フォーカス27は、ヘミシンクで

 

輪廻の中継点

 

と呼ばれます

 

 

 

あなたがやって来て

 

死んだら帰るところですw

 

 

 

ここに

 

「いのちの図書館」

 

と私が名付けた「施設」があります

 

いのちの図書館、輪廻の中継点、ヘミシンク

 

いわゆる「アカシック・レコード」とかってやつです

 

 

 

今この瞬間も、あなたの人生の体験が

 

いのちの図書館にレコーディングされ続けています

 

 

 

では、このいのちの図書館には

 

あなたの何がレコーディングされるのか?

 

といえば

 

 

 

あなたの「体験」はもちろん

 

それに伴う「感情」

 

が記録されます~

 

 

 

非物質の存在達は

 

コレが大好物なのよw

 

 

 

 

 

あなたには「感情」があります

 

いわゆる喜怒哀楽ですね

 

 

 

その中には

 

「気持ち悪い感情」

 

もあるでしょう

 

 

 

嫌だねどうも(談志)

 

談志「気持ち悪い感情」を味わう

 

 

で、そういうネガ系の感情も

 

「大いに味わおう!」

「存分に感じよう!」

 

という姿勢で

 

全然かまわないんです

 

 

 

なぜなら

 

あなたが肉体での表現を終えたら

 

「体験」と「感情」

だけを持って還るから

 

ですです

 

 

 

 

常識

価値観

正義感

倫理観

 

から離れるほど

 

「感情」さんも消えていきます

 

 

 

そしてってっててー!

 

すべての「感情」さんをやり尽くしたら

 

あなたはもう

 

「地球で人間をやる」

 

意味がなくなるわけですw

 

 

 

 

 

あーおまいらw

俺は聖人君子じゃないよ?w

だから、俺の大嫌いな人種もいるわけよ?w

うさぎのキャラクターの皮肉な顔

 

そのうちの一つが

「聖人君子ぶる奴」

「私は頭が良いと嘯く奴」

「私は偉いあの方に認められた人間ですという奴」

ですですぅ(もう三つ言ってるが?w)

 

で、なかでもサイテーサイアクな奴が「私は頭が良い」と重複で申し訳ないけど

「体験がないのに学問・知識だけで語る奴」

ですですw

そういった奴らが釈迦やイエス、玄奘三蔵、親鸞、道元といった「フォーカス27(以上)の体験者」の語ったことをゆがめちゃって現在に至るわけです

 

でさ? そういった方々は「宗教のはじまり」を知らないし体験したことがないのよw

だから今日も机でPC打ち込んで「このお経にはこう書いてあります!」って、引用とエピソードトークするしかないのよね

 

 

【過去】

 

憎い

歯がゆい

悔しい

惜しい

欲しい

妬ましい

 

 

 

これらはすべて

 

過去のことを

 

大脳皮質の中でゲームをして

 

「過去の記憶」をリピートしている

 

に過ぎませんw

 

 

 

「いまここ」に持ってくる必要はないよ?

 

茶トラ猫と「やそこ。」の文字

 

 

 

【今】

 

「べきだ!」

「しなければならない!」

 

ということは一切ありませんw

 

 

 

人生に「目的」を設定するから

 

思考がカチコチになるのです

 

 

 

人生に「目的」はないよ?

 

 

 

猫が寄り添い眠る親子

にゃんこにも目的はない(としか思えない)

 

 

 

 

 

「死ぬとき」を想像するのもいいのですが

自分が「生まれたとき」を想像するのもいいものですw

なぜなら感謝が湧き上がるからです

 

スピ系や宗教系ハマりますと

 

しばしば出没する人種がいらっしゃいますw

 

 

 

わたしは

 

「のぼせ」さん

 

と呼んでいるんですが

 

その中でも

 

 

「比較のぼせ」

 

という種類があります~

 

 

 

 

 

「私は分かってるけど

君たちは分かってない」

 

 

「○○さんは悟ってるけど

あの人たちは悟ってない」

 

 

 

 

 

こういった「比較のぼせ」は

 

ごく初期の段階のスピや宗教にあらわれますが

 

 

 

ワンネス

ハイヤーセルフ

 

っていうヘミシンクで言うところの

 

 

 

フォーカス35(以上)

 

を知識としてでも知れば終わりますので

 

「へえ~www」

 

