人生の意味とは | jinendのブログ

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 はて何か深刻なタイトルになってしまいましたが、ぺタを付けていただいた方のブログにお邪魔したところ、人生について色々考えておられたので、自分の過去を思い出しました。

 未だ学生時代でしたが、色々考えました。原因は彼女にふられたから(ありがちですみません)。若い時は悩む時期ですね。青春です。

 ひたすら考えました。人間に限らず全ての生き物は必死に生きている。何故この宇宙は生き物が存在し、その生き物は必死に生きるのか。また必死に生きるだけでなく、時に楽をしたり時間をつぶしたりする。これだけ多くの生き物(地球以外も含め)が、これほど懸命に生きようとするのには何か意味があるのではないか。

 これで高校時代は文学にのめりこんで行き、数百冊を読んだあたりで頭が変になる雰囲気を確かに感じ取り、文学は罪悪だと実感しました。まさか自分に限って気がおかしくなるとは思いもしませんでしたが、所詮人間である事も悟り、文学はそれ以降止めました。

 しかし、こういった思想のヒントは哲学にあるように思い、またまた読み始めちゃいましたが、より理論的な分感情的なところには深く入り込まない為、気がおかしくなる危険を感じる事はありませんでした。哲学と宗教は非常に近く、世界の色々な宗教に関しても極力客観的な知識を深める目的で本を読んでいきました。

 世界には色々な価値観があり、違った感覚の世界で生きている人もたくさんいる。それを知るには、そういう人達と共にいれば分かる。そういった中からも色々な事が分かるかもしれない。そういったこともあって、外国には強い興味がありました。

 実際に多民族国家に暮らしてみて、やはり個人的には満足しています。色々な事を知る事が出来ました。日本の環境は独特で、こういったことを考え易い雰囲気があるような?こちらのような環境だと、それ以前に生活向上とか、そういった類の事で頭がいっぱいになる雰囲気です。環境的にそういうことが考えられる状況、または哲学的なことを考えるような成熟しきった社会環境でないと言ったところでしょうか。

 結果として人生の意味ですが、生きる事、欲求を認め素直にそれに向かって生きる事、生きる事事態に意味があると言うことになりました。

 生き物は自然から欲求が与えられています。欲とは生きることそのものです。欲と言うと欲深いなどのイメージで良くないイメージが浮かぶ人もいるかもしれませんが、行き過ぎた欲を抑えようとし法で治めたりするのも欲求からです。人を助けたいと言うのも欲求からです。

 アウシュビッツの収容所で奇跡的に生きながらえたVEフランクルさんというユダヤ人の方がいました。精神分析学の権威でウィーン大学の教授をされており、確か私が社会に出て1年くらいの時に亡くなったかと思います。彼は収容所のなかで最後まで持ち続けたものは、家族に対する愛と自尊心だったと言っています。これが究極の欲求であると私は思っています。そこで私の人生に対する思考は終わりました。

 とりあえず色々やりたい事を探して、そのために努力しましょうか。それで生きてるうちには良い事も良くない事もあります。それで良いのではないかと思います。

 色々な考えはあるかと思いますが、私はこれが自然の原理に沿ったものと考えています。