歎異抄の補足です
今回でこのシリーズはマジで最後ですw
(↑ほんとだろうな?)
(↑マジマジw)
次回から「何事もなかったかのように」平常運転に戻りますのでw
さて、このシリーズの
親鸞の体験した「非物質の世界」
と
現代のヘミシンカーさんが体験する「非物質の世界」
は「同じ」に決まっている
という話の「補足」で
ある日本人の瞑想による「悟り」体験
と
ヘミシンクの「フォーカス」の概念での「悟り」
を比較してみよう!
っていう元気ハツラツ企画です
前回は【ある日本人の瞑想による「悟り」体験】を確認しましたので
今回は【ヘミシンクの「フォーカス」の概念での「悟り」】を見てみましょう
まずはヘミシンクの
「F27」
「F35」
「F42」
「F49」
の紹介です
(「F」はヘミシンクの「フォーカス」の略です)
「F27」については、このシリーズ⑧でもふれましたが
以下のリンク先を参照されてください
参照:
今回は、さらに波動の軽いフォーカスである
「F35」
「F42」
「F49」
について、過去記事を再掲します
参照:
んなもん知ってるよ!
って方は【はい、ここまで~!】までスクロールをw
【以下再掲】
――――――――――――
「悟り」ってなーんだ?
っていう積年の疑問に終止符を打つべく
「悟り」を定義しちゃおう!
とお元気に驀進中です~w
で、「定義」はこちらw
「悟り」とは「特殊で苦しい修行を経て仰ぎ見る、特別にして深遠なる何かw」
ではなくw
目に見えない世界(フォーカス27以上)を正確に理解した上での「気づき」であり「心境の変化」である
ヘミシンクの「フォーカスレベル」の概念が大いに役に立ちますので確認してきましたが、今回で最後の確認です
このへんになりますと「読んでるだけで気持ちいいw」文章でして、「悟りとか語るのもバカバカしいやね」って、ブログを書くモチベーションが萎えてしまいそうですw
まとめてどうぞ~!
(引用はTSTさまですm(__)m)
F34,35
ここはロバート・モンローが『魂の体外旅行』のなかで、「大集合(ギャザリング)」と呼んだエネルギー領域です。
近隣の別の生命系から来た宇宙知的生命体たちが、地球で起こる大変化「アース・チェンジズ」を目撃しようと、地球の周りに集まっているといわれるところです。
その宇宙知的生命体たちとコンタクトを取り、さまざまな情報をもらうことができる場合もあります。ま
た、このフォーカス・レベルは、トータルセルフ(別名IT:I/There)が存在する領域といわれ、自分のトータルセルフへの理解を深めることができます。
F42
この領域は、「I/There(IT)クラスターのエネルギー」と定義されているところです。
ITクラスターとは、自分のITが、自分と関係があるほかのITとつながり集合体を形成しているものです。
F42では、自分の存在を「すべてつながったITクラスター」と理解することができます。
一つひとつの存在がそれぞれに寄与しあっており、全体でひとつの自分自身なのだという意識です。
その個々の存在たちにコンタクトすると、彼らの意識や知恵を自分のなかで確認することができる上、宇宙のどこかで、自分を表現している存在がいることもわかります。
それを全体的に統合した存在として知ることも、その一つひとつについて知ることも可能であり、つまりはこの領域の探索も、ほかのフォーカス・レベルでの探索と同じように、自分自身を発見していくということにほかならないのです。
そういった意味でも、このF42は、自分というものについて、何かを思い出したりするのに最適なフォーカス・レベルだといわれています。今までの各フォーカス・レベルでの活動がこの領域で思い出され、つながることも多いのです。
モンローは自分のITクラスターに接したときのことを、次のように語っています。
「そこにあったのは、何千また何千という糸だった。どれもエネルギーに満ちて光を発し、あらゆる次元で外へ外へと広がっている。私のITから!