くらいにスルーされてくださいw

 

 

 

 

どんな情報に接しても

 

あなたは

 

焦ることはないし

 

怖がる必要もありません

 

 

 

 

 

宇宙に「競争原理はない」ので

 

あなたは今のまま

あるがままでいい

 

のです

 

 

 

 

 

ヘミシンクは「非物質の世界」を知覚、体験する道具です

「非物質の世界」の存在は証明できませんが、今や世界中のヘミシンカーが「似た表現で非物質の世界の描写」をし続けています

 

↑ここまでは誰もが言えることです

↓ここから私しか言っていないのが不思議でなりませんw

 

「では、歴代の宗教者と呼ばれる人々は、いったい何を知覚、体験したのでしょうか?」

 

このことを理解するだけで「宗教という概念はその役割を終えた」ことが分かります

 

 

人間は

 

「関心」があるものに「意識」が向く動物

 

ですです~

 

 

 

その「意識」は「人それぞれ違う」ので

 

あなたは「コントロールする」から離れ

 

「コントロールされる」から離れればいい

 

だけで「自分軸」がブレなくなります

 

猫の顔と「ねこ」という文字

 

 

 

 

たとえばEVA…

株式でポジションを持つと

 

株価のニュースに意識がいくようになりますw

 

 

 

パチンコや競馬をやっていると

 

コンビニで情報雑誌を購入するようになりますw

 

 

 

子どもに勉強してほしいと

 

子どもの行動にやきもきするようになりますw

 

 

 

配偶者の浮気が気になると

 

配偶者のアラを探し出すようになりますw

 

 

 

人生に不満があると

 

陰謀論を漁るようになりますw

 

 

 

季節の変わり目になると

 

いよいよ夏至ガーと興奮するようになりますw

 

 

 

 

 

肉体での表現から離れる時

 

すべて「幻」だった!

 

ことに気づきます

(お楽しみに)

 

マボロシの人物

 

 

 

あなたの「意識」は

 

この世での暇つぶし

 

と受け止めて「楽しむ」くらいがちょうどいいのですね~

 

 

 

 

 

あなたは完全に自由であり、それが分かるとき喜びが湧きます

どういうわけか、これまでの宗教やスピリチュアルは「その逆」を人間に強いてきましたw

ガイドさんはじめ、非物質の存在たちは、そんな人間を面白がって眺めています

 

 

今日は瞑想についてですw

 

 

 

短い時間でも、1日1回ほどは

 

たった1人でボケーっとする時間

 

を設けてはいかがでしょうか?

 

 

ヘミシンカーさんは、ヘミシンクが立派な瞑想ですね

 

 

 

 

 

【以下過去記事でござる】

おちゃっぱさんの「ガイド拝見」その2より)

 

 

 

瞑想にかんして、何かアドバイスはありますか?

「ピラミッド」のビジョン。

瞑想のピラミッドイメージ

「瞑想を習慣にしているのは、人間にとってよいことだ。落ち着くだろう?

だけど、この人にぜひ伝えてほしいのは、落ち着くだけでは、もう物足りないところまで来ているんだ。ついでに人生を創造し、愛へ昇華してしまわないか?」


どうすればいいのですか?

「イメージだ。この人はイメージする能力が十分にあるのに、それを使い切っていない。

まずは瞑想の際に、五感を再生するトレーニングをしてみてほしい。目、耳、鼻、舌、肌で感じることをイメージで再生するのだ。
いいかえれば色や音、におい、味、温かさや冷たさを再生するトレーニングだ。

女子校と共学校の女子生徒の様子

これを行うことで、瞑想がもっと楽しくなるよ。『無の境地』など求める必要はない。楽しくなければ、それはもはや瞑想ではなく、苦行だ。



それと、この人の場合、瞑想の際に自分自身がピラミッドの中に入っているイメージをしてみるといいよ。トレーニングの効果はもちろん、意識が時空間の幻を飛び越えるのに飛躍的に効果がある。

慣れてきたらピラミッドのイメージは必要ない。そのときは、また私たちからメッセージを渡すので、受け取ってほしいな」


 

 

 

 

 

「共振」を知ってはいても人間関係で感情のアゲサゲを繰り返しているなら、その情報はまだあなたの腑に落ちていないということです

 

 

法隆寺の五重塔は

 

地震でも「揺れる」ように

 

つくられています~

 

法隆寺五重塔の柔軟な構造

 

 

 

 

動物さんも同じく「柔軟に」できています

 

柔軟な犬がジャンプする様子

 

 

 

 

人間だって「柔軟」ですw

 

ヨガのポーズで柔軟性を示す女性

 

 

 

身体だけでなく

 

病気やケガで細胞に異常が起きても

 

それを察知し、修復するシステムがあります

 

 

 

 

20種のアミノ酸の合成と分解を繰り返し

 

人体にどのような事態が起きても

 

即座に対応するバックアップシステムをもっています

 

 

 

 

 

ここから分かることは?

