




魚の質の高さと種類の豊富さで知られる玄界灘。
この海を前庭とする博多は、まさに魚天国です。
県は隣の長崎ですが、五島や壱岐で採れた抜群の魚が揚がってきます。
イサキ、太刀魚、鬼鯖、ごん鯵、マグロにアラのような大型高級魚まで、なんでもござれです。
極上のネタが手に入る博多は、寿司屋の発達した街でもあります。
中心街には、江戸前に勝るとも劣らない店が点在。いずこも東京の5割引きくらいのコスパで美味い寿司を提供してくれるのですから驚きです。
そんな博多寿司界の中で、トップを走っているのが「安吉」、と言われています。
評判の真偽を確かめるため、のこのこ出向いてみました。
こじんまりした裏路地の一軒家。
暗めの店内に、7席のカウンター。
端正な顔立ちの若き店主が、黙々と仕事をしています。
6時から8時までの一回転目。
まずはつまみが色々出てきます。
煮ダコは、丁寧な塩もみで極めて柔らか。控え目な味加減も好印象。
脂がびっしり乗ったイサキは、ガス火で炙って出てきます。
丸々太ったイワシは、大羽を挟んで海苔巻に。良くコハダで作るつまみです。
鰹のヅケがねっとりと旨く、続いて出てきた叩きも香ばしい。
アナゴの肝や鱧の子を寄せて軽く炙ったのなんかは、酒がとまらなくなります。
これらつまみの合間には、5枚付けの新子の握り、鯖の棒寿司が出てきます。
新子は幼魚虐待なので好きではないのですが、締め方はお見事。淡い甘みが引き立ってました。
鯖の方は、昆布とタネとシャリの比率がジャストで文句なし。
握りでは、春子鯛が驚くうまさ。
江戸前ではギンギンに締めるタネですが、ここのはほんのり優しい酢加減で、魚がしっとりと甘い。控え目な味のシャリと大変マッチしています。
煮ハマとアナゴにも参りました。
噛むほどに貝の旨味が染み出してくる蛤。
崩れすぎず、とろけすぎず、でも口の中でくずおれてくる絶妙な食感と甘さ控え目のツメ。
10年単位の修業で体得するはずの江戸前の技巧を、眼前の若店主は、いつどうやって身につけたのでしょうか。腕前には脱帽するばかりです。
ところが残念なことに、この男、人柄の方は全く食えません。
客との会話など、面倒なだけ。
黙って寿司だけ握っていたい。
出されたもんを食って、出された酒を飲んで、とっとと帰ってくれ。
心の内は、きっとそんなもんでしょう。
博多式慇懃無礼。
しかし、考え方を変えれば、別に店主としゃべらなくても、構わないといえば構わないわけです。
付け台だけ見ていればいい。
ツレがいるなら、それと話をしていればいい。
店主はタネの名前しか、しゃべりたくないのですから、ほっとけばいい、ということです。
天才というほどではないですが、できる人はどこか思考回路がヘンチクリンなんでしょう。
それも味、ということで我慢するしかありません。
なんせ、予約至難の人気店なのですから。
このレベルが維持できるなら、当分集客には困らないでしょう。
コウベを垂れて、入店させていただくしかないようです。