その行き先には必ず他人のITらしきものが存在していた。これは、我々が経てきた人格をすべて合わせたものなのだ。
我々の考えた人や、我々のことを考えた人たちと結びついているのだ。なんてたくさん私は、この世で結びつきをもってきたのだろう……」
(『究極の旅』より)
F49
このフォーカス・レベルの定義は、「ITクラスターが無限の海のようにつながっているところ」です。
現在では、「ITスーパークラスターのエネルギー」と呼ぶことが多いですが、モンローはその状態を蜂の巣状につながる無限の海という表現をしたそうです。
モンローは、自分のITクラスターが目指す次なる場所を求めて、「源(グレイト・エミッター)」へと旅立ちます。源にたどりついたモンローはそこで《名前のわからない大きな存在》にこれ以上先に行くことを止められます。
その存在との会話から、その先にある、「孔(アパーチャー)」を抜け、我々の住む物質世界を形づくった創造的な力の根源である「彼方」へと旅立てるのは、ITクラスターのすべての側面を集め終わり、統合し、その側面たちの数限りない経験と愛という贈り物を携え「完全になった(真に一つとなった)」ものだけであることを理解したのです。(『究極の旅』より)
この領域では、太陽系を出て銀河宇宙へのアクセスという可能性を探索することができます。さらにモンローがたどった道筋を自分でたどることもできます。
「源(グレイト・エミッター)」や、その先の「孔(アパーチャー)」のエネルギーを感じてみてもよいでしょうし、さらにそこから「彼方」への旅立ちにチャレンジしてみてもよいでしょう。そこから何を得るかは、それぞれの体験です。
またここでは、ITクラスターの代表格であるクラスター・カウンシルから、いろいろな情報をもらうことができます。その手助けを受けながら、さらなる探索をお楽しみください。
以上、各フォーカス・レベルについてひと通り説明しましたが、あくまでここに挙げたことは可能性です。
自分にとってはどう感じるのかを確かめることが、探索なのです。そして、その探索の積み重ねから得たものこそが、可能性を越えた「既知」となるのです。
モンローさんが「源にたどりついたモンローはそこで《名前のわからない大きな存在》にこれ以上先に行くことを止められます」という体験をされたように、ここは基本的にガイドさんの導き、後押しがなければ行けないところです
べつに善悪とか優劣ではなく、肉体を卒業したら誰もがどうせ還るところなので、ガイドさんから「あなたは今行く必要はないかな」と判断されたら行かないってだけです
ブログ的には「F27が悟り」って言ってますが、F27以上のフォーカスを訪れたら、ある意味ホンマに終わりですw
何が終わりかwといえば、生きることの「恐れ」が無くなっちゃうわけです(恐れを感じることも、人生では大事な体験です)
このへんはどれだけ言葉で表現しようとも陳腐な言葉しか出てこないので、言った瞬間に空しくなっちゃう感じですw
頑張って言えば
「圧倒的な愛」
「これまで体験したことのない愛」
「生きとし生けるすべてのいのちの源」
ですが、もうほんとゴーヤ陳腐ルーでしょう?w
F27も十分に圧倒的な愛なのですが、それ以上のフォーカスレベルは「うわあ…まだあったんかーい!温かーい!」ってな感じですw
ここの存在さんたちは人間の身体のかたちはすでになく、当然ですが性別もありません
地球の人から見たら「全員神さま扱いw」されるでしょうw
F27はギリギリ「地球&人間サイド」のフィールドですが、F27から先は「地球&人間」からも離れます
あらゆるものは「いのち」をもって生きていて、そして「1つである」ことがいやがおうでも瞬時に理解します
モンローさんは「トータルセルフ」を「アイ・ゼア」と名付けましたが、ほんと素晴らしい名称ですw
ここへ行きますと「自分のおおもと」と出会うわけですが、もうなんて言うか波動が素晴らしすぎて「こちらおっぱい大好きでほんとごめんなさい」としか言えないのです(←やめとけw)
で、「自分のおおもとのおおもと」の「アイ・ゼア・クラスター」という清水の次郎長みたいなのにお会いしますと、いのちの仕組みのあまりの荘厳さ、美しさ、完璧さ、見事さ、精緻さ、清らかさにほれぼれします
街道一の大親分たあ、おめえさんのことだってねえ!ってうなるしかありません
