青い空と海を撮る | 写真家 jin-andoの徒然日記~写真に魅せられて

写真家 jin-andoの徒然日記~写真に魅せられて

日々の出来事を、風景写真等を中心に織り交ぜながら発信しています。
将棋の藤井聡太二冠の大ファン。時々藤井聡太二冠の記事を載せます。

  夏の海と空のコラボレーションは、この上もない被写体となります。青い世界に包まれると、時間がたつのを忘れてしまいます。

 写真は、大分県豊後高田市の長崎鼻というところです。四季を通じて、素晴らしい景色を見ることができる場所です。

 

NikonD810、AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR

ISO200、f/8、1/1000、38mm

 

NikonD810、AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR

ISO200、f/8、1/1000、40mm

 

NikonD810、AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR

ISO200、f/8、1/640、65mm

 

 青い空や海をより青く撮影するには、C-PLフィルターを使用するのが効果的です。私のブログの記事を参考にしてください。

 

 

 

連載 「砂上の足跡」~小道研 愛すべき仲間「札幌・小樽」
 北海道の研究会に事務局員で参加することになった。私は、添乗員的な役を担い、飛行機・ホテル・レンタカー等の手配を行った。北海道は、私事旅行を含め5回ほど経験していたので、みんなに楽しんでもらおうと趣向を凝らしたのだった。
 出発当日、かなり大きな地震が発生し、飛行機の時間が大幅に遅れてしまった。果たして研究会に間に合うのだろうかと心配しながら、新千歳空港へ向かって空の人となった。新千歳空港からレンタカーに分乗し、カーナビを頼りに目的地へと急いだのであったが、到着したのは何と午後5時前。既に研究会は終わっていたのだった。いったい何をしに来たのだろうと思ったが、これもまた、旅の醍醐味なのだろうと一同爆笑するのだった。
 こうなれば、北海道を楽しむことに舵を切らねばなるまい。一同は札幌のホテルに向かい、夜の札幌を満喫するのであった。
 札幌と言えば夜景の素晴らしさが格別だ。特に藻岩山からの眺望は絶景である。
藻岩山は、北海道札幌市南区にある標高531mの山である。札幌の中心から南西、南南西にあり、20世紀後半になって高い建物が林立する以前は、市内中心部からもよく見えたそうだ。展望台とスキー場によって、札幌市民と観光客の行楽地となっている。
 山頂展望台からは札幌の街並みをはじめ、雄大な石狩平野や石狩湾が広がり、遠くには雄大な山々が連なる絶景を楽しむことができる。陽が沈むと色とりどりの宝石が輝いているようなロマンチックな夜景スポットに一転、煌びやかな札幌の夜景に酔いしれることができるのだ。
 藻岩山中腹に、N43(「北緯43度」と読む)というスナックがある。ここは、夜景を目の前にしてカクテルを楽しめる絶好の店だ。私は、みんなにこの絶景を楽しんでもらおうと予約を入れていた。

「今からすごいところに案内しますよ~。声が出ないほどの素晴らしいものを見ることが できます。」

「真っ暗でよくわからないねえ。」

と言う声を聞きながら、薄暗い店内に入ると、

「わーっ。」

という感嘆の声。そうなのだ。ここへ初めて来た人は、きっとこんな声をあげるのだ。正に感動の一言である。しばし無言のまま絶景を堪能し、町の明かりがだんだん少なくなってきたのを頃合いと、N43に別れを告げた。しかし何度来てもここは素晴らしい。私はこの回を含めて3度目の絶景鑑賞であった。明日は小樽と行く先は決まっている。

 「小樽」の地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川)に由来してる。現在の小樽市と札幌市の境界を流れる星置川の下流、小樽内川を示していたそうだ。しかしオタルナイ場所の呼称は引き続き用いられ、クッタルウシと呼ばれていた現在の小樽市中心部が、オタルナイ(小樽内、尾樽内、穂足内)と地名を変えることになる。現在の小樽市域にはこの他、於古発(オコバチ)川以西のタカシマ場所、塩谷以西のヲショロ場所も開かれていた。これら三場所は、後にそれぞれ小樽郡、高島郡、忍路郡となっている。また、これら三場所と渡島国や道外の間には北前船の航路も開かれていた。
 19世紀末から築港された小樽港は1899年に外国貿易港となり、20世紀前半は石狩地方で産出された石炭の道外への輸送や、樺太やロシアとの交易で栄え、「北のウォール街」と呼ばれた。
 一行は小樽運河へと向かった。
 小樽港は北海道開拓の玄関口として発展してきた。当時は、大きな船を沖に泊め、はしけ(台船)を使って荷揚げしていたが、取り扱う荷量が多くなり、はしけが直接倉庫の近くまで入って行ける水路を作った。これが「小樽運河」である。
小樽運河は、大正12年に完成し、内陸を掘り込んだ運河ではなく、海岸の沖合いを埋立てて造られたため、直線ではなく緩やかに湾曲しているのが特徴となっている。
しかし、時代が変わり戦後になると、港の埠頭岸壁の整備により、その使命は終わりを告げることとなった。
 昭和61年、運河は、十数年に及んだ埋立てを巡る論争の末に一部を埋立て、幅の半分が道路となり、散策路や街園が整備された現在の姿に生まれ変わった。運河の全長は1140mで、幅は道道臨港線に沿った部分は20m、北部(通称:北運河)は当初のまま40mとなっている。散策路には63基のガス灯が設置され、運河沿いの石造倉庫群は当時の姿のまま残されておりレストランなどに再利用されている。
 小樽運河を満喫した後、一行は北一ガラスへ。
 明治34年(1901)、石油ランプの製造から始まった北一硝子。現在はガラスショップや美術館、カフェなど市内に17店舗を展開し、小樽を代表するガラスブランドとなっている。
 最初に訪ねたのは、明治中期築の木骨石造倉庫を利用した「三号館」だ。商品ジャンルごとに和・洋・カントリーと分かれた各フロアに、デザイン性と使い勝手を兼ね備えたオリジナルガラスが所狭しと並ぶ。小皿やカップなど、日常使いのアイテムが豊富なので、選ぶ方も一苦労であった。
 研究会のメインである提案授業は見ることはできなかったが、札幌・小樽を満喫でき、違う意味での「研修」ができたことは何よりであった。
 大分では、年2回の研究会を切り盛りする事務局員。こうしたハプニングを様々に経験し、互いの絆を深めていくのであった。


つづく

 

私が撮影した 写真の販売をしております。
是非、お立ち寄りください。



  

 

 

 

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