写真家 jin-andoの徒然日記~写真に魅せられて -2ページ目

写真家 jin-andoの徒然日記~写真に魅せられて

日々の出来事を、風景写真等を中心に織り交ぜながら発信しています。
将棋の藤井聡太二冠の大ファン。時々藤井聡太二冠の記事を載せます。

海から春がやってくる~大分県四浦半島の河津桜が彩る早春

 冬の名残がまだ空気の端に残る頃、四浦半島へ向かう道すがら、胸の奥に小さな期待が灯ります。季節の変わり目にだけ漂う、あの淡い光の気配。海沿いの道を走ると、潮の香りに混じって、ふわりと桜色が視界に差し込みます。まるで春がこちらへ歩み寄ってくるようで、心がそっとほどけていくのを感じます。車を降りると、風はまだ冷たいのに、どこか柔らかく、頬に触れるたびに「もうすぐ春ですよ」と囁いているようでした。そんな早春の訪れを確かめるために、私は今年も四浦半島を訪れたのです。

 

 海と桜が寄り添う、四浦半島ならではの風景

 

 四浦半島の河津桜は、海と寄り添うように咲き誇ります。青く静かな海の上に、淡いピンクがそっと重なり、まるで水面に春が映り込んだかのような景色が広がります。桜並木を歩くと、花びらの隙間から海がきらりと光り、風が吹くたびに潮の香りと桜の香りが混ざり合い、どこか懐かしい気持ちを呼び起こします。海と桜という、一見対照的な存在が、ここでは自然に寄り添い、互いを引き立て合っているのです。足を止めて眺めていると、時間の流れがゆっくりとほどけていくようで、心が静かに満たされていきました。

 

 ドライブにも散策にもぴったり

 四浦半島は車でのアクセスが良く、海沿いの道を走るだけでも心が軽くなります。カーブを曲がるたびに景色が変わり、桜の色が濃くなったり薄くなったりと、まるで春のグラデーションを眺めているようです。途中には小さな駐車スペースが点在しており、気になった場所で車を止めて散策することもできます。海を背景にした桜は写真映えするだけでなく、実際に目にするとその美しさに息を呑むほどです。歩いても、車で流しても、どちらも心地よく、春の訪れを全身で感じられる時間が流れていきます。

 

 早春のご褒美

 四浦半島の河津桜は、寒さの残る季節にそっと差し出される“早春のご褒美”のように感じます。満開の桜が海風に揺れる姿は、華やかでありながらどこか控えめで、心に静かな温もりを残してくれます。花びらの下で深呼吸をすると、冬の重さがすっと抜けていき、春への期待が胸いっぱいに広がっていきました。「また来年も、この景色に会いに来たい」そう思わせてくれる場所があることは、日々の中でふと立ち止まるための小さな灯りのようです。四浦半島の河津桜は、そんな優しい春の入口でした。

 

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心がゆっくりほどけていく
 ~真玉海岸の夕暮れ

 大分県豊後高田市にある真玉海岸には、これまでに何度か足を運んでいます。
初めて訪れたときの夕陽の美しさが忘れられず、旅の途中でふと海が見たくなると、自然とこの場所を思い出してしまうのです。
 その日の空と潮の具合でまったく違う表情を見せてくれる海岸で、私にとっては“帰ってきた”と感じられる場所でもあります。
 この日も、特別な予定があったわけではありませんでした。真玉の夕暮れが見たくなり、気づけば車を走らせていました。海岸に着いたのは、ちょうど潮が引き始めた頃でした。砂紋が静かに姿を現し、薄く張った水面が空の光を受けて、かすかに揺れていました。その光景を見た瞬間、「今日の夕陽もきっと美しい」と確信しました。 

 夕陽を待つ時間の、ゆるやかな流れ

 太陽がまだ高い位置にあるうちは、真玉海岸はどこにでもある海岸のように見えます。
けれど、光が少しずつ傾き始めると、景色はゆっくりと変わり始めます。
砂紋の上に広がる水面が空の色を吸い込み、金色の帯が一本、また一本と海岸に伸びていきます。その光の上を歩くと、自分がどこか別の世界に足を踏み入れたような気がしました。
何度訪れても、この“夕陽を待つ時間”が好きです。
ただ海を眺めているだけなのに、心の奥に溜まっていたものが少しずつほどけていくようで、
旅の途中にふと訪れる静かな救いのような時間です。

 

 太陽が沈む瞬間、言葉がいらなくなる

 太陽が水平線に触れたとき、海岸にいた人たちが一斉に静かになりました。誰もがカメラを構えながら、でもどこかで「撮るより見たい」と思っているような、そんな空気が漂っていました。
 光は金色から朱色へ、そして紫へと変わり、空と海の境界が曖昧になっていきます。
世界がひとつの色に溶けていくような、あの一瞬の美しさは、何度見ても胸を打ちます。
その光景を見ていると、胸の奥にしまっていた小さな不安や焦りが、潮にさらわれるように静かに消えていきました。

 