ここまで来ますと、「悟りとは目に見えない世界(フォーカス27以上)を正確に理解した上での「気づき」であり「心境の変化」である」と言ってる意味が、なんとなーく分かるでしょ?w
―――――――――――――
【はい、ここまで~!】w
…ふぅw
で、私見を述べる前にいきなり余談なのですがw
先日本棚を整理していて、奥にあったある本をパラパラめくっていたら
坂本政道さんの見たフォーカス42の絵
がありましたw
それがこちら↓
(「わかりやすい!絵で見る死後体験」(ハート出版)より)
これを見て、思わず笑っちゃいましたw
私が見たものとまったく同じだったものでw
この本を手に入れた経緯を完全に忘れているのですがw
きっと「積んどく読んどく」の1冊で
買った記憶も、読んだ記憶もありませんw
私の体験は、最後に「参照」を貼っておきますが
「いやあ、ちゃんと同じものを見るもんだねえ」と
分かっちゃいたけど、あらためて感動した次第ですw
ロバート・モンローさんも同じものを見て
Bowl of Light(椀状の光)と呼んだそうで
まさに「7年越しの答え合わせw」になりまして
ガイドさんありがとね~ん!♡
んでで、ここから私見なのですが
前回ご紹介した【ある日本人の瞑想による「悟り」体験】は
「これ」を体験されたのではないかとw
前回述べましたが、この方の属するグループでは
ニセモノのグル(師、指導者)の出現を防ぐために
「悟り」の体験談については、あえて情報を隠したり、フェイクを入れているそうです
フォーカス27以上をちゃんと体験された瞑想者だけが
彼が言う「トリック」を見破ることができ
その後、グルとして尊敬を集め、弟子をとる感じです
(これは釈迦の時代からある「伝統的」なやり方です)
ただ、ヘミシンクが誕生してしまってw
m(__)m
そのあたりの情報は、ヘミシンク界隈で
現在も世界中で体験、報告、共有され続けており
もしかしたら、ヘミシンクでの情報共有は(一連のこの記事もw)
彼と、彼の属するグループには迷惑な情報かもしれませんw
ただ、これだけたくさんの非物質の世界の情報が共有されている現在
個人的には「もう隠さなくていいんじゃないなあ」とも感じますw
非物質の世界の描写において
彼の属するグループと表現、言葉は違えども
重層的構造
時間、空間、物質からの解放
ガイドさんの存在と案内、導き
圧倒的な愛、圧倒的な安心感
とらわれ領域とレトリーバル
三途の川w
公園、門、温泉w、ディスク
生まれ変わりシステム
人生のシミュレーションサークル
過去世、同時世、未来世、ツイン
神、仏、宇宙人、天使
生命のクラスター、チューブ、ロート
源と始まりの孔
ざっとですが、このあたりがキーワードかもしれませんw
シリーズ④でもチラッと述べましたが
歎異抄第6条で、親鸞は
専修念仏の輩の、「わが弟子、ひとの弟子」という相論の候らんこと、もってのほかの子細なり
(阿弥陀仏の救いを聞かせていたただいている人の、「あの人は私の弟子だ、あの人は人の弟子だ」という争いは、もってのほかのあやまりです)
親鸞は弟子一人ももたず候
(この親鸞は、一人の弟子もありません)
と、言い切っています
これは
悟りとは「師弟関係」で得られるものではない
(お寺は要らない、修行も要らない)
ということが「分かっちゃった」人のことばですが
同時に
群れるなw
グループ化するなw
ヒエラルキーを持ち込むなw
ということでもあります
これは「複数人で行う非物質の世界の楽しい探索」の有効性を否定するわけではなく
古今東西「師弟関係」によって発生してきた
「他者への絶対視」
「厳しい師弟関係」
「肉体を痛めつける修行」
ってえのが要らなかった!
それが
ヘミシンクで証明されつつある
わけです
(「証明」と言っても直接的ではなく、「個人的体験」を報告、共有することによる客観的、体系的なデータの蓄積ではありますが)
参照:
体験したことは色あせないもので、初めてフォーカス42を体験した時の「圧倒的な愛」の感動は覚えていますw
坂本さんは「ロート上の受け皿」の部分を「スタジアム」と表現していますが、ここに球体状の無数のクラスターの生命体たちがポロンポロンと落ちて、歓喜とともに光り輝き、歌いながら回転し、ロートの下の方へ向かっていきます