 

どうやら

 

「柔軟」

「揺れる」

「柔らかい」と

 

 

 

長持ちする!

 

ということですw

 

 

 

 

 

ってことは?

 

人間関係もまったく同じ

 

ということなんですねw

 

 

 

 

白黒つけたがーる

カチコチ人間は

人が離れていくんです

 

柔軟な人間関係で長持ちする

(↑白黒つけたガール)

 

 

 

 

面白いもので

 

どっちでもイーヨーの

あいまい人間に

人が寄ってくるんですねw

 

どうでもイーヨーの憂鬱な表情

(↑どうでもイーヨー)

 

 

 

 

 

あなたは「鎧」を脱いでいい

 

「仮面」を外していい

 

「完ぺき」を目指さなくていい

 

 

 

「スキがあるあなた」がかわいいのですw

 

 

 

 

 

 

深く気持ちよくなります
興味あらばどうぞ~♪

 

 

ある読者さま、Aさんのご体験談

 

 

 

Aさんが

 

学生時代の同級生と久しぶりに会ったときに

 

その同級生から言われたお言葉です

 

 

 

「あら!Aじゃない?

すごく変わったね!

垢ぬけてきれいになったね~

 

 

 

 

 

 

学生時代、私よりカースト下だったのに

 

 

 

 

 

 

Aさんは、最後の一言に驚いたそうですw

 

聞いていた私も驚きましたw

 

 

映画やドラマ以外で

 

リアルでこんなこと言う人いるんだw

 

ってね

 

 

 

 

 

【常識】

【価値観】

【正義感】

【倫理観】

から離れよう

 

とは、いつも言ってることですが

 

 

 

これはなぜかといえば

 

【常識】でまとめて言いますと

 

 

 

 

 

【常識】から離れるほど

 

あなた自身の波動が軽くなるし

 

あなたの周囲の人も軽い波動の人が残る

 

からです

 

 

 

 

これを逆から言えば

 

【常識】が多いほど

 

あなたと【同じ常識】や

 

あなたと【相反する常識】を持つ人間が多くなる

 

ということです

 

 

 

 

 

 

たとえば

 

「お金こそすべて!」

 

の【価値観】を持っていますと

 

 

 

「お金こそすべて!」という人種

 

が、あなたの周囲に多くあらわれます

 

 

 

また

 

「お金は大事だけれど

それより大事なことってちゃんとあるよ?」

 

という人を「負け犬の遠吠えw」などと感じますw

 

 

 

 

 

 

たとえば

 

「不倫する奴は許せない!」

 

という【倫理観】も同じで

 

 

「不倫許すまじ!」な人種

 

を多く見かけるようになり

 

 

ネットなどで「不倫情報」を目にする機会も増え

 

敏感に反応し、徹底的に叩いたりしますw

 

 

 

 

 

 

 

上のAさんの例でいえば

 

Aさんの高校時代の同級生は

 

 

「人間関係にはカーストがある」

 

という【価値観】があるわけで

 

 

 

同級生さんの周りには

 

「そういう人種」が必ず多くいるはずです

 

 

 

そして

 

「いや?どの存在も同等、同質だよ?」

 

という私のような発言は

 

耳にしてもイライラするか

 

耳に入らない感じです

 

 

 

 

 

 

 

【常識】【価値観】【正義感】【倫理観】

 

は、あればあるほどしんどくなります

 

 

 

自分自身で気づいて

 

ゆっくりまったりお気楽に

 

離れていくのを楽しみましょうね~

 

 

 

 

 

仏教者さんが観たら絶対怒られるシリーズ!です~

仏教の常識に反しているので怒られるわけですが、ほかならぬ玄奘三蔵が「釈迦はそんなこと言ってねえわw」と仏教の常識に怒って、般若心経に「それ」を書いたのです

 

