どこまでがんばれるかな。。。 -2ページ目

7月10日のぶん 「これは初めて」

必死のおもいでここまでたどり着いた

なぜそこまでしてって自分でも思いながらたどり着いたんだけど

今、初めての感覚がある、ぜひともリアルタイムで記しておきたかった

顔以外の体の皮膚の感覚が敏感になっている。

皮膚に物体が触れると、ジガジガと不快な感覚、、。

痛いといえば痛い感覚なんだけれど、足の方の痛みに比べたらまし、、、。

触れないでじっとしていればその不快な感覚はないので布団でじっとしてることにしよう。

足の痛みのおかげで、痛さに対するに忍耐力のようなものがついているので

この程度の痛みなら、日常の移動には支障がないけれど、

慣れていなければこれでもきっと動けなかっただろうな

自分の人生ってもしかしたら凄いというかダイナミックというか

めったに経験できない人生なのかなあ?なんて考える

押しつぶされないように頑張るしかないな!

7月10日の分  「広い心」

僕は最近、極力横にならないようにしている

気を失いそうになるときはしかたないけれど、、

昔から「くじけない、歯を食いしばってがんばる、、」そんな言葉に引かれる

心というか精神はいくらでもがんばれるのだけれど

どおも、体が悲鳴をあげているのかもしれない

今、ちょっと調子に乗りすぎているのかもしれない

体にちゃんと聞いてあげないといけないのだろうなあと思う

もっと広い心を持たないと、、。

7月10の分、、「予定なし」

今日は今のところ予定は無い

今の僕は体のことを理由にすべての予定を作らなくてもいいのだけれど

以前はそんな時もあったなあ

でも今は予定をなにかしら作っている、表に出る予定は天候に左右されるのだけれど

ラキソベロンも予定の1つと考えたら有り、、っか

夕べ18滴,1滴多い

お腹はゴロゴロしないのだけれど、不快感は有り

トイレに座ってみたけれど空砲、、

もう少し待とう。

予想どおり

教会に入り口にまで車が溢れていた

車椅子がやっと通れるくらいのスペースだった

車に車椅子をぶつけないように慎重に通っていった

礼拝堂の中は人でいっぱいで熱気であふれていた

昨日から僕は椅子に座るのも我慢が必要なくらい下半身がつらかった

今朝おきてもそれは改善されていなかった

おまけに熱気で僕の目がほとんど見えなくなってしまった

バッドコンディションで説教を聴くことになった

おかげで写真のほとんどがピントがあっていなかった

今日の賛美歌は若者の集まりだった

牧師さんの説教はパワフルで抑揚があって例に出す話もすばらしい話だ

政治家に立候補しても通じるような引きつける力感じる

でも僕は1つなにかを感じた

空気だ、、

目が見えない分それ以外のことが敏感になっているせいか???

空気が張り詰めたり、抜けたるする、周期というか、流れと言うものを感じた

もっとよくその流れを感じてみると、

牧師さんの話内容にリンクしていた、

牧師さんがある人の体験談のようなものを話しているときは

みんな聴き入って空気がその方向に流れた

そして、彼がその話を通じて伝えたいであろうメッセージを話しているとき(ここが大事なところだと思うが)は

その空気はバラバラなものに感じる、というか抜けている、。

きっとこれは聴いている人達の気の流れなんだろう

これは自分の気のせいなのかと思ったけれど、やはりなんどかその空気のながれが感じられて、、

僕はクリスチャンじゃないけれど、説教者の言葉の中に真理を求めるつもりで耳を傾けている

自分のツボと周りの空気のツボか違っていてなにか、きつかった、、。

きついと言う言葉しか浮かばない、、、。

食事の時間、、

やはり今日は僕は体調が悪いらしく、お皿を手から落としてしまった

ケン君がすぐに来てくれて、床に落としたものを片付けてくれた

ケン君は僕の隣にすわってくれた、その隣には高崎さん

なぜかブログの話になった、ケン君がその話に興味を持ってくれた

食事がおわってケン君に家まで送ってもらった

Eメールのアドレスを教えてくれた

今からこのURLを送ろうと思う。

晴れてはいないけれど

雨も降っていないので教会にいくことにする

そのために妻も朝からおきてくれたので、、

今日は高崎さん上司である(上司と言う言葉が適切か?)牧師の島田さんの説教

人気があるらしいので人がたくさん来ると思う

目覚め

このところずっと

「くくく、、ううぅぅ  はぁはぁ、、」って感じで

呼吸が苦しくなって目が覚める

以前なら「なんでこのまま呼吸が止まってくれないんだ」って目覚めを呪っていたかもしれない

でも今はこんなことでさえも、「経験、経験」なんて、思ってる

すがすがしい目覚めではないのだけれど、最悪ってわけでもない、

スロープ製造中止

saizou


区役所の担当の人から連絡があり、昨日のスロープが6月で廃盤になってしまったらしい それでまた今朝来てくれたジングルは昨日会っているので大喜び 話をしている最中でもそばにくっついていた もう一度サンプルを2種類もってきてもらって試すことになった、

