祖父 | 「ゆるりと仏教」いも掘り坊主の与太話

「ゆるりと仏教」いも掘り坊主の与太話

「念死念仏 常途用心」
仏さまの御教えを、拙僧のエッセイとともに紹介しています。
ほとんど与太話(^_^;)ですが、法話らしきものも書いています。
つたない文章ですが、笑ってもらえたり、うなずいてもらえたりしたら嬉しいです。
毎週水曜日に更新しています。

先般、おじいちゃんのご供養を行った。

 

暖かなよい日だった。

 

37回忌である。

 

母方の祖父だ。

 

80才にて往生した。

 

おじいちゃんは、東京の下町で眼鏡屋を営んでいた。

 

ちゃきちゃきの江戸っ子である。

 

日中に遊びにいくと、だいたいお店のソファーに座っていた。

 

タバコをくわえながら新聞を読んでいた。

 

灰皿はいつも山盛りだった。

 

お店は空いていた。

 

今では個人商店の眼鏡屋は稀であろう。

 

そのころからチェーン店が増えてきていた。

 

そのため、お客が少なくなっていたようだ。

 

17時になるとお店を閉めた。

 

そして、近くの銭湯へ行く。

 

家にお風呂はなかった。

 

私も泊まる時は、一緒に銭湯へ向かった。

 

「こんばんは」

 

浴場で、おじいちゃんは周りの人に挨拶をしていた。

 

隣り近所の人が多く来ていたのだ。

 

銭湯のお湯はとても熱かった。

 

小学生には入れたものではない。

 

そこで、備え付けの大きな蛇口から水を出す。

 

「あんまり水を入れるんじゃないよ」

 

すぐに指摘される。

 

みんなえらく熱いのがいいようだ。

 

「よおぉ」

 

背中や腕に入れ墨がある人にも、おじいちゃんは話しかけていた。

 

大工さんか、鳶さんか、その筋の人かわからない。

 

(すげぇ~)

 

いずれにしても、怖そうな人と気軽に会話をしているおじいちゃんは格好よかった。

 

「お前はマミーかな」

 

お風呂から脱衣場へ上がると、飲み物を買ってくれた。

 

おじいちゃんは牛乳である。

 

瓶に入っており、針で紙蓋をはがし取って飲んだ。

 

マミーは甘い牛乳のような味である。

 

「寿司にしようか」

 

おじいちゃんの家の隣はお寿司屋だった。

 

おじいちゃんはお寿司が好きだった。

 

だから、泊るときの夕飯はお寿司が多かった。

 

近くのうなぎ屋に連れていってくれることもあった。

 

うなぎもおじいちゃんの好物だった。

 

「洒落込んで、うな重にしようか」

 

なぜか、いつも「洒落込んで」と付けくわえて注文していた。

 

私が中学に入学した際、商店街の時計屋で腕時計を買ってくれた。

 

「シンプルなものがいいぞ」

 

そこで、2人でセイコークロノスを選んだ。

 

もちろん法要には、その腕時計を付けて参列した。

 

いまでもきちんと動いている。約40年間大切に使っている。

 

 

お釈迦さまのお言葉です。

 

『つねに敬礼を守り、年長者を敬う人には、四種のことがらが増大する。すなわち、寿命と美しさと楽しみと力である』

【岩波文庫 ブッダの真理のことば・感興のことば 中村元先生訳P25】

 

ありがとうございました。