 

タイトルの通り

 

この世界は普遍愛で

満ち満ちているなあ

 

 

 

 

このスタンスが素晴らしいです

 

 

 

目に見えない非物質の世界は

 

普遍愛で出来ています

 

 

 

なので、その下の次元のこの物質界も

 

普遍愛で出来ている

 

わけです

 

 

 

 

 

「政治経済ぃぃぃ!」

「世界は支配者層にぃぃぃ!」

 

「働け休むな!仕事はマジメにやれ!」

「私は周囲からどんなふうに見られているか?」

 

 

とかアタマでわっしょい×2してると

 

 

 

いつも心がワサワサし

 

イライラするだけです

(「のぼせ」って呼んでます)

 

 

 

 

 

 

現代の日本で過ごしていて

 

イライラできるのって

 

 

 

逆にすげえぇぇぇ!

 

ってことですw

 

ゆるいうさぎのキャラクターの表情

 

 

 

この世界は美しく優しく

 

普遍愛で満ち満ちているのです

 

 

 

詐欺師が母親に塩を求めるコント

 

 

 

 

 

般若心経に「書いてある」のに、「書いてない」ことにされている文字www

 

 

江戸時代の「生まれ変わり」の記録です。

 

教科書にも載っている平田篤胤さんという国文学者さんですが

 

まあ、すごい取材力ですw

子猫の横顔と日本語の文字

 

 

文政5年は1822年の出来事。

 

勝五郎少年が、前世「となり村の藤蔵くん」だったころのことを話し出します。

 

「となり村の藤蔵くん」が亡くなって6年後に、「勝五郎」として生まれ変わりました。

 

 

「死後の世界」や「生まれ変わりの段取り」などが面白いので

 

ヘミシンカーさんなら一読してもたのしいかと。

 

 

当時、侵すべからずの聖職者「お坊さん」を

 

ケチョンケチョンに言っているところが

 

逆に「あ、本当に体験したんだな」とw

 

 

興味ある方は岩波文庫からも出ていますが

 

さすがに昔の文章なので読みにくいかも。

 

 

ですので、現代語に忠実に訳しているサイトからいただきの術。

 

かなり長いので、興味ない方はスルーで。

 

 

文中の(かっこ)は、著者の平田篤胤さんの注釈です。

 

それではどうぞ~

 

勝五郎再生記聞 平田篤胤 著作

 

 

去る文政五壬牛年十一月の頃、当時八歳だった勝五郎は姉ふさ、兄乙次郎と田のほとりで遊んでいた際、ふと兄に向かって「兄ちゃんは元はどこの誰の子でこの家に生まれてきた?」と尋ねた。

 

兄が「そんなこと知るものか」と答えると、また、姉に向かって同じように尋ねた。

 

「どこの誰の子だったかなんてわかるわけないじゃないか。おかしな子だね」

 

ふさは馬鹿にしたが、勝五郎はなおも得心しがたい様子だった。

 

「それなら、姉ちゃんは生まれる前のことは知らないのか?」

 

「あんたは知ってるの?」

 

「俺はよく覚えてる。元は程久保村の久兵衛という人の子で藤蔵という子だった」

 

「……なに、あんた。おっとうたちにいうからね」

 

勝五郎は顔色を変え、泣きながら謝った。

 

「ごめん。頼むからいわないでくれよ」

 

「それならいわない。ただし、悪いことして止めても聞かないときは絶対いいつけるからね」

 

こうしてその場は収まった。

 

 

 

その後、勝五郎が喧嘩をするたびに「あのことをいうよ」というとすぐにおとなしくなった。

 

両親、祖母が怪訝に思ってふさにそれは何のことかと尋ねたのだが、ふさは告げようとはしなかった。

 

さては親に隠れてどんな悪いことをしているのかと懸念した両親らは、勝五郎に隠れてふさに強いて白状させた。

 

ふさは隠しきれずにありのままを語ったのだが、両親らはますます膨れあがる疑念を抑えることができず、勝五郎本人をなだめたりすかしたりするなどして、ようやく口を開かせた。

 

 

 

八歳の勝五郎が語るには、「俺は元々程久保の久兵衛の子でおっかあの名はおしづといった。

 

俺が小さいときに久兵衛は死んで、その後に半四郎という人が来ておっとうになり可愛がってくれたが、俺は六歳の時に死んだ。

 

