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 頭の痛い事件が続発しました。娘が反抗期であることも有るかと思いますが、気性の激しい家内とよくぶつかります。理由は忘れたようですが2人が口論になり家内がプラスチックの棒で娘を叩き始めました。
 しかし今回はそのプラスチックの棒が割れ、とがった部分が家内の掌に刺さり出血しました。
このような状態が続くようでは一緒に生活するのも危険と判断し、娘を連れて店に住むようになり半別居状態になりました。

 そしてもう1つは正月早々の交通事故です。
住宅街を車で走っていたのですが、バイクが隣から近づいてきて私の車の横にぶつかりました。
バイクは転倒し乗っていたお爺さんは体のあちこちを擦り剥きました。一瞬の出来事のはずですが、何かを轢いたと思った瞬間からは非常にゆっくりと時間が流れたように感じました。初めての感覚です。
 引いたのがバイクと気づき、先ず最初に不幸は突然にやってくるるもので、自分の人生もこれで終わったかもしれないと思いました。死んでしまった場合はマレーシアにも住めなくなると思いながら、全てを受け入れようと決意を固め、車を止め被害者の方に走りよりました。お爺さんが倒れているところから止まった車まで5mほどしか離れていなかったので、数秒程度の間でこれらのことを1度に思い巡らせたことになります。
 幸いなことに横の後ろから来ていた車も直ぐに停まれたようで助かりました。停まっていなかったら、もちろんお爺さんは亡くなっていた可能性が高いです。
お爺さんのところに駆け寄り先ず私の口から出たのは謝罪の言葉でした。お爺さんが中国系だったので自然に中国語で話していたようです。その状況で後ろで停まった車の人も聞いていて、彼の最初の言葉はあなたは悪くないと言うものでした。確かに私は直進していただけです。
 彼も中国系で私を中国系と思ったようです。正直のところ彼が私を中国系と思わなかったら彼も私を批判していたかもしれないと思ってしまいました。
 通常事故が起こるとどちらが悪いと言ったことを意識するのですが、この時は相手がバイクで大怪我をしているので私にとっては次元が違う状況で、そういった意識は全くしていませんでした。
 お爺さんも責が彼の運転にあると意識しているのか、大丈夫だと言い家に帰ろうとします。高齢で少し痴呆が進んで折られるような気もしましたが、家の電話番号もわからず家には誰もいないとの事。
 このような怪我をした状態では当然病院に行くべきです。他の車を停め助けに来てくれたマレー系の人が救急車を呼んでくれました。暫くして救急車が到着し、車とバイクはそのままにしお爺さんと病院に向かいました。
 診断と治療が終わり外傷のみということで帰ることになりました。バイクは故障してしまったので修理させてもらいましたが、他に携帯電話や時計も壊れており修理させてくれと頼んだものの、気にしなくていいとの事でそのバイクに乗り新興高級住宅街に帰っていきました。帰り際に私の電話を借り奥さんに電話され、交通事故で病院に行き今帰るなどと言っていました。少し怪我しただけなので問題ないとか。どう見ても結構な大怪我なのですが・・。奥さんの携帯番号は記憶されておられたようです。
 これから2日ぐらいは怖くて運転ができませんでした。例え相手が悪かったとしても、その人にも家族があります。自分自身もう少し目を見開いて運転していれば横から近づいてきていたバイクに気づけたのではないかと言う後悔の念が絶えません。
少し寝不足だったかもしれないので、それにも後悔しています。仕事や諸々で時々寝不足なことがありますが、人を轢いてしまってからでは手遅れです。
これ以降細心の注意を払い運転しています。あまり気にならなかった周りの運転マナーが悪いのも気になり始めてしまいましたが・・。