 夕陽が沈んだあとに残るもの

 太陽が完全に沈むと、海岸には薄い群青色の静けさが広がりました。
昼でも夜でもない、あの一瞬だけの色です。
帰り道、海風が少し冷たくて、「また来よう」と自然に思いました。
真玉海岸の夕陽は、ただ美しいだけではなく、心の奥にそっと灯りをともしてくれるような力を持っていると感じます。
何度訪れても、同じ夕陽には出会えません。
だからこそ、また見に来たくなるのだと思います。

 

 

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ただ静けさに会いに行く
~瑠璃光寺と五重塔、音の道を歩く旅

 山口県山口市にある瑠璃光寺は、国宝・五重塔を中心に、室町時代から幕末までの歴史が凝縮された特別な場所です。
 四季の花々が彩る香山公園の中に佇み、訪れるたびに違う表情を見せてくれる、そんな魅力が多くの旅人を惹きつけています。 

 

 瑠璃光寺 ― 大内文化の残響が息づく静寂の寺

 

 瑠璃光寺の境内に足を踏み入れると、まず感じるのは「静けさの深さ」です。山口市の中心部からほど近い場所にありながら、香山公園の木々に包まれたこの寺は、まるで時間がゆっくりと沈んでいくような、不思議な落ち着きを湛えています。瑠璃光寺の歴史は、室町時代に山口を本拠とした名門・大内氏と深く結びついています。大内義弘が建立した香積寺が前身で、後に毛利氏の時代に現在の瑠璃光寺が移され、今の姿となりました。
 大内氏は「西の京」と呼ばれるほど文化を重んじた一族で、京都文化を積極的に取り入れ、山口に独自の雅やかな文化を築きました。その面影は、瑠璃光寺の静謐な佇まいや、境内に漂う柔らかな空気の中に今も息づいています。朝の光が差し込む時間帯に訪れると、木々の影が石畳に揺れ、鳥の声が遠くで響き、まるで室町の都に迷い込んだかのような錯覚すら覚えます。
 境内は広すぎず、歩くたびに小さな発見がある心地よい空間です。歴史の重みを感じながらも、どこか人を包み込むような優しさが漂っていて、旅の途中でふと立ち寄りたくなる場所。瑠璃光寺は、ただの観光地ではなく、時代の記憶が静かに息づく「物語の残る寺」なのです。


 香山公園の入口に立つと、朝の光が木々の間からこぼれ落ち、まるで旅人を迎えるように足元へ降り注ぎます。鳥の声が遠くで揺れ、湿った土の匂いがふわりと漂う。山口の朝は、どこか懐かしく、胸の奥に眠っていた静けさをそっと呼び覚ましてくれるようです。ゆっくりと歩みを進めると、室町時代から続く瑠璃光寺の伽藍が姿を現し、長い歴史を静かに語りかけてきます。境内は広すぎず、歩くたびに小さな発見があり、旅の始まりにふさわしい穏やかな時間が流れていました。

 

 国宝・瑠璃光寺五重塔 ― 大内氏の祈りが形になった優美な塔

 瑠璃光寺の象徴ともいえる五重塔は、室町時代の1442年頃、大内盛見が兄・義弘の菩提を弔うために建立したものです。総檜造りの塔は高さ31.2メートル。均整の取れたシルエットは、見る角度によって表情を変え、朝の光、夕暮れの影、雨に濡れた静けさなど、どの瞬間も絵になる美しさを持っています。
 大内氏は京都文化を深く愛し、その影響は五重塔の造形にも色濃く表れています。屋根の反りは優雅で、細部の意匠には雅な美意識が宿り、まるで山口の地に「もうひとつの京都」を築こうとした大内文化の象徴のようです。塔の周囲には四季折々の自然が広がり、春は桜、夏は深緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、季節ごとに異なる表情を見せてくれます。
「令和の大修理」が完了し、その前に立つと、改めて、歴史の重みと人々の祈りが静かに胸に響き、旅人の時間もまたゆっくりと歩みを緩めていきます。

 うぐいす張りの石畳 ― 足音が、時代の記憶を呼び覚ます

 瑠璃光寺の境内を歩いていると、ふいに足元から“キュッ”と小さな声が響きます。うぐいす張りの石畳——木の廊下ではなく、石畳でこの音が生まれるのは珍しく、訪れた人が思わず足を止めてしまうほどの不思議な魅力があります。朝露を含んだ石はひんやりとしていて、踏みしめるたびに音が変わり、まるで石が旅人に語りかけてくるようです。
   この石畳がいつから存在していたのか、明確な記録は残っていません。しかし、瑠璃光寺が大内氏の時代から続く歴史を持つことを思えば、この音は何百年もの間、無数の足音を受け止めてきたのかもしれません。僧侶が祈りへ向かった足音、志士たちが密談へ向かった足音、旅人が静けさを求めて歩いた足音——そのすべてが、石の奥にそっと染み込んでいるように思えるのです。
 風が木々を揺らし、光が石畳に落ち、そこを歩くたびに小さな音が響く。その瞬間、現在と過去がふっと重なり合い、時代の記憶が呼び覚まされるような感覚に包まれます。うぐいす張りの石畳は、ただの道ではなく、歴史の余韻が静かに息づく「音の記憶装置」のような存在なのです。

 

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■花鳥風月

  2月の満月は「スノームーン」 2月2日 18:55撮影

 

 

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