その後、この家のおっかあの腹に入って生まれた」というのである。


それからしばらくして、勝五郎がどうしても程久保村へ行きたいと言うので祖母は勝五郎の手を引いて程久保村を訪れたそうである。(程久保と中野村は山一つ隔てている。距離は約一里半。6kmほどである。)


この家か、あの家かと見当を付けかねていると、勝五郎が「まだ先だ、まだ先だ」といいながら先に立った。

 

「この家だ」

 

勝五郎は祖母より先にある家に駆け入り、祖母もそれに続いた(これより先に勝五郎は「程久保の半四郎の家は三件並んだ真ん中の家で、裏口から山に続いている」と述べている。そのとおりだったという)。

 

 

 

家の主人の名を問うと半四郎だという。妻の名も尋ねたところ、しづと答える。

 

半四郎夫婦は、かねて人伝に聞いていたことではあるが、祖母の話を聞いてあるいは怪しみ、あるいは悲しみ、ともに涙に沈んだ。

 

夫婦は勝五郎を抱き上げ、つくづくと顔を眺めた。

 

「亡くなった藤蔵が六歳の時によく似ているよ」

 

勝五郎は抱き上げられながら向かいの煙草屋の屋根を指さした。

 

「以前にはあの屋根はなかった。あの木もなかった」みなそのとおりだったので、夫婦はますます驚いた。
 

 


霊界は本当に存在するのだろうか。

 

勝五郎の話では、自身は存在するのだけど、人からは見えず、また人に話しかけても聞こえない様子だという。

 

仕方なく、家に帰って机の上にいたが、そのとき、白髪を長く垂らし、黒い着物を着た老人に「こっちへ来い」といわれるままに後を追い、どこともわからない段々と高い綺麗な草原に行って遊んだ。

 

花がたくさん咲いているところで遊んだとき、その枝を折ろうとすると小さい烏が出てきてけたたましく威されたという。

 

 

 

こうして、遊んでばかりいたのだが、例の老人と一緒に家の向かいの道を歩いていると(源蔵の家のことである)、老人がこの家を指して「この家に入って生まれよ」といった。

 

教えられるままに老人と別れ、庭の柿の木の下に三日ほど立って様子をうかがっていたが、窓の穴から家の中に入り、竈の側にまた三日位いた。

 

そのとき、おっかあがどこか遠いところに行ってしまうという話をおっとうとしていたのを聞いた。

 

(源蔵によればこれは勝五郎が生まれた年の正月のことで、ある夜寝間で「このような貧乏暮らしに子が二人いては老母を養うにも事欠く。お前は三月から江戸へ奉公に出るといい」と夫婦で話したことがあるという。

このときには老母には話していなかったのだが、二月には告げ、三月になって妻を奉公に出したところ先方で懐妊していることがわかったため暇を乞い帰郷させた。

孕んだのは正月で、月満ちて同十月十日に勝五郎は生まれた。

このことは夫婦以外には知るはずがないという。

懐胎したとき、生まれたとき、その後も特に不思議なことはなかったということである)

 

その後、おっかあの腹に入ったように思うが、よく覚えていない。

 

腹の中ではおっかあが苦しいだろうと思ったときは体を脇に避けたりしたことがあった。

 

生まれたときはまったく苦しくなかった(程久保村で藤蔵が文化七年に死んでから六年目に当たる)。

 

この他どんなことも四つ、五つまではよく覚えていたけれども、だんだん忘れてしまった」(以上、直話を聞き取り)
  

 

 

さて、母せいは四歳の娘に乳を飲ませるため、祖母つやが毎晩勝五郎と添い寝をしていた。

 

ある晩、勝五郎が「程久保の半四郎の家に連れていっておくれ。あっちの両親に逢いたい」と口走った。

 

何を馬鹿なことをと、祖母は聞き流していたのだが、その後も夜な夜な同様のことをいう。

 

「それなら、ここに生まれたはじめから詳しく話してみい」

 

勝五郎はたどたどしくも、これまでのいきさつを詳しく語り、祖母に約束させた。

 

「おっとうとおっかあ以外には内緒だよ」

 

(この話は四月二十五日に気吹能屋(いぶきのや。篤胤宅)で聞いた。

かつてある人がつやに尋ねて書き取ったものがあるのを知っているが、これはさらに源蔵、勝五郎に経緯を尋ねて答えたものらしい)