ご苦労さまでした

penki pp

役所の人2人、工事業者の人1人、リハビリセンターの人2人

生活状況、移動の様子等をメモしてたり、写真にとったり

「公表はしませんから」と言われたけれど

「別に全然OKですよ、そのかわり写真撮らせてくださいホームページに載せたいから」

といったら「公表されるとちょっとまずいかもしれない」と言われたので

顔が写っていないように、デジカメの音を消して、盗撮した

だから、この写真は了解を得ずに載せている

要介護認定者のわがままと言う事で勝手に許してもらうことにする

今日はベランダのフエンスの防水に工事の人が来ていてジングルとベルが

工事のおじちゃんを大歓迎、そのあと、彼らが来たのでジングルは

興奮のドつぼ、、うれしくて自分がどんな吼え方をしていいのかわからくて

ワンとかキャンとかヒーとかいろいろ、、

ベルは右往左往、、

彼らが来たときは僕はパソコンの前に座ってメールのチェックをしていた

メールチェックと言うとなんかカッコイイ仕事のようだけど

実際は、懸賞サイトに応募したり、在宅ワークーサイトに問い合わせをしたために

その関係のメールが1日ほっとくと300通ぐらいたまってしまうので

それを、削除していく作業。

椅子に座っている僕を見ると普通に見えるらしくて

スノコライダーに移る動作、移動の動作を見て、言葉を一瞬失って僕の顔を

まじまじとみていた、

「トイレにの便器に移る動作、パソコンの椅子に座る動作、車椅子に乗る動作

すべてが、腕だけでおこなわれていますね、腕の力が強いですね、いろいろご自分で工夫されて、関心しました」

感心されてもなあ、、、

でもそこっから、いろいろな提案をしてくれた、トイレにどんな手すりをつけるのがいいのか、

でも妻はそれを嫌がった、かっこいいトイレに手すりをつけたくないらしい

まあいいか

スロープと車椅子を支給してもらうのが目的だから

役所の人が、「このスノコ大変でしょ、これだけ広かったら室内車椅子をお考えになったらいかがでしょ車椅子2台になっちゃいますが」

それは楽だなあとおもったのだけれど、自分の生き方とはちがうようなきがした

でもせっかくなので作ってもらって、今僕が友人から車椅子を借りているように

誰か必要な人が現れたらその人に使ってもらうってのもありか?と考えた

7月20日の車椅子クリニックのときに決めよう

僕はいずれ車椅子は要らなくなる日が来ると思っているので、、。

スロープは見本を持ってきてくれて試した。

やはりそれように設計されているので、いい感じだった、

さっそく手配をしてもらうことになった

来週中には届くらしい

「今日英会話に行きたいのでこれその時までお借りしておくことはできませんか?」

だめもとで尋ねてみた

「いいよね、こうかんって形で、、」

やった~、いいってみるいもんだ

みなさんほんとに親切だった

ほんとのことだから、、

山手キリスト教の牧師さん、森さんは

毎週水曜日に僕のところへ来て、聖書の話をすると決めているらしい

僕は先週、電話でやんわりと角が立たないように断ったと思っていたのだけれど

上手く伝わっていなかったらしい、電話がかかってきた

「今日は3時でいいですか?」

「すみません、先週もお伝えしたと思いますが、呼吸が少し辛いので
 
しばらく、お休みということで、、、、」

「ああ、そうですか、週報のほうにもう田中さんのお宅に伺って、聖書のお話をする

 と書いてしまったんですが、困ったなあ、、、」

僕は、クリスチャンでもないし、教会の信者でもない、、

何が困ったのか???

呼吸がしにくいのは事実、

2時間ちかく床に座って僕にとっては足の痛さを我慢するだけでもかなり大変なこと

そして「イエスキリストを信じないのが根本の罪だ」と言う僕にとっては全く無意味な話を繰り返し聴かされるのはかなりの苦痛

辛いのを耐えてまで、する価値を僕は見出せないので

そこまでの努力を僕はしないことにして、、

嘘も方便と言う言葉があるけれど。

本当のことだけど、理由ではなく、いいわけにして,断った、

せっかくですが、ごめんなさい、森さん

散歩 その2 

コンテナ 仲間


山下公園の元町側の端っこにコンテナを使ってゲートがある

そこで写真を撮ってもらって大桟橋に向かった

息がかなり苦しかった

でもジングルを思いっきり走らせてあげたかったので、、

途中で目の前が白くなてきた

大桟橋のあの坂にきた

少し休んで呼吸を整えた、

胸が痛くなくなったのはほんとうによかった、、、深呼吸ができる。

バックで登り始める、、

1回漕ぐと、ジングルは3歩、僕の漕ぐペースに合わせて歩いてくれている

舌を出して、僕を見上げて、、、。

腕の力がこの前とは全然弱くなっている

なぜだろう、疲れなのかなあ?

3分の2ぐらい来た所でかなり苦しくなってきた

「押そうか」妻が言った

僕は首を横に振った

言葉もだせないくらい苦しかった、、、

安らぎを思い出した、、、それどころじゃなかった

でも、体は苦しくても、心は嫌な思いをしてはいなかった

登りついて深呼吸したら、とっても安らいだ気持ちになった

そしてそのあとすぐに気を失った

僕が気を失うのは妻はなれて来ているので、あわてなかったと思う、

すぐに気がついた、奥まで行ってベンチに横になった、、

少し回復したので写真を撮った

放し飼いワンちゃんグループ、、

ドッグラン状態だった。

安らぎの訓練になったなあ、。