80才くらいのご婦人がお参りにいらした。
「和尚さん、なんだかお寺はヒンヤリしますね」
ご挨拶をした後、ご婦人がおっしゃった。
11時頃だった。
外は晴れている。
そうはいっても、12月である。
寒くても不思議ではない。
ただし、「お寺は」なのである。
「ここは日があたりませんから……」
ご婦人は、品川にお宅がある。
海がみえる高層マンションにお住まいだ。
しかも高層階なのだそうだ。
以前、教えていただいた。
海はお宅の東側になる。
午前中は日の光がお部屋に差し込んでくるはずだ。
寺に来る前は暖かかったにちがいない。
だから、私はそう返答したのだ。
「いわれてみれば、そうね」
ご婦人は墓地を眺めて確認していた。
私が現在勤めている寺は、高層ビルに囲まれている。
厳密には、北側以外は囲まれている。
各ビルは、地上100m位はある。
冬場は、太陽高度が低い。
太陽は、ビルの周りを移動する格好となる。
したがって、冬場の墓地に日があたることはない。
お昼でも全面日陰である。
ヒンヤリなのだ。
くわえて、冬場は北風が多い。
北側は空いている。
そこからお寺に風が吹き込む。
しかも、ビルにあたって強風となる。
「以前、山門が飛ばされちゃったんだよ」
寺に勤めはじめた頃、総代さんがお話して下さった。
「沖縄と同じくらいの耐風対策にしてありますから」
本堂庫裏を建替えた折、建築士さんが説明してくれた。
その数値は耐震基準を上回っていた。
都心は、寺社もコンクリート造りが多い。
火災を防げる。
地震に強い。
利点はさまざま有る。
ただ、寺社は木造建物で、土があり、雑草や木が生えていて、虫がいる。
可能であれば、そうした場所がよいように思う。
都会の価値観を静思できると考えるからである。
都心の建物は、一年中同じような室温に調整されている。
地面や通路に石ころが転がっていることはない。
部屋に蚊がいるようなこともない。
それがどのようなことなのか。
現在勤めている寺は、かろうじて木造にて建てることができた。
今後も、できるだけ泥くさくありたいと願うのである。
お釈迦さまのお言葉です。
『世の中は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。さあ、この世の中をみよ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺(たんでき)するが、心ある人はそれに執着しない』
【岩波文庫 ブッダの真理のことば・感興のことば 中村元先生訳P34】
ありがとうございました。