




パリの夜の「商工会議所」。
8区の老舗「タイユバン」をそう呼んだの誰だったでしょうか。
名物オーナー、クロード・ヴリナ氏が、2008年に死去する前年まで30年以上にわたって3つ星を維持、パリの政財界の人々に愛された店でした。
飛び抜けて斬新な料理を出すわけではありませんでした。
むしろ誰でも安心して身を委ねられる居心地の良さこそがウリの店。
島国の田舎っぺにすぎなかった私にとって、タイユバンはガストロノミーへのゲートウェイでした。ヴリナ氏を筆頭に、ワインやマナーについてあれこれ教わったことは、今も恩義に感じています。
サービス1番、料理は2番、という経営方針ゆえでしょうか、日本人で「修行先はタイユバン」と胸を張る人はあまりいないような気がするのは私だけでしょうか。
珍しく、HP上のシェフの経歴でタイユバンの文字をみつけた「ライラ」。
どんな料理が出てくるのか、ためしに赤坂まで出向いてみました。
マンションの1階。
店内は、今風の打ちっぱなし・・・というより、工事未完成という感じです。
天井のダクトや空調が丸見えですので、なるべく見上げないようにしましょう。
内装はともかく、出てくる料理はとてもしっかりしています。
8皿ほどのお任せコースのみですが、あれこれ楽しませてもらいました。


前菜はスペシャリテ、イワシのプラチナ仕立て。
藁でフュメしたイワシに、プラチナで化粧を施しています。
下には品の良い甘さが光る白人参のピュレ。綿雪のように削ったグリュイエルチーズが塩気と風味のアクセント。さらに、生とマリネした大根が、青魚の香りを適度に抑える役目を果たしています。
良く考え抜かれた構成。目で楽しめて、舌も喜ぶ料理です。


続いても定番料理のようです。大地の一皿、と題した野菜料理。
各種根菜を煮る・蒸す・焼く、と様々調理。上には、プチポワのエミュルジョン。サイドには、甘みの鮮明な黄人参のピュレに、ごぼうとビール酵母で土に見立てたパウダー。
色味だけかと思った人参の葉も、香ばしくてほろ苦く、ちゃんと意味がありました。
ライヨールの店が世に広めたガルグイユを想起させますが、根菜に特化している点など、独自色が感じられます。
「土」は、味よりも見た目でしょうか。イマイチ良さが分かりませんでした。

ホタテのポアレは、ゆずこしょうのラビゴットソース。
黒大根の薄切りを散らして、程よい辛みをきかせています。
ゆずこしょうは、主張は強くなく抑制的な使い方。
ミキュイに火通しした分厚いホタテの甘みが、存分に引き出されています。
これも味の構成が計算されている料理。

魚料理は、アマダイ。
皮目をカリカリに焼いたものに、プチポワとモロヘイヤのソースです。
アマダイは、中のしっとり感を残して上手に焼いていますが、全体としてやや無難にすぎるでしょうか。

肉料理、一皿目はオーブラック種の牛のコンフィ。
まるで照り焼きのようで、しっとりと甘やかな味わい。
シンプルだけど、後を引く料理です。

メインはランド産の鳩。血の味がはっきりしたサルミソースが悪くありません。
これも火通しが絶妙。かぎりなく生に近いのですが、しかし火は入っています。鳩本来の香りやニュアンスがストレートに伝わってくるのがうれしい。
この鳩は、地味ながら技術が光っています。

アヴァンデセールは、まさかのスイカ輪切りにバニラアイス。
スイカには、やはり塩分でしょうね。甘いアイスは合いません。

こちらは、メラングにパッションフルーツをきかせたお菓子。
デザート部門は、もう少し奮起が必要でしょうか。
これだけの料理が、今ならなんと6800円(税サ込み!)。
素晴らしい心意気です。
ただし、8月1日からは7800円にアップするそうです・・・。
ワインリストは発展途上ですが、サービスは心がこもっています。
内装に豪華さはありませんが、食道楽な女性とのデートにはもってこいでしょう。
遠からず再訪したいお店です。