案内状作成に向けて大きな役割を果たすことが期待される全卒業者名簿「松濤会名簿」
これさえあれば案内状作成問題は解決したようなものではないか。
しかし事はそう簡単にはいかないのだ。
全卒業生の住所録と言ってもそこに記載されている住所が必ずしも正確(卒業生が居る)とは限らない。
卒業して間もない卒業生であればそのまま実家か進学や就職で転居していても調査が可能だし、実家に届いたとしても親が「あんた、こんなん来てたでぇ~」と子に伝える事も期待出来るだろう。
しかし、卒業して30年近くも経ってしまえば何度も転居して調査も届かなくなるし、実家も存在するかも分からない。
ちなみに名簿は学校が直接作成しているのではなく「サラト」と言う名簿作成会社に委託して制作している。
その会社では住所確認のために葉書を各卒業生に送り調査を行うのだが、一度返信がないと「住所不明者リスト」に入って住所録は氏名のみで空欄になる。
またこのご時世、個人情報を開示するのを嫌がってあえて住所等の個人情報の掲載を断っている卒業生もいる。
なので単純にそこに書いてある住所に案内状を送ればいいと言うわけではないのだ。
しかし、我々にはそれ以外に方法がなかった。
取り敢えず、そこに書いてある住所に案内状を送ってみて、そこに本人が居ればラッキー!
親か誰かの眼に止まって知らせてくれる事を祈るしかない。
その頃は各クラス2~3名の役員も決まり、定期的に会議室を借りて役員会を開くまでになっていた。
とにかく今は一人でも多くの同級生に同窓会の事を知ってもらい、参加してもらうことが最重要課題となる。
学年同窓会と称して実際は全体の1~2割に満たない参加者数ではあまりに寂しいではないか。
この時点で開催日2013年の1月2日、坂出グランドホテルの会場は押さえることができていた。
以前、ホテルの担当者と何度か打ち合わせをしてゆくうちにこんなことを言われた。
「卒業30周年の同窓会なら3割集まればいい方でしょう」と。
いやいや!2年も前から準備してるんだから少なくとも半分の200人は集まるだろう!と思っていたのだが、その考えはどうもかなり甘かったようだ。
そして、いよいよ案内状の発送に漕ぎつける事ができた!
発送は8月頃だったか?
往復葉書の返信先はこのJinkhairにして、葉書が帰って来ればレジ横の壁に組別また参加、不参加別に分け、まるで昔の喫茶店のコーヒー券のようにぶら下げて一目で状況がわかるようにした。
一体どれくらい返信はあるのか?
そして参加者は何人いるのか?
毎日郵便配達員が来る度、期待を寄せる。
そんな期待をよそに「宛先不明」の葉書や不参加の返信が来る度、陰鬱な気持ちになるが、そんな中「参加します」の返信を見つけると心が踊る!
しかし、あんなに案内状を送ったのにも関わらず参加者数は伸びなかった。
さて、どうするか?
何度目かの役員会で話し合われた結果「こうなったら選挙ではないが、人海戦術、電話作戦しかない!」と言うことになった。
つまり、返信のない同級生は参加するかどうか迷っている可能性があるから、直接連絡できる者は手分けして説得に当たろうと言うわけだ。
私の担当は7組。
7組の中でまだ返信のない何名かの同級生に直接電話をかけて参加をお願いすることにした。
その中に「H谷君」という同級生がいた。
H谷君は色白で真面目で穏やかな性格で誰からも好かれる性格の人だった。
H谷君は現在関東在住で大手の運送会社に勤めているらしい。
自宅に電話にかけるも出られないので、職場にかけてみた。
電話をかけてみると女性が電話口に出た。
私はなるべく怪しまれないように自己紹介してH谷君に取り次いでもらえるように頼んだ。
しかし、その時私は大きなミスをしていたのだ。
なんと彼の名字の「読み」を間違えていたのだ。
つまり私の名前小比賀なら「オビカ(正)、コヒガ(誤)」のように。
当然電話口の女性は不審に思ったのだろう。
「同級生なのに名前の読み方を知らないのですか?」
「あ、いや!30年ぶりなので、あの…ちょっと…」
しどろもどろになりながら言い訳をしたが、なんとかH谷くんに取り次いで貰えた。
そして電話口から聞こえてきたのは聞き覚えのあるH君の穏やかな声だった。
そして、連絡してくれてありがとう、でもその時期はそっちには帰れないから出席はできないとの返事だった。
H谷君に参加してもらうことは出来なかったが、久しぶりに彼の声を聞き、遠方で元気に頑張っているのを知り、なんだか嬉しくなった。
他の役員も精力的に電話をかけて参加を呼び掛ける。
その中でよく聞かれたのがひとしきり誘ってみた後「じゃあ、誰が来るの?」という質問だった。
これは特に女性に多い傾向だろうか?
出席してみて仲の良かった同級生がいないと不安。
分からないことはないがこれに随分悩まされた。
同窓会に対しての思いは人それぞれだ。
二つ返事で出てくれる人もいれば、消極的な人もいる。
私は今回幹事をしているのだから前者の方だが、後者の気持ちもよくわかるのだ。
それには色々な理由が考えられる。
当時あまりいい思い出がない。仲のいい友達もいなかったから会いたいという同級生もいない。当時いじめられた。
また現在おかれた自分の立場というのも影響してくる。
久しぶりに会えば当然現在の仕事の事、家庭の事などの近況を報告し合うことになる。
仕事も家庭も充実していれば堂々と同窓会に参加できるが、例えば失業中、離婚した、など何か「引け目」があるとしたら参加しにくい気持ちになるのは致し方ないだろう。
また、なんとなく面倒臭い、というのも分かる。
私もいつの頃の同窓会かは忘れたが何度か誘われてもほったらかしにして結局参加しなかったこともある。
私だって高校時代いい思い出ばかりあるわけじゃない。逆にみじめで情けない思い出の方が多いし、今になって「何やってたんだろう?」と高校時代の自分の愚かさを恥じるばかりである。
もちろん仲のいい友達もいたし、会いたいと思う同級生は沢山いる。
懐かしい昔話に花を咲かせるのも楽しいだろう。
私たちは社会に出て色々な人に出会って言わば「揉まれて」来た。
その過程の中で我々は鎧を着たり、仮面を被ってきたのではないか?
同級生との付き合いはそんな鎧や仮面の必要のない、かけがえのない安心感を感じさせてくれる。
だって彼らは昔の自分の恥ずかしいところ、未熟なところ、カッコ悪かったところもみんな知ってるんだから、今更カッコつけてもしょうがないじゃない(笑)
何十年振りに会ったのに「お~○○!」「お~久しぶり、元気にしとったん」「今なにやっとん?」と気安く話しかけられる関係、それは同級生以外ではなかなか難しいんじゃないだろうか?
同窓会というのは、そんな同級生との再会や語らいの中、自分がこれまでどうやって生きてきたのか、彼らがどうやって生きてきたのかを語り合う中で、自分のこれまでの人生を振り返り、噛み締めて、またこれからも続く人生の何らかの道標になるヒントをくれるものじゃないだろうか?
色んな考えがあって「今さら同窓会なんて何の意味があるの?」と言う意見も聞くが、少なくとも私はそう思っている。
皆さんはどうだろうか?