 

「前世のことは四歳くらいまではよく覚えていたけれど、だんだん忘れてしまった。

 

死ぬ病気ではなかったのだけれど、薬がなかったので死んでしまった(疱瘡だったことは知らなかったという。後日人にそう聞いて知ったということである。死亡年月日は文化七年二月四日)。

 

息が止まったときはまったく苦しくなかったけれど、その後しばらく苦しい思いをした。

 

それが過ぎると苦しいことはまったくなかった。

 

 

体を桶に強く押しつけると、桶から飛び出してしまい、山へ葬りに行くときは白く覆われた龕(がん。ひつぎのこと。この場合はたぶん桶のこと)の上に乗って行った。

 

桶を穴へ落としたとき、大きな音がして驚いた。いまでもよく覚えている。

 

坊さん達が経を読んだけれども何とも思わなかった。

 

ああいう奴らは銭金をたぶらかし取ろうとするだけで何の役にも立たないと気がつき、ひどく憎らしく思った(僧は尊いもので経を読み念仏を唱えれば良い国に生まれると聞くが、地獄・極楽は見たかと聞いたところ、このように答えた)。

 

 

家に帰って机の上にいたが、人に話しかけても聞こえない様子だった。

 

そのとき、白髪を長く垂らし、黒い着物を着た老人に「こっちへ来い」といわれるままに後を追い、どこともわからない段々と高い綺麗な草原に行って遊んだ。

 

花がたくさん咲いているところで遊んだとき、その枝を折ろうとすると小さい烏が出てきてけたたましく威された。

 

いまでも怖かったのをよく覚えている(「中野村の産土神(※土地神)熊野権現でしょう」と源蔵は語った。烏が出たことについては何となく思い当たることがある)。

 

また遊び歩いていると、家で親たちが何か喋っているのが聞こえ、経を読む声も聞こえたが、俺はさっきもいったように僧は憎らしく思っていた。

 

供えられていた食べ物を食べることはできなかったが、温かいものはその湯気の香りが美味いと思った。

 

七月に庭火(※かがり火)を焚いたときも家に帰ったのだが、団子などが供えてあった。

「勝五郎再生記聞」より全文)

 

 

 

 

 

こちらは般若心経です~

世界で誰も言ってないことを言うのが好き🕊シリーズw

般若心経を知らない方でも感覚でわかりやすいように編集してみました

 

おまエライザに…

 

 

 

【大悲報!】

 

女性がウィンクし、口を尖らせて指で頬を触る

 

 

 

 

「もっちゅりん」が

 

販売終了~!

 

ミスドのもっちゅりん画像

 

 

 

 

 

ああ、あの柔らかさがもう…

 

 

 

 

 

ま、しゃーない

 

わらび餅食べよっ♪

(↑切り替え早い人)

 

ミスドのもっちゅり、わらび餅風きなこ菓子

 

 

 

 

 

…というわけでw

 

 

 

 

 

エライラ…じゃなくイライラ、不安なときは

 

「柔らかいもの」を

「ゆっくり」触る

 

を意識してみてください

 

 

 

皮膚には「C触覚繊維」があり

 

「官能機能」とも呼ばれます

 

皮膚の断面積図とC触覚線維

 

 

 

子どものおしゃぶり

 

少女のぬいぐるみなども

 

そのとき「C繊維が発火している」わけです

 

 

 

早い話

 

気持ち良くて安心するんですね

 

 

 

実験では

 

メッシュ、ベルベット、綿で

 

ベルベットが最もC繊維が発火しました

 

柔らかいもんね

 

赤いベルベットの生地、柔らかさで安心感

 

 

 

また、速さは

 

秒速5~10センチメートルのとき

 

C繊維の発火が最大になります

 

 

 

「ゆっくり」がいい感じです~

 

柔らかいものをゆっくり触る手の画像柔らかい肌をゆっくり触る

 

 

 

スキンシップがやりにくいこの時代

 

もちろん「おひとりさま」だって大丈夫w

 

 

 

セルフマッサージも効果がある!

 

ことが分かっています

 

 

 

 

 

 

↓ここが「常識人」と「宗教・スピの人」の「境目」です

 

 

↓3分でアファメーション

 

 

↓15分の焚き火瞑想