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(人事制度)年齢という潜在意識


人事を考えるブログ。



今日は人事制度と年齢の関係について思うことを書きます。



人事制度の設計には、年齢というキーワードが欠かせない。


会社に定年退職制度がなくても労働可能な年齢には限界がある。


適正配置や次世代の人材開発は人事の要。


年齢による労務構成比の分析は制度設計の基本だ。



しかし残念なことに日本の企業は年齢にこだわり過ぎている。

それも無意識にである。


問題にしているのは「無意識」であること。

年齢的要素を否定する訳ではない。

どうせなら徹底的にこだわってもらいたいのだ。



新卒採用、定年制度、定期昇給制度は


年齢を軸にした代表的な制度である。


完全に年齢を排除することを考えてみると


まずこの3制度は廃止であろう。



新卒採用においてもは初任給は個別に定め


採用、定年、役職定年、その他全ての制度から年齢上限を撤廃する。


業務内容、役割、責任が異なれば賃金は違えど


昇格を伴わない昇給は廃止である。


成果は全て賞与で調整すればよい。



対して


年齢を意識的に制度に組み入れるのであっても


上限年齢ではなく下限年齢という発想にしたい。


例えば、役職定年にいう表現には意義を唱える。


基準に達すれば終わってしまう表現だ。



よく見る悪い制度は


基準年齢をスタートとしてとらえた設計になっていない。


その後どうなるのかが見えなければ良い制度ではない。



それぞれの年代に基準となる年齢があってもよい。


幼稚園から大学まで、3年、4年ごとに変化があった。


卒業までには、入学すればと考えたことはないだろうか。


年々、歳をとるのが早く感じるが


次の基準に達するのを楽しみにしたいものだ。



節目に際して仕事のあり方を考える


そんな制度であってほしい。

評価制度への不満が意味するもの


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今日は評価制度について思うことを書きます。




書店やウェブサイトを見ていると


評価制度に関する記述が特に多い。


仕事柄、一応は見てみるのだが


憤りを感じてしまうことが多く


最近はあまり見ないようにしている。



「公平な評価」、「納得できない評価」、「正しい評価の仕方」


これらが私の嫌いな言葉である。



結論からいうと


評価制度の多くは肯定されるべきである。


どのような内容であっても


企業の過去を否定することから人事制度を組み立てることは良くない。


過去の人事制度を否定することは


企業理念そのものを否定する行為である。


自らの間違いをアピールして社内に混乱を招いてはならない。



よくある評価制度への不満は


結果に納得がいかないという意見ではないだろうか


昇給、賞与の金額の大小、


社内の序列、ライバル関係、個々のもつ感覚との誤差


結果に納得をいくら追い求めたところで


正しい答えを導き出せるロジックなどありはしない。



評価に関する議論は、まるで不満のぶつけ合いのようだ。


何が正しいかと議論すること事態がナンセンスだ。


ならば、いっそのこと


処遇に反映しない評価制度を導入してはどうか。



管理職がすべき仕事を評価制度に丸投げせずに。


処遇は上長が決める、社長が決める。


これでよいのである。


後は信頼関係の問題であろう。



処遇の指標は


数字、上司の記録、面談により決めればよい。


例えば、社員ごとに一冊のファイルをつくり、


そこに過去の経歴から現在に至るまでを記録する。


日次、月次、半期、通年と機会があるごとに


社員が何をしてきたか、会社は何をしてきたか


業務報告等を元に記録させてみてはどうか。



手間を惜しんではならない。


過去のことが分からない、半期の記録もできないようであれば


結局は何もしてこなかったと言うことであろう。


管理職の本来の業務はマネージメントなのだから。

ダイバーシティーマネージメントにみる誤解

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今日はダイバーシティーマネージメントについて思うことを書きます。



ダイバーシティーマネージメントとは


一人ひとりの個性、多様性を認め


競争により組織全体を活性化させようというアプローチのこと。



幾度となくこのテーマについて考えてはみたが


最近よく耳にする話題と、この定義にギャップを感じる。



私のイメージでは、多様性という言葉から


グローバル化、個別人事、人事体系の選択制、組織のフラット化


といったような印象を受ける。


しかし、話題の多くは


ジェンダー差別の撤廃、ライフワークバランス、在宅ワーク


といった内容である。



違いがわかって頂けるだろうか。


前者は、


一人ひとりの社員を活かすための人事、


考え方の違う集団を組織としてコントロールすること


後者は、


個々の要望に対応し不満を取り除き、人材を有効活用すること


福利厚生の充実による多様な人材の確保


と、断定はできないが


私の持つイメージとしてご理解いただきたい。



さまざまな事情を抱えた方々が社会で生活していけるように


新たな雇用体系を用意し、よりよい社会となってもらいたい。


否定する意図ではなく、


後者はなぜダイバーシティーマネージメントなのか。



前提として、


ダイバーシティーマネージメントの定義には賛成している。


個を活かすこと、競争により全体を引き上げること、新たな価値観を見出すこと


これは人事の根本であり、今更新たに始めることではない。



しかし、


理由は何であれ差別ではないかという論法に疑問を感じる。


もちろん明確に差別をしている場合を除いてである。



ダイバーシティマネージメントとは


社員の権利の主張に耳を傾けることではない。


例えば、日本以外の国から人材を取り入れたとして


今までになかった要望、主張があるだろうと仮定して


それに事前に答える形で制度を整える必要もない。



個々の現実の要望に対し、どこまでを許容し、


どのような選択肢を用意するかを規定することが


人事の役割であるように思うからだ。



日本企業では、いままで画一的な運営をしてきた。


それが企業内に一定の価値観、風土を残している。


この風土の改革こそ第一に取り組むべき課題であろう。