふわっふわっと湧いてきます。
今からの時期は、サバも楽しみです。
腹回りのふっくらしたサバは、てらてらと輝く銀色が見事。
切った断面をみると、芯は生しく、周囲はしっかりとしまっています。
つまみでぬる燗をきゅーっとやると、何ともたまりません。
口に入りきらないほど、たんまりのせるウニの軍艦や、マグロの各部位をこれでもかと巻き込む鉄火巻など、店の名物は多彩です。
ついつい食べ過ぎて飲みすぎますが、お支払になって顔面真っ青、というようなことはありません。
この店、看板の格式の割に、極めて良心的な値段です。
まっとうな価格設定は、尊敬に値します。
なぜ、こういう店が評価されずに、銀座のバカ高い店ばかりがもてはやされるのか。
東京のグルメ界は、本当に不可解なことばかりです。