目黒を歩く | 「ゆるりと仏教」いも掘り坊主の与太話

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「念死念仏 常途用心」
仏さまの御教えを、拙僧のエッセイとともに紹介しています。
ほとんど与太話(^_^;)ですが、法話らしきものも書いています。
つたない文章ですが、笑ってもらえたり、うなずいてもらえたりしたら嬉しいです。
毎週水曜日に更新しています。

東横線に乗って学芸大学駅に向かった。

 

友人に会うためである。

 

学芸大学駅に近づくと、車窓から「マッサージ&カフェ」と書かれた看板が見えた。

 

渋谷から横浜方面に進む右側の車窓である。

 

(どんなお店せなのだろうか)

 

組み合わせが不思議だった。

 

(銭湯に居酒屋が併設されている感覚なのだろうか)

 

私は般若湯が苦手だが、似た感覚を想像してみる。

 

友人とは、駅前の喫茶店で1時間程話をした。

 

その後、直ぐに帰路につく……、はずだった。

 

(こんなに天気がいいんだから)

 

そう思い、隣を走る目黒線の駅まで歩くことにした。

 

目指すは武蔵小山駅か不動前駅である。

 

距離は3㎞くらいであろう。

 

学芸大学駅前の商店街はにぎやかだった。

 

若者に似合うお洒落な飲食店が多い。

 

目黒通りまでの途中に、とても綺麗な店構えの鯛焼き屋さんがあった。

 

あまいものは好物である。

 

(食べてみたいけれども……)

 

だが、あまりにもお洒落なお店だったので、一人で注文する勇気がでなかった。

 

目黒通りを過ぎた後、横道に入ってみた。

 

(珍しいものがありますように)

 

そんな思いを込めていた。

 

期待通りだった。

 

「林試の森公園」があったのである。

 

木々がうっそうと生い茂る公園だった。

 

都心なのが嘘のようである。

 

地方の山林のようであり、とても心がおだやかになった。

 

もとは、国が森林研究を行う場所だった。

 

その跡地なのだそうだ。

 

明治33年(1900年)から、「目黒試験苗圃(びょうぼ)」として農商務省林野整理局が管理していた。

 

昭和53年まで研究施設だった。

 

現在は筑波にてその研究を続けているそうだ。

 

公園内を散策していると、ランドセルを背負った子が歩いていた。

 

14時半ごろである。

 

(なんて素敵な通学路なのだろう)

 

都会は人と人工物の世界である。

 

その世界に居続けると身心が疲労する。

 

しかし、都会ではこれを回復させる所が、なおも人や人工物だったりする。

 

これでは、身がもたない。

 

毎日、美しい自然に触れられるのはうらやましい。

 

人間社会に疲れたときは、花鳥風月を味わいたい。

 

公園を抜けると「目黒不動尊参道入口」の案内板がみえた。

 

最後は、お不動様をお参りして散歩を終えた。

 

 

お釈迦さまの御教えに、以下のお言葉があります。

 

『修行僧たちよ。修行僧たちが、林間の住処に住むのを望んでいる間は、修行僧らよ、修行僧たちに繁栄っが期待され、衰退は無いであろう』

 

【岩波文庫 ブッダ最後の旅 中村元先生訳P19】

 

ありがとうございました。